121.料理人の来訪と新しい衣装
本日は2話更新できそうです。
メルさまんチ、つまりホーフェンベルツ侯爵家の料理人さんたちは、案内されて入ってきた厨房に私がいることに、とても驚いたようすだった。
「えっ、あの、ご当主のゲルトルードお嬢さまでございますか?」
目を丸くした女性の料理人さんがさっと膝を折る。「大変失礼をいたしました。私はホーフェンベルツ侯爵家にて料理長を務めさせていただいております、ベラ・レルヒと申します」
そして、もう1人の若い男性もすぐさま膝を折った。
「私はジルド・レルヒと申します。母のベラとともに、ホーフェンベルツ侯爵家の厨房に勤めさせていただいております」
あら、親子の料理人さんですか。
と、いうことは、もしかして?
「ベラさんとジルドさんですね。当家の主、ゲルトルードです。よろしくお願いしますね」
挨拶をして、私は尋ねてみた。「レルヒ家は何代くらい、ホーフェンベルツ侯爵家で料理長を務めていらっしゃるのかしら?」
「はい、お恥ずかしい話ですが、私でまだ3代目でございます」
いや、全然お恥ずかしくないよ、料理長が世襲とか。歴代の家臣じゃないですか。
私はにこやかに言った。
「では、ジルドさんは4代目なのですね。次代が順調に育っておられるので、ホーフェンベルツ侯爵家もご安心でいらっしゃいますね」
「過分なお言葉、ありがとう存じます」
なんか、侯爵家クラスになると料理人さんもこんな感じなのね……いや、我が家はマルゴでよかったです。本当に、マルゴが来てくれてよかったです。庶民派万歳。
「本日は、我が家の料理人であるこのマルゴから、レシピをお伝えします」
私の紹介に、マルゴが頭を下げる。
「クルゼライヒ伯爵家料理人、マルゴ・ラッハと申しますです」
そのマルゴに、私は言った。
「マルゴ、先日我が家をご訪問くださった侯爵家夫人のメルグレーテさまは、特にマヨネーズがお気に召したごようすで、ご令息のユベールハイスさまにぜひ食べさせてあげたいとおっしゃってくださったの。レシピをどのようにお伝えするかは貴女に任せますので、よろしくお願いね」
「かしこまりましてございます、ゲルトルードお嬢さま」
ひとつうなずいて、私はベラさんとジルドさんに告げた。
「レシピに関しては、何でもマルゴにお尋ねいただいて結構です。私は所用で席を外しますが、どうぞ納得いくまで新しいレシピに取り組んでくださいませ」
「ありがとうございます。ゲルトルードお嬢さまのお心遣いに感謝申し上げます」
うん、まあ、私が厨房で横から覗いてたらヨソんチの料理人さんも緊張しちゃうでしょ。それに、これからすぐツェルニック商会が来てくれると思うので、私はいったん厨房から撤退よ。
そんでもって案の定、客間に入ってお母さまとアデルリーナと3人そろったところですぐに、ヨーゼフがツェルニック商会の来訪を告げてくれた。
「クルゼライヒ伯爵家ご令嬢ゲルトルードさま、ならびに未亡人コーデリアさま、ご令嬢アデルリーナさまには本日もご機嫌麗しく、私どもツェルニック商会、お目通りをお許しいただき恐悦至極に存じます」
うんうん、本日も通常運転だよね、ツェルニック商会は。
いや、なんかベルタお母さんの目元のくまが、いっそう濃くなってるような気がしないでもないけど。
うう、あんまり無理はしないでねと思いつつ、素早くドレスを仕上げて持ってきてくれるのは正直に助かります。
「本日はゲルトルードお嬢さまのお衣裳を2点お持ちしました。いずれもお背中の紐で身ごろを調節できるようになっており、お直しにもそれほどお時間をいただかずに仕上げることができましたので」
そう言って、リヒャルト弟が2着のデイドレスを広げてくれた。
「まあ、背中のリボンがとってもかわいらしいわ!」
お母さまが声をあげちゃったくらい、2着とも背中を紐というか細いリボンで編んで絞る形になっていて、ちょっとかわいらしいデザインだ。
1着は、身ごろが深い緑色のベルベットのような生地と、光沢のあるアイボリーの生地の2色で切り替えになっている。
前も後ろも中央がアイボリーで両脇が緑色。前身ごろのアイボリーの部分には、同じアイボリーのレースが縦方向に何本もあしらわれている。そして後ろ身ごろは、両脇の緑と同じ色のリボンで中央のアイボリーの生地をはさむように編み上げる形になっていた。
