122.レシピの代金
本日2話目の更新です。
試着が終わったところで、ツェルニック商会に栗拾いピクニックの話をした。
ちょうどそれに着て行ける衣装が欲しかったところで、この緑色の衣装を着ていけるのは助かるわ、っていう感じで。
そしたら、ロベルト兄とリヒャルト弟がそろって思案を始めた。
「確かに、いまの時期に屋外で催されるお茶会でございましたら、この緑のお衣裳はちょうどよろしいかと存じます」
「ただ、ご同席なさいますのが、公爵家と侯爵家というかたがたとなりますと」
兄弟で顔を見合わせ、それから私に言った。
「もう少し、華やかさを加えさせていただいたほうが、よろしいかと存じます」
なんか兄弟によると、やっぱり貴族家の格というものがあって、上位貴族家の集まりになるとより華やかな装いが求められるんだそうな。
「こちらのお衣裳に華やかさを加えるとしたら、どういう形になるのかしら?」
お母さまの問いかけに、リヒャルト弟がすぐに答えてくれた。
「まず、襟元にレースの付け襟を加えさせていただきたく存じます。ゲルトルードお嬢さまは未成年でいらっしゃいますし、宝飾品をお使いになるより、そういった形でお顔周りを明るくされるほうがよろしいかと思いますので」
ほー、そういうもんですか。
なんか感心して、私はお母さまと顔を見合わせちゃった。
「あとは、スカートのお裾に刺繍を少し加えたいところなのですが……コード刺繍が年明けまで使えないのが本当に残念です」
言ってるリヒャルト弟だけじゃなく、ロベルト兄も、それにベルタお母さんも、ものすっごく悔しそうな顔をしてる。
「それでも少々手を加えさせていただきたく存じますので、こちらの緑のお衣裳もいったん持ち帰らせていただいてよろしいでしょうか? もちろん、お出かけの前日までには必ずお届けにあがります」
「ええ、ではよろしくお願いしますね」
結局、今日持ってきてもらったドレスは2着とも、いったん差し戻しになっちゃった。でも、すぐにまたお直しして持ってきてもらえることになったし、あの緑のドレスはホントに栗拾いピクニックにぴったりだと思う。
うん、任せたよ。よろしく頼むね、ツェルニック商会!
ツェルニック商会を見送って厨房に戻ると、ナリッサに扉を開けてもらう前から、なんだかにぎやかな声が聞こえてきた。扉を開けてもらったとたん、いっせいに視線が私に向いた。
「ゲルトルードお嬢さま!」
メルさまんチの料理人、ベラさんとジルドさんが真っ先に私の前へやってきて膝を折った。
「本日、ご当家にてレシピを学ばせていただき、本当にありがとうございました!」
「本当に勉強になりました。ありがとうございます!」
口をそろえてお礼を言われちゃって、私は面食らってしまった。
思わずマルゴの姿を探すと、マルゴはにんまりと笑ってうなずいてくれる。
私もうなずき返し、笑顔を浮かべてベラさんとジルドさんに応えた。
「お2人にとって学べることがあったのなら、本当によかったです」
「ええ、もう、本当に驚きでございました!」
「まさか、酢と油をあのように混ぜてしまえる方法があったとは!」
ベラさんとジルドさんが興奮したように言い、私は2人に立ち上がるよう手で示す。
「ぜひ、美味しく作ってお邸のみなさまに召し上がっていただいてくださいね」
「はい、それはもう!」
「この『まよねーず』でございましたら、ユベール坊ちゃまにも喜んで召し上がっていただけると思います!」
2人は、何度も何度もお礼を言って、またぜひレシピを学ばせて欲しいと言いながら帰っていった。
はー、なんかすっごい喜んでもらえたみたいで、本当によかったわ。
一息ついて厨房内を見回すと、すでにヒューバルトさんもクラウスもカールも戻ってきてた。やっぱり厨房の人口密度が高いよ。
テーブルの上には、マルゴがレシピを教えるために作ったらしい、ベーコンレタスサンドと卵サンド、それにマヨネーズが入ったカップが置いてある。
マルゴが進み出てきて、私に革製の小さな巾着袋を渡してくれた。
「お預かりしました、レシピのお代金でございます」
「ああ、ありがとう」
その小さな巾着袋を何気なく受け取って……私はその感触に、ちょっと首をかしげてしまった。
硬貨が1枚、だよね?
