132.腑に落ちた
本日は2話更新できそうです。
この更新1話目はちょっとシリアスな内容で暴力に関わる表現があります。ご注意を。
血族契約魔術?
なんですか、ソレ?
ぽかんとしちゃってる私が、その意味をまったく理解できていないことを察してくれた公爵さまは、続けて説明してくれた。
「血族契約魔術というのは、当主の直系の血族者だけが使用できるよう、使用者を限定した契約魔術のことだ」
当主の、直系の血族だけが使用できるって……私はその言葉を反芻し、その意味が理解できたとたん、思わず顔をしかめそうになった。
いや、もう半分くらい『ゲーッ!』って顔になっちゃってたんだと思う。
公爵さまは、わずかに苦笑して言ってくれた。
「そういうことだ。前当主の直系の血族、つまり娘であるきみとアデルリーナ嬢だけが、現在この執務室を使用できるという契約魔術だ」
そしてさらに、公爵さまは教えてくれた。
「いまきみが、机に設置されている契約の魔石に魔力を通してくれたおかげで、きみとアデルリーナ嬢以外でもこの机の引き出しが開けられるようになった」
公爵さまがそう言うと、アーティバルトさんがほかの引き出しをすっすっと開けてみせてくれた。
目を見張っちゃった私の前で、公爵さまは机をコツンとたたく。
「通常、一族の当主からみて、直系の二親等までの血族だけが契約に含まれる。確か、前当主はすでにご両親もご祖父母も亡くなられており、ごきょうだいも1人もおられなかったな」
「はい。その通りです」
二親等って、親子、祖父母、孫、兄弟姉妹までだよね。つまりあのゲス野郎の、というか、我が家の直系の子孫というのは、私とアデルリーナしか、現在はいないんだ。
「アデルリーナ嬢はまだ魔力が発現していないのだから、きみのように契約の一時解除はできない。しかし、この机の引き出しを開けたり、キャビネットを開けたりすること自体は可能だ」
そう言って公爵さまは執務室の扉を示した。「現に、あの扉も、きみとアデルリーナ嬢にしか開けられなくなっているはずだ」
あー……ナリッサにはあの扉を開けられなかったのは、そういうことだったのね。
でも、魔術が発現していなくても、直系であればここの扉を開けたり、机の引き出しやキャビネットを開けたりできるのだとしたら……。
そういうことか……。
私は、思わず頭を抱えて大きな息を吐きだしてしまった。
私のそのようすに、公爵さまはぼそりと言った。
「血のつながりだけは、本人にもどうしようもない」
ハッと私が顔を上げると、公爵さまは視線を落として、またつぶやくように言った。
「どのような親のもとで、どのような家に生まれるかなど、誰にも選べぬ」
なんか……なんか、それって……公爵さまも、公爵家になんか生まれたくなかった、自分の親のもとには生まれたくなかった、って言ってるみたいに聞こえるんですけど……。
あんなに、お姉さまのレオさまとは仲良しなのに?
困惑しちゃった私に、公爵さまは視線を戻した。
そして、その不思議な銀の散った藍色の目で私を見つめる。
「私の父は、私が17歳のときに亡くなった。あのときは本当に……」
公爵さまの口元がゆがむ。「本当に、心の底から、清々した」
ギョッと、本当にギョッと私は目を見張ってしまった。
公爵さま、それって爆弾発言なんじゃ……!
エクシュタイン公爵家のご嫡男だよね? ほかに男子はいないんだよね? たった1人の跡取り息子だよね? それでなんで、そんな……?
でも、ゆがめた口で皮肉気に笑う公爵さまに、私は言わずにいられなかった。
「わたくしもです」
はっきりと、私も言い切った。「私も父が死んでくれて、心の底から清々しました」
「そうか……」
ふっ、と公爵さまの表情がゆるむ。「そうだな。きみも、そうだと思った」
ああ、なんか、なんか……いろいろ腑に落ちた気がする。
公爵さまは、あのゲス野郎がどれだけゲスなのか、ちゃんとわかってたんだ。
だから私やお母さまがどんな目に遭ってきたか……それも、ちゃんと理解してくれてたんだ。たぶん、公爵さま自身が、同じような目に遭ってきたから。
だから、だから本当に、いろいろと……後見人になるとか『クルゼライヒの真珠』を買い戻してくれるとか……力になろうとしてくれたんじゃないだろうか。
いや、うん、いろいろ残念なところは、確かにあるんだけど。
「わたくしは7歳のとき、この執務室の前で、前当主に鞭で打たれて重傷を負い、生死の境をさまよったことがあるのです」
思わず言ってしまった私の言葉に、今度は公爵さまがギョッと目を見張る。
私はもう構わずに続けた。
「なぜ前当主がそこまで激怒したのか、わたくしは当時の記憶があいまいでよくわかっていなかったのですけれど……自分以外では唯一この執務室に入れるわたくしがこの部屋に来てしまったことで、何か不都合を感じたのでしょう。いまやっと、そのことがわかりました」
そう、たぶん、そういうことだったんだと思う。
「当時アデルリーナはまだ生まれたばかりで、存命だった祖母も遠い領主館におりましたし、このタウンハウスの中でこの部屋に入れたのは、前当主とわたくしだけという状況でした」
ここに、何か見られてはまずいものが置いてあったのか……7歳の子どもに対してそこまで警戒する何かがあったのか、もはや本当のことはわからないけど……。
いや、ただもう単純に、どうにも気に食わない娘の私が自分の、自分だけの部屋に、うっかり間違えただけであっても入ってしまうことが、どうしても許せなかったとか……そんな理由だったのかもしれない。
いずれにせよ、この執務室の血族契約魔術に関係したことだったんだろうと、それもまた腑に落ちた感じだ。
「そうだったのか……」
痛ましげな目で私を見てくれる公爵さまに、私はうなずいた。
「それ以来、この執務室にはできる限り近寄らないようにしておりました。でも、わたくしはここへ来ようと思えば来れるのです。当時の記憶がほとんど残っておりませんので」
そして私は唇を噛む。「ただ、わたくしが前当主に鞭打たれ死にかけたその姿を見せつけられてしまった母は……いまも、この場所へ近寄ることすらできません」
「そうか……そういう、ことか」
やはり痛ましげな目をした公爵さまが、息を吐きだして言ってくれた。
「では、引越しを急いだほうがいいな」
「はい」
私もうなずいた。