スカート部分は、緑1色のオーバースカートに裾からアイボリーのレースが少し覗くようにアンダースカートが重ねてある。
「こちらのお衣裳は、腰から背中へ編み上げるようにこうして絞っていきます。この中央の部分に変なシワが寄らないよう、このように畳みながら左右にリボンをかけていって……」
リヒャルト弟の説明をシエラもナリッサも真剣に聞いて、私に着付けをしてくれた。
新しいドレスに着替えて、衝立の後ろから出てきた私を見たお母さまとリーナが、いつものように大喜びしてくれる。
「こういう濃い色も、ルーディが着るととっても似合ってるわ」
「すてきです、ルーディお姉さま」
うん、ホンット、なんでリヒャルト弟はこんなにも私に似合うドレスを選べるのか、もはやナゾの域だわ。
着替えた私に、ベルタお母さんとお針子さんたちがささっと寄ってきて、細かいところを調整してくれる。
その間も、ロベルト兄とリヒャルト弟が、この衣装に合わせる靴はこれ、髪飾りはこれ、肌寒い朝夕にはこのショールを合わせて、などなどコーディネイトについてシエラとナリッサに説明してくれている。
うん、このドレスは生地もちょっと厚めだし、いまの時期の屋外で着るにはちょうどいいと思う。栗拾いピクニックに着て行ける新着ドレスが手に入ったよ!
もう1着は、淡いベージュにアイボリーっていう、一歩間違うとボケた感じになりやすい配色のドレスなんだけど、背中のリボンがね、深紅なのよ。もうすっごくかわいいアクセントになってるの。それに、真珠色のビーズもさり気なく散らしてあって、とっても上品なデザインになってる。
「こちらのお衣裳は、先ほどとは逆に、背中から腰に向かって編んで絞っていきます。そしてお腰で結んだリボンをこう、長く後ろに垂らすようにいたします」
また着替えさせてもらって、衝立の後ろから私が出ていくと、お母さまもアデルリーナもやっぱり大喜びよ。
「まあ、このお衣裳も本当にすてき。前から見るととっても上品だし、後ろ姿はとってもかわいらしいわ」
「紅いおリボンがとってもかわいいです」
そんでもって、またもやベルタお母さんとお針子さんたちによる調整が始まる。
なんか、こっちのドレスはもう少し肩を詰めたほうがいいとか言ってるんですけど。私は大して気にならないんだけど、ベルタお母さんは気になるらしい。
「肩の位置がずれていますと、せっかくのゲルトルードお嬢さまのおきれいな肩の線が、崩れて見えてしまうのです。腕の上げ下ろしも、少々窮屈にお感じではございませんか? 大変申し訳ございませんが、一度持ち帰り調整させていただきます」
うーん、そういうものなのか。
でも確かに、ちょっと腕を上げるのが窮屈かも。
この世界というか、このレクスガルゼ王国の貴族女性が着ているドレスの上半身は基本的に、ぴったり体の線にそった形に縫いあげられている。
これがなんというか、伸縮性のない生地なのに、ちゃんと動きやすいようにものすごく細かいパーツに分けて縫いあげてあるのよね。それをちょっとずつ調整して、私の体に合うように仕上げてくれるんだから、文字通りの職人技よ。
ちなみに、コルセット、あります。
てか、私も使ってる。
私はもう完全に発育不足のツルペタ体型なので、コルセットもほとんど締める意味がないのよね。全然苦しくない。そんでも、体を折り曲げたりするときはやっぱりちょっと邪魔だわ。骨に当たっちゃうし、硬い下着って感じ。
だいたい、こんなもん身に着けることになってるから、貴族女性は1人で服の脱ぎ着をするのが難しいのよねえ。
そしてスカート部分は、クリノリンやパニエみたいな器具も使ってないし、バッスルみたいな腰枕も入れてない。あくまでペティコートを何枚も重ねることで、スカートを膨らませてます状態で着てる。だから、何重にもなっているペティコートを足でさばきながら歩くのは、結構重労働だったりする。
いつか、エンパイアドレスみたいな、胸下で絞るだけのらくちんドレスを作ってもらってもいいんじゃないだろうかと、ひそかに思ってはいるんだけどね。
てか、フツーにパンツスーツ着たいよ。
ベアトリスお祖母さまみたいに軍人になる気はないけど、ブリーチズはフツーに穿きたいなあ。
今ごろ気がついたんですが、レビュー2つめを書いていただいてました!
ありがとうございます! まだ食テロな内容は続きそうですw