130.想定内と想定外
本日3話目の更新です。
「本日の新しい料理も、実に美味であった」
公爵さまは本当に満足そうに言ってくれちゃった。「まったく、具材をはさむという形はどれも同じであるのに、食材の組み合わせでこれほどさまざまな種類が作れるとは」
「このバターで作ったというクリームをクッキーではさんだおやつも、誰でも思いつきそうで思いつけないですよね」
ヒューバルトさんも感心したように言ってくれちゃう。
同じように、エグムンドさんも感心したらしく言ってくれる。
「芋のサラダをロールパンにはさんだ『さんどいっち』もすばらしいです。あれは、あの黄色いソースがなかったとしても、十分美味しく食べられそうです。ソーセージをはさんだ細長いパンと同様に、朝食など手軽な食事にぴったりですね」
「それで、ゲルトルード嬢、本日の新しい料理も、栗拾いに持参する予定だろうか?」
「はい、そのつもりです」
公爵さまの問いかけに、私はうなずく。
「ほかには、どのような料理を予定しているのだ?」
再び問いかけてきた公爵さまに、私は指を折って数えてみた。
「そうですね、本日の丸いパンのサンドイッチとお芋のサラダのサンドイッチ、それに細長いパンのサンドイッチに、果実とクリームのサンドイッチを予定しております。それから、このバターのクリームをクッキーではさんだおやつと白いクッキーをひとまとめにして、さらにプリンですね」
うーん、自分で言っておいて何だけど、めちゃくちゃ多くない? なんかもう、ハンバーガーとホットドッグの両方があるってだけで、お腹いっぱいになりそうなんだけど。
だけど公爵さまは、すごく嬉しそうだ。
「うむ、実によいメニューだな。食べ応えがありそうだ」
いやもう、これ全部って、おやつとか軽食とかって域は軽く超えてるよね? 完全に、がっつり食べますメニューになってるよね?
公爵さまも、量も種類も多いことはわかってるようで、いや、わかっているからこそ、しれっと言い出してくれちゃった。
「そうだな、もし当日すべてを食べきれずに余るようであれば、土産として分けてもらいたいのだが」
すました顔で公爵さまは言う。「プリンもそうだが、我が家の料理人が実際に食してみたいと言っているのだ。料理人には『新年の夜会』での祝儀を作らせる必要もあるので、私もぜひ実物を味わわせておきたいと思っている」
あー、はいはい、想定内です。
絶対、お土産にプリンとかプリンとかプリンとか欲しいって、言い出すと思ってたよ、この人は。
そこで、ヒューバルトさんが笑顔で言い出してくれた。
「閣下、閣下がお土産を持ち帰るとおっしゃるのであれば、ガルシュタット公爵家もホーフェンベルツ侯爵家も、同じようにお土産を所望されると思いますよ」
当然よね、公爵さまにだけお土産をあげて、レオさまメルさまに何も渡さないって、どう考えても失礼だもんね。
なのに、公爵さまってばやっぱりしれっと言っちゃうんだ。
「それでは、余った料理をそのまま、いまゲルトルード嬢に貸している収納魔道具に入れたまま返却してくれればよい」
うわー、それ言っちゃう?
