128.限界ですかそうですか
しばらく更新できずにいましたが、今日はまとめて4話更新できそうです。
「これはまた、なんともおもしろい道具ですね」
エグムンドさんは、絞り袋を使ってバタークリームを絞り出す私に、感心したようすで言ってきた。
ちょうどメレンゲクッキーが焼きあがったところで、その不思議な形と絞り袋についてエグムンドさんに説明したら、ぜひ実際に絞っているところを見たいと言ってきたのよね。
そこで、マルゴが焼いておいてくれた薄い四角形のクッキーに、バタークリームをむりゅむりゅと絞り出して実演してあげたのよ。
「これは2枚のクッキーではさんでしまうので、クリームを飾る意味はあまりないのだけれど」
私はちょっと苦笑しながら説明する。「それでも、焼き菓子などにクリームを添えるとき、この絞り袋を使うとうんと華やかな見た目に仕上げることができるのよ」
同じテーブルの上で、絞り袋を使ってバタークリームをクッキーの上に絞り出していたマルゴも言い出した。
「ゲルトルードお嬢さま、この道具は本当にすばらしいです。先ほど教えていただいたように、こう、くるっと丸く絞り出すだけで、まるで薔薇の花のようになるではありませんか」
「ええ、見た目も華やかだし、絞っていて楽しいでしょう」
私は笑顔で答えた。「このおやつは2枚のクッキーではさんでしまうから、いろんな絞り方を練習してくれて大丈夫よ」
「はい、ゲルトルードお嬢さま。けれど、はさんだ横からこのぴんと筋の立ったクリームが見えるだけでも、全然違いますですよ」
大喜びしているマルゴの横では、モリスもめちゃくちゃ真剣な顔でバタークリームを絞ってる。くるっと丸めてみたり細かい波型にしてみたり、モリスもなかなかセンスがいい。
クリーム絞りは2人にまかせ、私は絞られたクリームの上に干し葡萄を載せ始めた。マルゴが甘めのお酒に漬けておいてくれたヤツだ。干し葡萄だけでなく、干し杏を刻んだものも漬けておいてくれたので、2種類作れる。
クッキーではさんだときに、横からちょっと干し葡萄や干し杏が見えたほうがいいので、その辺りをくふうしながら並べていき、最後にもう1枚のクッキーでふたをする。これで、バタークリームサンドの完成だ。
わーい、美味しそう! てか、絶対美味しいよ!
そうね、栗拾いに持っていくときは、干し葡萄と干し杏のバタークリームサンドを1枚ずつ、それにメレンゲクッキーを3個ずつくらいで、ワンセットのおやつにしよう。
うーん、食器はレオさまが用意してくださるようだけど、せっかくだから蜜蝋布でワンセットずつ包んでおこうかな。
あ、でも……瓶入りプリンを作るなら、瓶のふた用に蜜蝋布を大量生産しなきゃダメじゃない? そしたら、蜜蝋布はそっちを優先しないとダメよね。
てか、そもそも、プリンは何十個作ればいいんだろう……絶対、お土産に持って帰りたい人、いるよね? 公爵さまとか公爵さまとか公爵さまとか。
相変わらず、厨房には見事なまでに場違いな公爵さまが、優雅に腰を下ろしてる。でも、やっぱちょっとそわそわしてるよねー。もう、ハンバーガーもバタークリームサンドも食べたくてしょうがないんだろうねー。
でもホントは、バタークリームサンドは1日置いたほうがしっとりなじんで美味しいんだけどねー。
「ゲルトルードお嬢さま」
絞り袋を確認していたエグムンドさんが言ってきた。「この道具は、意匠登録いたしましょう。ただ、この星抜き草と露集め草を使ったものではなく、この形そのものを登録したほうがよろしいかと思います」
「形そのもの、というのは?」
私の問いかけに、エグムンドさんが答える。
「やはり植物をそのまま使っておりますと、形状が安定いたしませんし耐久性にも問題があります。できるだけ早く、この星型の金具を製作いたしましょう。ただ、意匠登録に関しては金具の製作より早く、この形状を登録しておくべきです」
「形状だけの登録もできるのですか?」
「もちろんです」
そりゃまあ、ついこないだまで商業ギルドの意匠登録部門のトップだった人が言うんだから、間違いあるまい。
「では、この星型だけでなく、もう少しいろいろな形の絞り口が欲しいのですけれど」
「ほう? ほかにも形があるのですか?」
「ええ、この絞り出す口の形を変えることで、絞り出したクリームなどに変化をつけることができるのよ」
