116.厨房の人事
本日も2話投稿します。
だけど、公爵家って伯爵家のご令嬢が侍女をしているような環境なんだって、私はそっちもかなり驚いたわよ。
そしたらなんとその侍女頭さん、公爵さまの姉君お2人、つまり王妃さまとレオポルディーネさまの養育係だったんだって! いわゆる、ナニーってヤツね。
そりゃあもう、王妃さまになられるような公爵家のご令嬢の養育係なら、上位貴族が務めてても全然おかしくないわ。
王妃さまもレオポルディーネさまも、ご結婚のさいにその侍女頭さんを嫁ぎ先へ連れていきたがったそうなんだけど、お2人のうちどちらを選んでも角が立ちそうだからって、公爵さまのところに残られたんだって。
はー、なんかやっぱいろいろすごいわ、公爵家って。
「そのヨアンナという者がご当家に戻れば、侍女が1人増えるわけだな」
公爵さまが言い出した。「しかし、ご当家にはあと2人くらいは侍女が必要ではないのか? 通常、上位貴族家であれば夫人や令嬢には最低でも2人ずつくらいは侍女が付くものだ」
いや、確かにそうなんでしょうけどね。
私は思わず言ってしまった。
「侍女よりもまず、厨房で働いてくれる人を、早急に探さなければならないと思います」
だって、いったい何人分のお弁当を作ればいいっていうのよ。
だいたい、公爵さまが毎日毎日毎日毎日我が家をご訪問くださるおかげで、おやつ作りだって大変なんだから!
それに今後もレシピの販売なんか考えると、マルゴの負担があまりにも大きくなりすぎちゃうでしょ。
公爵さまもそれはわかっているようで、眉間にシワを寄せちゃった。
「ううむ、確かにそちらも早急に必要だな」
ええ、我が家の料理人になんぞ支障があったら、公爵さまのおやつも試食も全部パーになっちゃいますもんね。
「我が家の料理人は他の貴族家でも働いていたことがあるそうなので、そのつながりで我が家に入ってくれる人がいないか、料理人本人に尋ねてみようと思っています」
「そうだな。料理人にとっても気心が知れている者のほうが、都合がいいだろう」
マルゴの知り合いの料理人でもいいし、下ごしらえをしてくれる下働きでもいい。ホンット、たとえお皿洗いだけであっても、マルゴの負担が減るからね。
そこで、ヒューバルトさんが口を開いた。
「閣下、ゲルトルードお嬢さま、ひとつ提案がございます」
「何だ?」
「これから商会店舗にて調理を行う者が必要になります。私に2、3、心当たりがあるのですが、その者を見習としてご当家の厨房に入れていただくことはできませんでしょうか」
あっ、とばかりに、私はヒューバルトさんを見ちゃった。
ヒューバルトさんがうなずく。
「もちろん、その者らの身元は保証いたします。ご当家の厨房にて、今後飲食店で提供する料理の調理方法を、直接料理人から指導してもらえるのであれば、これほど確実なことはございません。指導を受けている間は当然、ご当家のお食事を作る手伝いもさせますが、給金は商会で支払うようにいたしましょう」
「なるほど。それも一計であるな」
公爵さまがうなずき、私もうなずいちゃった。
「ヒューバルトさん、その見習の人はすぐにでもお願いできるのですか?」
「1名、明日からでもお伺いできる者がおります」
「では、お願いします」
私はちょっとホッとしながら言った。「ただ、その人も見習い期間が終われば商会店舗で働いてもらうことになりますよね。その人とは別に、厨房の下働きができる人に当てがないか、我が家の料理人に訊いておきます」
「はい、それがよろしいかと」
ヒューバルトさんも笑顔でうなずいてくれた。
でもって私は、ひとつだけ確認することを忘れなかった。
「ヒューバルトさん、もしその見習さんが我が家の料理人とそりが合わないようでしたら、そのときはお断りさせてもらいます。それでもいいですよね?」
「もちろんでございます」
やっぱり笑顔でヒューバルトさんはうなずいてくれた。「その場合はまたほかの者を連れてまいりますので、ご当家の料理人と相性のよい者を選んでいただいて結構です」
私は、というか我が家は全員マルゴが大好きだけど、マルゴも結構アクが強いトコあるからね。
マルゴにストレスがかかるような人には、我が家の厨房には入ってもらいたくない。ホンット、我が家の健全な食生活のためだけでなく、今後のレシピ販売にもマルゴは絶対必要な人材なんだから。
「いま私が予定をしております料理人見習の候補は、とある商家の長男です。本人は料理人になることを希望しております。両親は長男であるだけに商家を継がせたいようなのですが、本人が自覚している通り、あまり客商売向きの性格だとは思えないのですよね」
ヒューバルトさんはちょっと苦笑しながら説明してくれた。「口数が少なく生真面目な性格なので、黙々と作業できる料理人のほうが、彼には合っていると私も思っています」
ほうほう。
確かに聞く限りでは職人さんぽい性格の人みたいね。
マルゴとうまくいってくれることを祈るばかりだわ。
料理人と厨房の話が出たことだし、私はこの機会にと、ずっと欲しいと思っているモノについて、相談してみることにした。
そのモノについて私が説明すると、公爵さまはじめ、みんな不思議そうな顔をした。
「そのようなものが、本当に必要なのか?」
「必要です。これがあるとないとでは、おやつの見映えがまったく違ってきますので」
公爵さまの問いかけに私は力説した。「飲食店を経営するなら、絶対欲しいのです。本当に、見映えがまったく違います。おやつがよりいっそう、美味しそうに見えるのです」
私はヨーゼフが差し出してくれた用紙に、簡単な図を書いてみせる。
やっぱりみんな不思議そうな顔をしていたけれど、ヒューバルトさんがなんとかしてみますと請け負ってくれた。
頼むよ、ヒューバルトさん!
それからさらに少し、店舗の改装について話し合って、ようやく本日はお開きになった。
はー、ホンットに連日クタクタだわ。
それでも、お母さまは旧友のレオさまメルさまと再会できてもう本当に嬉しそうで楽しそうでずっとにこにこしてて、そのようすを見ているだけで私は癒されちゃうんだけどね。
そのお母さまと一緒に厨房へ行くと、マルゴが帰宅せずに待っていてくれた。
私はとりあえず、明日から料理人の見習さんが来ることをマルゴに説明し、それから誰か我が家の厨房で下働きをしてくれる人に心当たりがないかを訊いてみた。
「それでしたら、知り合いの娘に、ちょうどよい者がおりますです」
マルゴはすぐに答えてくれた。「どこぞの貴族家の厨房で下働きをしていたのですが、そこの従僕だかにちょっかいをかけられそうになり、辞めるしかなかったようで。次の勤め先を探していると言っておりました。歳は17、気立てのよい娘でございます」
「マルゴがいいと思う人なら、構わないわ。できるだけ早く我が家に来てもらいたいのだけれど」
「では明日、連れてまいります」
そんでもって、明日はさらに、メルさまんチの料理人さんがサンドイッチとマヨネーズのレシピを教えてもらいにやってくる。
お母さまが客間に戻ってくるのが遅かったのは、メルさまが帰宅される前にヨーゼフを通じてマルゴの都合を確認してくれていたせいもあるらしい。
マルゴは快く引き受けてくれていて、明日はなんだかもう厨房が大忙しになりそうだ。
ホントにホンットに、お手当めっちゃはずむからね、マルゴ!