131.知らなかったことが悔しい
本日4話目の更新です。
「は、い?」
収納魔道具が、我が家にもある?
まさか、そんなことを言われるとは夢にも思っていなくて、私は間抜けな声をもらしちゃった。
けれど公爵さまは、いたって真剣だ。
「確かに収納魔道具は『失われた魔術』によって作られた貴重な品だが……それだけに、上位貴族家で代々引き継がれる財産となっている。ご当家ほどの名門伯爵家であれば、ひとつやふたつは所有しているはずだ。きみは見たことがないのか?」
「ありません……」
なんか茫然と私は答えてしまい、それからすぐお母さまに顔を向けてしまった。
お母さまも、すぐに首を振った。
「わたくしも、まったく存じておりません」
でも、公爵さまがそう言うのなら、可能性はある?
あるよね?
だって、あのドケチで自分の所有物にはとことん執着していたゲス野郎のことだもの、私やお母さまにはそういうモノについてもいっさい言わず見せず触らせず、だった可能性は大いにある。
もしかして、本当に、我が家にも収納魔道具がある?
思わず色めき立ちそうになっちゃった私に、公爵さまは冷静に問いかけてきた。
「前当主が亡くなられたあと、執務室や金庫の確認は?」
「しておりません」
これについてはもう、即答だよ。
そんな、我が家に代々伝わる秘密道具があるなんて、本当にまったく思ってもいなかったもん。それに、公爵さまに差し押さえの赤札貼られた状態だと思ってたし。
公爵さまは、ほんの少しちゅうちょしたあと、さらに問いかけてきた。
「では、前当主が亡くなられたとき、ご遺体の確認はどのように?」
その瞬間、お母さまの体がびくっと震えた。
私は思わずお母さまの手を握る。
そして、落ち着いた声で私は公爵さまに答えた。
「わたくしが確認をいたしました」
公爵さまのあの不思議な藍色の目が私を見つめている。
「そのさい、前当主が身に着けておられたものは、検められたのだろうか?」
そう問われて、私はようやく思い至った。
「前当主が身に着けていたものについては、わたくしはいっさい改めておりません。当時、当家の執事だった者が検めました。その者からは、当家の鍵だけ返却を受けました。そしてそのまますぐに業者に委託し、当家の墓地に埋葬してもらいました」
そう、もしあのゲス野郎が死んだとき、我が家の収納魔道具を身に着けていたのだとしたら……いや、あのゲス野郎のことだから、絶対身に着けていたと思う。だって、人に知られてはまずいものをなんでも、隠したまま持ち運べるってことだもんね。
そして、あの恰好だけの役立たず執事はおそらくそのことを知っていて……収納魔道具を持ち逃げした可能性が高い。
だって、そうでなければ、ちゃんと鍵と一緒に我が家に返却してるよね?
ただの革袋だと思って一緒に埋葬しちゃったとか……いや、とりあえず開けて中をのぞいたら漆黒の闇だよ? 絶対、魔道具だって気がつくよ。もしあの役立たず執事が、収納魔道具の存在をそのときまで知らなかったのだとしても。
あのゲス野郎、博打に全部賭けちゃってたらしく、宝飾品は何一つ身に着けてなかったのは、私も覚えてる。クラバットのピンからシャツのカフスにいたるまで、全部だ。だから、鍵以外何も返却がなかったことに、私は特に不審を覚えなかったんだけど。
ああ……これは、これについては、本気で悔しい!
知らなかったとはいえ、いや、知らなかったことが、本当に、本気で悔しいわ。
しかし、『失われた魔術』か……学院の授業で習ったわ。収納魔道具って、いまはもう生産できない魔道具なのね。それだったら確かに、上位貴族家が代々受け継いで所有しているって言われても納得できる。
『失われた魔術』っていうのは、このレクスガルゼ王国が建国するはるか以前に栄えた王国で創造された魔術で、特殊な古代魔術語を記述することで道具に強力な魔力を付与している……んだったと思う。
その特殊な古代魔術語が、長い戦乱の時代にすっかり失われてしまったため、いまはもう誰も解読できなくて同じものを作れないんだとか。
授業で聞いたときは、『失われた魔術』の魔道具って、魔剣とか魔槍とか貴族家が代々所有する武器に多いっていう話だったから……収納魔道具もそれにあたるなんて、覚えちゃいなかったわ。
ああでも、ホンットーーーに悔しい!
