126.公爵さまの魔力
本日4話目の投稿です。
なんか、すっごい不思議な感じ。
私は、放してもらった自分の手をしげしげと見つめちゃった。
ふだんから、触れることで自分の魔力を魔道具に通すことはやってるけど、ほかの人の魔力を自分に通してもらったのは初めてだ。それに、自分から魔力を通すんじゃなくて、魔道具から魔力を吸い取られたような感覚も初めて。なんかホントに不思議。
「これできみも、この収納魔道具が使えるようになった」
公爵さまが私にその収納魔道具を差し出した。「この収納魔道具は、手を触れている者の思考に反応する。目の前のモノを収納したいと思うだけで収納できるし、収納してあるモノを出したいと思うだけで出すことができる」
やってみなさい、と公爵さまにすすめられ、私は卵がいっぱい入ったかごに袋の口を向けた。
入れ!
と、本当に、思っただけで、かごがにゅるんと袋の中に吸い込まれるように消えた。
「出すときは、収納したモノをより具体的に想像しながら、出てこいと念じるのがコツだな」
公爵さまの言葉にうなずき、私は袋の口をテーブルの上に向け、さっき収納したばかりの、卵がいっぱい入ったかごを頭の中に思い描く。
出てこい!
これまた、本当に思うだけで、さっきのかごがにゅるんと出てきた。
すごーい!
ホントにすごいよ! ナニコレ、めっちゃ楽しい!
「生きているモノ以外は、基本的に何でも収納できる」
公爵さまが説明してくれる。「人はもちろん、動物や鳥、昆虫、魔物なども、生きている状態では収納できない。植物は、根がついていても地面から抜いてあれば収納できる」
「容量はどれくらいあるのですか?」
私が尋ねると、公爵さまは答えてくれた。
「魔物の討伐遠征で60名分の兵站を30日分収納したら、いっぱいになったな。そのくらいは入るようだ」
60名分の兵站を30日分?
具体的にどれくらい? 1日3食かける60人かける30日分? 兵站ってことは、食料品以外のものも含まれるんだよね?
なんかさっぱり想像がつかないけど、とりあえずめっちゃ入るってことだよね?
30名分のお弁当くらいドンと来い、だよね!
私はすっかり楽しくなっちゃって、テーブルの上のモノを収納したり、収納したモノをテーブルの上に出したりしてみた。
うん、ホントに楽しーい。どや顔してる公爵さまはちょっとうっとうしいけど。
私はその辺りにあるモノを一通り出し入れし、満足して収納魔道具を置いた。
いや、私が嬉々として魔道具を触ってるのを、みんなが生温かい目で見守ってくれてることに気がついたからでは、決してない。ええ、決して。
「それでは、次の試作に取りかかりましょうか」
私は何事もなかったかのように、にこやか~に言った。
そして、お皿の上に載せてあった丸パンをひとつ手に取る。
「ソーセージを作る前の、この挽いた状態のお肉にパン粉を混ぜたいのだけれど」
私はマルゴに問いかけた。「マルゴ、パン粉って知ってる?」
「パン粉、で、ございますか?」
案の定、マルゴは首をかしげた。
「ええ、パンを乾燥させて粉のように小さく砕いたものよ。それを使うと、この挽いたお肉をふっくら焼き上げることができるの」
「それはまた、おもしろそうでございますね。挽いた肉に、そのパンの粉を混ぜて焼くのでございますね?」
マルゴの目が好奇心に輝いてる。
本当に、マルゴはお料理に対してどん欲だ。ちゅうちょなく、それどころか大いに楽しみながら、新しいレシピに取り組んでくれる。
「とりあえず、パン粉を作りましょう。このパンを薄く切ってさっと両面焼いて、水分を飛ばしてから」
「ゲルトルード嬢」
いきなり、公爵さまが声をかけてきた。
振り向いた私に、公爵さまはちょっと眉を寄せて言った。
「そのパンから、水気を抜けばよいのか?」
「はい、ええと……」
私はうなずきながら首をかしげちゃう。「その通りです、公爵さま。パンを粉のように砕きたいので、焼いて水分を飛ばそうとしているのです」
てか、なんで公爵さまが調理の手順に口を出してくるの?
私もちょっと眉を寄せちゃいそうになったんだけど、公爵さまはすっと私に向かって手を差し出した。
「そのパンを貸してみなさい。ああ、その皿も一緒に」
さっぱりワケがわかんない。
でも、とりあえず公爵さまに逆らうワケにはいなかい。
ってことで、私は言われた通り、パンをお皿に載せて公爵さまに手渡した。
公爵さまは、パンを片手で持ち上げる。
いったいナニをするつもりなんだろう?
試食させてあげるだけでも大サービスなのに、調理にまで口出し手出ししてほしくないんですけど。
そう思っちゃって、すがめてしまいそうだった私の目が、すぐに丸くなった。
だって、公爵さまが持ち上げてるパンの周りに、白い靄が立ち上がってきたんだもの!
ナニ、えっ、なんなの、ホントに公爵さま、パンから水分を抜いてるの?
パンを包んだ白い靄が、ぽたぽたと水になってお皿に落ちていく。
これ……これって、公爵さまの固有魔力?
「これでどうだろうか?」
公爵さまが差し出したパンは、本当にカラッカラに乾いていた。もう、手で押しただけでボロボロと崩れてしまいそうなほどに。
「……すごい」
思わずもらした私の言葉に、公爵さまはすました声で応えた。
「私の固有魔力は、水操作だ」
そう言って、公爵さまは片手を伸ばして手のひらを上に向けた。
とたんに、その手のひらの上に白い靄が立ち上ってくる。
その靄がみるみるうちに集まって、公爵さまの手のひらの上に小さな水の球が浮かび上がった。
「私は空中の水分もこうやって集められる。おかげで、討伐遠征に出ても飲み水に困ることがない」
ぱしゃん、と公爵さまは、自分の手のひらの上に浮かんでいた小さな水の球を、お皿の上に落とした。
公爵さま、めっちゃどや顔してる。
いや、でも、確かにこれはすごいわ。空気中の水分を集めちゃえるなんて。それにたぶん、パンだけでなくほかのいろんなモノからも水分だけを抜いてしまえるんだと思う。
さらに、公爵家なんて最上位の貴族なんだから、魔力量だってかなり豊富なはず。いまは本当に小さな水の球だったけど、もっともっと大きな水の球を作ることもできちゃうんじゃないだろうか。
「それだけで足りるのか?」
公爵さまはすっかりどや顔のままで、私が手にしているカラカラになったパンにあごをしゃくった。
私は、正直に、率直に、丸パンの入ったかごを公爵さまの前に差し出した。
「あと10個ほど、お願いします」
いや、まさか公爵さまの固有魔力でパン粉を作ってもらえるなんて、夢にも思ってなかったけどね。てか、天下の公爵さまの固有魔力をこんなことに使ってもらっちゃっていいのかとか、考えたら負けだからね。
いいの、言い出したのは公爵さまのほうだから。
公爵さま本人があんなにどや顔して満足してくれちゃってるから。
このさいだから、トンカツやコロッケの分も、たっぷりパン粉を作ってもらっちゃおうじゃないの。
はい、そこのイケメン兄弟、2人そろって手で口元押さえて肩をひくひくさせてんじゃないわよ!
公爵さまの固有魔力、めっちゃ便利(爆