ホンットにそういうとこ、ダメダメでしょ、公爵さまってば。
私は思わず目をすがめちゃいそうになっちゃったよ。我慢したけど。
でも、これはちゃんと言っておくべきだと思ったので、私は笑顔で言っちゃった。
「そうですね、公爵さまには時を止める収納魔道具をお貸しいただいてたいへん感謝しております。それに、ガルシュタット公爵家からは当日の会場の設営をすべてしてくださるとご連絡いただきましたし、ホーフェンベルツ侯爵家からは本日多額のレシピ代金をお支払いいただきまして、そこからお弁当の食材をまかなわせていただこうと思っておりまして」
私は思いっきり笑顔を公爵さまに向ける。「そのようにご援助くださっているご両家にお土産を渡さないなどとは、到底考えられませんので」
はーい、そこ、いかにも不服そうに口をへの字に曲げなーい。
もう、なんで自分だけ特別扱いしてもらいたがるんだろうね、この公爵さまは。
なんかもう、いろいろ面倒くさすぎるので、私はさくさくと必要なことを伝えていくことにした。
「それでですね、プリンを余分に作っておこうと思っているのですが、容器が足りないのです」
「容器、とは?」
プリンの話だと公爵さまの反応がいいですねー。
私はうなずいて、手で大きさを示した。
「はい、これくらいの大きさの瓶か陶器のカップにプリンを入れて、あの布でふたをしてお配りしようと考えているのですが、そろいの容器を何十個もとなりますと、我が家にある食器だけでは足りないのです」
「なるほど、畏まりました」
返事をしてくれたのはエグムンドさん。「早急に手配いたしましょう。ほかに何か、必要なものはございますか?」
さすがエグムンドさんは実務家だよね。
私は少し考えて答えた。
「そうですね、時を止める収納魔道具が利用できるといっても、やはりお料理をお配りするときにこれらの、サンドイッチなどをまとめて入れておけるかごが、いくつかあるといいと思います。それから、プリンのふたもそうですが、果実のサンドイッチなどはやはり包んでおいたほうが召し上がっていただきやすいと思いますので、あの布を作るための端切れが大量に必要です」
「かごと布ですね? 布の種類は、何かご指定はお有りですか?」
「作りやすいのは、平織りの綿の布です。見た目が華やかになるような、明るくてきれいな色や柄が欲しいです。何種類か色や柄があったほうが、お料理ごとに分けるなどできていいと思いますので」
「承知いたしました。そちらも早急に手配いたします」
頼りにしてますよ、エグムンドさん。
私に返答してくれたエグムンドさんは、すぐにとなりに座っているヒューバルトさんと何か話し始めた。容器や布の仕入れ先を相談してるっぽい。
そして、ヒューバルトさんが言い出した。
「閣下、申し訳ございませんが、収納魔道具をもうひとつ、お貸し願えませんか」
眉を上げた公爵さまに、ヒューバルトさんがさらに説明する。
「今回は急ぎですので、私が直接問屋へ行って容器や布を仕入れてきます。ただ、本日お借りした時を止める収納魔道具には食材など、すでに必要なものが大量に収納されておりますので、できればご当家の厨房から動かさないほうがいいのではないかと思いまして」
確かに、ヒューバルトさんがあの時を止める収納魔道具を厨房から持ち出しちゃったら、ちょっと不便だわ。食材が足りなくなっても取り出すことができないし、調理したものをすぐに収納することもできない。
だから公爵さまもすぐに納得してくれたようだ。
「相分かった。アーティバルト」
「はい、閣下」
促されたアーティバルトさんが、自分の腰に下げていた別の収納魔道具を取り出した。私が初めて見せてもらったヤツだ。時を止める機能はないって言ってたヤツ。
アーティバルトさんはその収納魔道具から、しゅるんともうひとつ、同じような袋を取り出した。
収納魔道具の中に、予備の収納魔道具まで収納していたらしい。
「ありがとうございます。お借りします」
受け取ったヒューバルトさんが、その収納魔道具を自分の腰に下げてる。
って、ソレは追加登録しなくて大丈夫なの?
てか、もしかしてすでにヒューバルトさんは登録されてる? なんかもう、公爵さまとは家族ぐるみなお付き合いっぽいことを言ってたから、その可能性もあるなあ。
そんなことを考えていて、私はちょっとまじまじとヒューバルトさんと収納魔道具を見つめすぎちゃったらしい。
「どうかしたか、ゲルトルード嬢?」
公爵さまが問いかけてきちゃった。
私はとりあえず笑顔を貼り付けて答えておいた。
「いえ、収納魔道具とは、本当に便利ですね。我が家にもひとつあればいいのにと、つい、そう思ってしまいまして」
「ふむ」
公爵さまの眉間のシワが深くなった。
なんだろ、なんかマズイこと言ったかな?
私の笑顔がちょっとひきつりそうになったとき、公爵さまはおもむろに、私がまったく想定もしていなかったことを言い出した。
「ご当家にも、収納魔道具のひとつやふたつは、あると思うのだが」