そりゃあもう、栗拾いに行くんだもん、モンブランをマルゴに作ってもらうためには、細い丸型の絞り口があったほうがいいに決まってるもんね。
「それでしたら、この絞り口の形を指定せずに登録する必要がありますね」
エグムンドさんが考え込むように言う。「クリームなど食品に限らず、流動物を一定の形を保ったまま絞り出すための道具、というような表現で登録したほうがいいかもしれません」
「その辺りのことは、エグムンドさんにお任せします」
「では、取り急ぎこの道具の形状を意匠登録するということで」
「そうですね、ゲルトルードお嬢さま。意匠登録については、エグムンドさんにお任せすれば間違いないですね」
いきなり、ヒューバルトさんが私とエグムンドさんの会話に割って入ってきた。
ヒューバルトさんはにっこり笑って、でも目線だけをチラッと動かす。その目線の先では……公爵さまの眉間のシワがますます深くなっていた。
あー、はいはい、わかりました。
限界なんですね、もうこれ以上待たせるなと言いたいんですね。
私がさり気なくヒューバルトさんにうなずくと、エグムンドさんも心得てくれていたようだ。
「では、意匠登録についてはまた後でご相談さしあげます。それから魔術式契約書ですが、クラウス」
エグムンドさんに呼ばれたクラウスが、さっとエグムンドさんの鞄を持ってくる。
「記載の方法はわかっているね? モリスとロッタ、それにマルゴさんの契約書を頼めるか?」
「はい。大丈夫です」
うなずくクラウスにエグムンドさんはうなずき返し、私に向き直る。
「それではゲルトルードお嬢さま、契約に関してはクラウスに任せますので」
「ええ、お願いします」
私は笑顔で答えてから、その笑顔を公爵さまに向けた。「では公爵さまは、客間へご移動願えますでしょうか?」
「客間に? 何故?」
不思議そうに眉を上げてるんじゃないわよ、ここで試食なんてダメに決まってるでしょ!
と、心の中で思いつつ、私はまた笑顔を貼り付けて言う。
「せっかくでございますから、お茶の準備をさせていただきます」
「いや、私はここで別に構わな」「客間で、お茶とおやつを、差し上げたく存じますので」
公爵さまの言葉をぶった切って、私は言い張った。「公爵さまには、客間にお移りいただけませんと、おやつを召し上がっていただくこともかないませんので」
だから近侍アーティバルトさん、肩をひくひくさせてないで、自分の主をしっかり客間へ誘導して!
私がちょっと、いや、かなり怖い笑顔を向けると、アーティバルトさんもうなずいて公爵さまを促してくれた。
「閣下、せっかくですから客間で正式なお茶をいただきましょう。本日はこちらの厨房に人が多いですし、客間のほうがゆっくりとおやつを味わっていただけるものと思います」
お母さまもアデルリーナを促して席を立ってくれた。
「ではリーナ、わたくしたちも客間へ行きましょう。公爵さま、下の娘も同席させていただきたく存じます」
「うむ、それは一向に構わないが」
うなずいた公爵さまを、アーティバルトさんが急かしてくれる。
「閣下、では奥さまとお嬢さまをお待たせするのも悪いですから」
はい、立って立って、客間へ行きますよー、とばかりにアーティバルトさんが公爵さまを、ようやく連れ出していってくれた。
公爵さまと近侍さん、それにお母さまとアデルリーナが厨房から出ていき、扉が閉められたとたん、ロッタがはーっと大きく息を吐き出した。
思わずみんなの視線が集まって、ロッタがしまったとばかりに自分の口を手で押さえて身をすくめてしまう。
「も、申し訳ございません!」
「大丈夫よ、ロッタ」
私も息を吐きだしながら言ってあげた。「貴女の気持ちは、すごーくよくわかるから」
そう、私が言ったとたん、モリスもぶはーっと大きな息を吐きだした。
うんうん、みんなめちゃくちゃ緊張してたよね。
そして私は、正直にげんなりとした顔で言ってしまった。
「我が家の厨房では、今後もこういうことがあると思っていてちょうだい。あの公爵さまは、これからも我が家の厨房に乗り込む気満々でいらっしゃるようですからね」
ホンット、勘弁してほしいわ……。
年度末のバタバタに職場でトラブル発生、そのストレスでしばらく書けずにおりました。
職場もちょっと落ち着いてきたので、また頑張って更新していきます。
早く栗拾いに行きたいよー(;^ω^)