ちゃりんともなんとも音がしない袋の中には、硬貨が1枚だけ入ってるっぽい。
お行儀悪いと思いつつ、私はその場で巾着袋の口を開けて、中を覗いてみた。
覗いてみて、私は固まった。
こ、こここここ、これって……白金貨?
ちょ、ちょまっ、ちょっとまって、白金貨って……えええ、あの、白金貨1枚?
サンドイッチとマヨネーズのレシピ代が、白金貨1枚って!
いや、事前に代金のお話がまったくできなかったので、いったいどれくらいの金額になるんだろうと……そりゃ、相手は上位貴族家だし、お母さまと仲良しのメルさまだし、それなりにはずんでくださるんじゃないかなー、と、ちょっと期待していなかったとは言わない。
具体的には、まあ日本円で数千円ってことはないでしょ、万札を何枚かくらいのお代金というか、謝礼はいただけるかな、と……。
でも白金貨1枚って!
マジで、冗談抜きで、私の予想より2桁も上なんですけど!
ひょいっと、私の横からきんちゃく袋を覗き込んだヒューバルトさんが言った。
「ああ、これはまた、はずんでいただきましたね」
い、いや、はずんでいただきました、とかってレベルじゃないと思うんですけど!
固まったままの顔を向けた私に、ヒューバルトさんは軽やかに笑った。
「そうですね、少し多いと思いますが、まあ、ご祝儀と、それに栗拾いのお弁当代を兼ねてらっしゃるんだと思いますよ」
あ!
お弁当代!
確かに、我が家で何十人分って単位のお弁当を作ることになっちゃったから、その費用も結構かかっちゃうなーと、ひそかに頭を悩ませてたんだけど……メルさま、ちゃんとそのことをわかってくださってたんだ?
いや、でも、それにしても多いよ! 多すぎるよ!
「お弁当代と……それに、ご祝儀?」
ほとんど無意識に口にしてしまった私に、ヒューバルトさんはうなずく。
「ええ。おそらく、ゲルトルード商会創設のご祝儀でしょう」
ああ!
なるほど、そういうこと?
いや、それでもまだ多い気がするんですけど! これが上位貴族家の相場なの?
なんかもう、目を泳がせちゃう私に、ヒューバルトさんが教えてくれた。
「ホーフェンベルツ領も豊かな領地ですからね。まあ、先代のご当主、有り体にいえばメルグレーテさまがようやく離縁にこぎつけて叩き出すことができた婿どのが、離縁の理由に認められるほど遊蕩に浪費されていたようですが……メルグレーテさまがしっかり領地経営をされていたのでしょう。それほど財産を減らすこともなく、ご裕福なままユベールハイスさまに相続させることがおできになったのでしょうね」
メルさま!
なんてすごいの、メルさま!
あんなにおかわいらしい、お人形さんのようなルックスなのに、中身はめっちゃ男前じゃないですか! 堅実領地経営に、ご祝儀をポンとはずんじゃう気風のよさ! それでいてお弁当代まで考慮してくださる気配りもバッチリ!
ええ、これはもう、領地経営のこともがっつりメルさまに教えていただかなくては!
それに……メルさまのお代金は破格だったとはいえ、レシピって本当に売れるんだわ。
なんかもう、モリスとロッタも増えたし、モリスはゲルトルード商会でお給金を出すっていっても結局私の稼ぎにかかってるわけだし、さらには家庭教師の先生も雇うことになっちゃったし、ヨアンナ一家も戻ってくるし、養う相手がドッと増えてこれからどうしようって、やっぱりちょっと不安だったんだけど……。
レシピ、売れる!
ええもう、唐揚げもポテチもコロッケもガンガン試作して、レシピがっつり書いてがっつり稼ごう!
これからまだ使用人も増えそうだけど、ドンと来い、よ!
次の週末、3回目のワクチン接種を受けます。
もしかしたら完全に伸びてしまって、ろくに更新できないかもしれません(´;ω;`)
どうぞご了承ください。