124.我が家の厨房には機密情報があふれてる
本日2話目の更新です。
「卵白を泡立ててメレンゲにしてほしいの。それから、天火を低温で温めて、天板の準備をしてちょうだい。」
「かしこまりました。さきほど『まよねーず』を作るときに分けた卵白が残っておりますので」
私の指示にすぐにマルゴが応え、マルゴの指示でモリスとロッタも動く。
その六角形の茎を持って、私は思案した。
茎にはかなり長さがあり、下から上に向かってだんだん細くなっている。
メレンゲを絞り出すなら細めのほうがいいわよね。でも、この袋の先っぽにどうやって取り付ければいいかな? 袋を差し込んだだけだと、絞ってるときに外れそうだし……こいう形だから紐で縛るのは難しいし、接着剤で貼り付けようにもそんな手ごろな接着剤なんてない。
何かこう、金具のようなもので、カチッとはめ込むようにできればいいんだけど……。
そうだ、二重にしてみたらどうだろう?
私はナイフをマルゴから借りて、茎の適当な太さのところを切り取った。長さ2センチくらいのものと、それよりやや細い部分で長さ3センチくらいのもの、2つだ。
その切り取った茎と露集め草の袋を水洗いし、乾いた布巾でしっかり水気を拭きとる。
露集め草の袋は、円錐状の先っぽをちょっと切り取ったような形で、実に具合のよさそうな穴が開いてる。その穴の部分を、短いほうの茎に差し込む。
それから、袋の内側から少し細くて長いほうの茎を、先にセットした少し太いほうの茎へ、形を合わせてぎゅっぎゅっと押し込んでみた。
おお、いい感じ!
茎と茎の間に、袋が挟まってしっかりと固定できた。
私はマルゴが泡立てて作ってくれたメレンゲを受け取り、星抜き草の茎を取り付けた袋にスプーンですくって詰めていった。
とりあえず、袋の六分目くらいまで詰めてみた。袋自体があまり大きくないので、少ししか絞れないけど、とりあえずやってみよう。
私は袋の中を確認して、できるだけ空気を抜く。そして、薄く油が塗られた天板の上に、むにゅんとひとつ、メレンゲを絞り出してみた。
うむ、大成功!
「へえ、これはまた!」
マルゴが歓声を上げ、ほかのみんなもびっくりした顔で天板に絞り出されたメレンゲを見ちゃってる。ぴんと角の立った六角形のメレンゲだ。
「えっ、あの、この形のまま固めてしまえるんですか?」
ヒューバルトさんが、なんか本気でびっくりしてる。
「ええ、このままの形で焼き固められるはずよ」
答えながら、私はむにゅんむにゅんとメレンゲを絞り出していった。
なんだかマルゴが大喜びだ。
「ゲルトルードお嬢さま! これは大変すばらしいです! なんとも華やかでおもしろい形ではございませんか!」
うふふふ、いいでしょ、絞り袋があるのって。
天板の上にずらりと絞り出されたメレンゲは、すみやかに天火の中にセットされた。低温でじっくり焼くから時間がかかるけど、これで六角形の角の立ったメレンゲクッキーが焼きあがるはず。
でもホント、こんな植物を使って絞り袋が作れちゃうなんて。
私は昨日ヒューバルトさんに説明したとき、絞り口は何か金具で作ってもらう必要があるんじゃないかと思ってた。だけど、まさかこんな植物があったとは。
メレンゲやクリームを入れる袋も、防水を施した木綿の袋とか、そういうのを私は想像してたんだけど、こんな不思議な植物の袋を持ってきてくれるだなんて思ってもみなかった。
最初、エグムンドさんがヒューバルトさんを紹介してくれたとき、知識も情報もたくさん持っていて、しかもその知識や情報の使い方をよく知っている人、みたいなことを言ってたけど……本当にそうだわ。
たぶんお料理なんかほとんどしたこともなくて、当然絞り袋が何なのかさっぱりわかっていなかっただろうに、私の大まかな説明を聞いただけで、ヒューバルトさんはパッとこの六角形の茎と花弁の袋を思いついてくれたんだと思う。
ヒューバルトさんってば、めっちゃ『使える』人じゃないの!
そこで私は、もうひとつ、ヒューバルトさんに頼んでみることにした。
そう、メレンゲを作るとき、絶対欲しいヤツ!