そんな大事な先祖代々の品を、むざむざとあの役立たず執事に持ち逃げされたと思うと……ホンットに、いま収納魔道具があればどれだけ便利かと思うと!
私が心の中で地団太を踏んでいる間、公爵さまはじっと何かを考えこんでいたようだ。
そして、公爵さまが私に言った。
「ゲルトルード嬢、念のために執務室と金庫の確認をさせてもらえないだろうか?」
「それは構いませんが……」
私が答えたとたん、またお母さまの体が震えた。
ぎゅっと、お母さまの手を握りしめてから私は、落ち着いた声で言った。
「お母さま、わたくしが公爵さまをご案内してまいります。お母さまは、ここでお待ちいただけますか?」
「ルーディ、貴女は……」
お母さまのかすれた低い声に、私はしっかりとうなずいて答えた。
「わたくしは、大丈夫です」
私は立ち上がって、公爵さまに言った。
「それでは公爵さま、いまからご案内いたします」
公爵さまも席を立ってくれる。アーティバルトさんも一緒だ。私の後ろには、ナリッサが控えてくれた。
「ヨーゼフ、わたくしと公爵さまはしばし席を外します。その間、こちらのことは頼みますね」
「畏まりましてございます」
深々と頭を下げてくれたヨーゼフにうなずき、私は公爵さまを案内して客間を出た。
執務室は2階だ。寝室や衣裳部屋などがある一角とは逆方向の奥にあり、客室などからも離れている。
「申し訳ございません、手が足りておらず、この辺りの掃除がまったく行き届いておりませんで」
さすがに、歩くとうっすら埃が舞っちゃうような廊下を公爵さまに歩かせちゃってるんだから、お詫びと言い訳くらいせずにはいられない。
「構わぬ。ご当家がいま、人手が足りぬ状態であることは理解している」
公爵さまは気にしたようすもなく、私についてきてくれている。
しばらく歩いて、ようやく執務室の前にたどり着いた。
執務室にはやたら立派な観音開きの扉がついていて、私はその重たい扉を力いっぱい押して開ける。
ここの扉、なんでかナリッサが押してもびくともしないの。確かに重くて力は要るけど、私は別に筋力強化したりしなくても開けられるのに。
カーテンが引かれたままの室内は薄暗く、すぐにナリッサが灯の魔道具を灯してくれた。ここの魔石は回収してなかったんだよね。
公爵さまが室内を見回している。
部屋の奥には大きな執務机があり、左右の壁には一面に本棚がしつらえられ、びっしりと本が並んでいる。その本棚の下部はキャビネットになっていて、本以外のものが収納されている。
「この室内に、金庫があるということは、わたくしも聞いているのですが」
私は公爵さまに説明した。「どこにあるのかまでは、申し訳ございませんが、存じておりません」
たぶん、キャビネットの中か、あるいは本棚の後ろに隠し扉でもあるんじゃないかと思うんだけど。
室内を見回した公爵さまは、奥の執務机に向かって歩いた。
「失礼する」
そう言って公爵さまは執務机の引き出しに手をかけたんだけど、どうやら開かないらしい。
うわ、鍵かけてあるの? 待って、机の鍵ってどこにあるの?
私が慌てて机のところへ行くと、公爵さまは落ち着いた声で私に言った。
「ゲルトルード嬢、開けてくれないか」
「え、でも鍵がかかっているのでは?」
「試してみてくれ」
鍵がかかってるんなら、私が引っぱっても開かないでしょ。
そう思ったのに……公爵さまが示したいちばん上の段の引き出しを私が引いてみると、するっとなんの抵抗もなく開いた。
どういうこと?
ぽかんとしちゃってる私に、公爵さまがまた言った。
「引き出しの中に手を入れて、上側を探ってくれるか。おそらく、魔石が仕込まれているはずだ」
ワケがわからないまま、公爵さまに言われる通り引き出しの中に手を入れ、上側を探ってみると、確かに結構大きな丸いでっぱりがあった。
「あります。魔石のようなものが、何かここに」
「では、そこに魔力を通してみてくれ」
また言われるままに、私はそのでっぱりに魔力を通した。
そのとたんカチリと、鍵を開けたかのような音がした。
「やはり、執務室全体に血族契約魔術が施されているな」
公爵さまの言葉に、私は本気でぽかんと口を開けてしまった。
自分で書いておいてナンですが、ちっとも栗拾いに行けそうにないですね……(;^ω^)