私の説明に、ヒューバルトさんは首をかしげた。
「泡立て器、ですか?」
「そうよ、このメレンゲを作るときもそうなのだけれど、クリームを泡立てたりするときって、ものすごく体力が必要なの」
ええもう、私は筋力強化でガッシャガッシャ泡立てちゃえるんだけどね。
マルゴもがっつり腕力をふるって泡立ててくれるんだけどね。
それでも、できたら電動泡立て器ならぬ、魔動泡立て器が欲しい!
それも、高速低速の切り替えができるヤツを、できる限り早急に!
だって冗談抜きで、大量にメレンゲだのクリームだの泡立てる必要があるのよ、30名分のおやつを作るために。
私だって、筋力強化が使えなかったら腕が折れちゃうんじゃないかってほどだから。
本当に、本当に、おやつ作りは腕力勝負なの!
思案顔のヒューバルトさんが答えてくれた。
「うーん……そうですね、弟に相談してみます」
「あの魔法省の魔道具部にいるという弟さんね?」
私の問いかけにヒューバルトさんがうなずく。
「はい。我が家の精霊ちゃんは本当に天才なので、何かいいものを作ってくれるのではと思います」
え、あの、精霊ちゃん?
なんじゃそりゃ? という顔を、私は思わずしちゃった気がする。
だって、精霊ちゃん? 弟のことだよね? 弟が精霊ちゃん?
そんな私に、ヒューバルトさんは満面の笑みで、本当にいつものうさん臭さなんかかけらもない100%『お兄ちゃん』な笑顔で、言ってくれた。
「ええ、我が家の末っ子は、本当に精霊ちゃんなんですよ。ゲルトルードお嬢さまには、いずれご紹介できると思いますが」
う、うーん……精霊ちゃんな弟? 魔法省に勤めてるってことは、成人してる男性だよね? それで精霊ちゃん? しかも天才?
なんというか、会ってみたいような、会ってみたくないような……。
ヒューバルトさんはでも、その『お兄ちゃん』な笑顔をすぐに引っ込めて、また思案顔になった。
「しかしゲルトルードお嬢さまは本当にすごいですね。このクリームを絞り出す道具ですとか、それにクリームを泡立てる魔道具ですとか」
絞り袋を手にヒューバルトさんは苦笑する。「これはまず間違いなく、エグムンドさんが意匠登録すると思いますよ。それに、魔道具の泡立て器も作れば、そちらも間違いなく意匠登録行きですね」
そしてヒューバルトさんは、その絞り袋を凝視しているモリスに顔を向けた。
「モリス、魔術式契約書に追加事項を入れる。ここで見聞きした料理、レシピ以外にも、こういった道具に関しても口外できない契約にするから」
モリスは神妙にうなずいたけど、私はびっくりしちゃった。
「え、あの、そんな契約を、モリスとしているの?」
「もちろんです」
当然だという顔でヒューバルトさんはうなずく。「この厨房で作られる料理のレシピは、すべて販売対象になると考えています。特に『さんどいっち』などは真似しやすいですから、どこから情報が漏れるかわかりません。口外法度の魔術式契約を結んでおくのは、モリスのためでもあるのですよ。もし万が一情報が漏れたとき、モリスを疑わなくて済みますから」
確かに、言われてみればそうだ。
サンドイッチはともかく、見た目だけでは作り方がわからないだろうマヨネーズやプリンのレシピを、モリスはこれから覚えるんだから。
でも、それならば……。
私の懸念通り、ヒューバルトさんは言った。
「ロッタ、きみにも魔術式契約を結んでもらう。悪いが、きみに拒否権はない」
ロッタの丸顔が緊張にこわばる。
けれどロッタはすぐにうなずいた。
「わかりました。契約を結びます」
そしてマルゴは自分から言い出した。
「あたしも、その魔術式契約を結びますです」
「マルゴ、でも貴女は……」
言いかけた私に、マルゴはにっこりと笑って言った。
「さっきヒューバルトさまがおっしゃったように、その契約はあたしを守るためのものでございましょう? もちろん、あたしは何ひとつ口外するつもりはありませんが、人に絶対なんてものはありやしませんからね」
うーん、やっぱりお金が絡んでくると、本当にいろいろ大変だわ。
でも、ヒューバルトさんの言うように、ちゃんと契約を結ぶことが彼らを守ることになるのは間違いない。ここはもう、割り切っていくしかないわね。