114.予定がひとつ決まりました
2話目の更新です。
侍女のザビーネさんは、レオさまより少し年上だろうか。すらりとした体形で落ち着いた雰囲気の女性だ。
「わたくしたちのような貴族は、王都に住まいを構えておりましても、正式なお茶会を開催できるほどの部屋を自宅に用意するのは、なかなか難しいのでございます。本当に仲のよい友人であれば1人2人自宅に招くこともございますが、その場合は家人に気を遣うことも多々ございまして」
ザビーネさんは頬に片手を当て嬉しそうに言った。「けれど、街の中にそういった気軽にお茶とおやつを楽しめる、それも貴族女性が女性だけで気兼ねなく訪れることができるようなお店があれば、それはもうわたくしたちのような下位貴族の女性は、こぞって利用させていただくと思います」
こぞって!
こぞって利用してくださいますか!
メルさまも自分の侍女に話しかけた。
「ディアーナ、貴女はどう? お休みの日に、美味しいお茶とおやつを楽しめるお出かけ先があるということよ?」
「まあ、メルさま。わたくし、王都は不案内でございますが、そのようなお店があるのであれば、ぜひお伺いしとうございますわ。本日いただきましたおやつも、本当に美味しゅうございましたし」
こちらの侍女さんは、メルさまよりだいぶ年上だと思う。にこにこしていて、ふっくらとしたやさしそうな雰囲気の侍女さんだ。
「ですってよ、ルーディちゃん」
メルさま、そのウィンクはあざといです。
でも、侍女さんがお休みの日に美味しいおやつを食べに来てくれるのは大歓迎です。
「そうよね、いつもお給仕してくれる侍女たちも、そのお店に行けば座っているだけでお給仕してもらえるのよね。それは、わたくしたちとしてもありがたいわ。侍女にも美味しくて楽しい時間を過ごしてもらいたいもの」
レオさまは侍女さんたちの福利厚生を考えてくださってるようです。ガルシュタット公爵家はブラックな職場じゃなさそうね。
でもこれだとやっぱり、当面はクラウスにもお給仕に出てもらうべきよね?
だってクラウスみたいなさわやかイケメンくんがお給仕してくれたら、毎日頑張ってくれてる侍女さんたちの癒しになると思うのよ。
うーん、お給仕はお給仕で専門職を雇うべきだと思うんだけど、クラウスにはちょっと頑張ってもらおう。それにそうやって経験してもらっておけば、後々雇ったお給仕係の指導役もしてもらえるだろうし。もちろん、お給金ははずむわよ!
それに、ヒューバルトさんにも当面お店に出てもらおう。せっかく人目を惹くイケメンがいるんだから、客寄せしてもらわなきゃ。当然、フェロモンには栓をしておいてもらわないとダメだけど。
などと、私がちょっとよこしまなことを考えていると、近侍アーティバルトさんが公爵さまに耳打ちしているのが見えた。
うなずいた公爵さまが口を開く。
「では、ゲルトルード商会店舗の改装については、もう少しこちらで話を詰めてから、再度レオ姉上やメルグレーテどののご意見もうかがうようにします」
「そうね、協力や援助など、できることがあれば、わたくしたちもぜひ参加させていただくわ」
レオさまとメルさまがうなずきあった。
公爵さまもうなずき返し、さらに言った。
「それから、先ほどの話のとおり、ユベールハイスどのやリドフリートをゲルトルード嬢に紹介する機会についてですが、実はいまご当家で、王宮西の森での栗拾いを計画しておりまして」
「あら、それはすてき! 栗拾いなら家族で参加できそうね!」
「ええ、ぜひ我が家も参加させてほしいわ」
レオさまメルさまが目を輝かせて言い出しちゃった。
ええ、はい、我が家の親子水入らずピクニック計画でしたが、このさいだからもうしかたありません。
てか、近侍アーティバルトさん、公爵さまに入れ知恵してんぢゃねーよ。
「リア、いつ栗拾いに行く計画を立てているの?」
「まだ具体的には決めていないのよ」
「栗拾いなら、早く行かないと時期を逃してしまうわ」
「もちろんリーナちゃんも行くんでしょ。じゃあ、我が家もリドとジオ、それにハルトも連れて行って大丈夫かしら?」
もうすっかりその気のレオさまメルさまは、お母さまと話し始めちゃうし。
で、ハルトさんって誰ですか、レオさま?
私の疑問なんかまったく関係なく、明日はメルさまがダメだとか、明後日はレオさまがダメだとか、なんだかんだとお母さまたち3人で話が進んでいってます。
「じゃあ、4日後でどうかしら、ルーディ?」
にこやかにお母さまに問われ、私は貼り付けた笑顔を公爵さまに向けた。だって、4日後もナニも、もう明日どうするのかの予定もわかんないよ、私。今日だってすでにグダグダじゃんね。
公爵さまは鷹揚にうなずいてくれちゃう。
「そうだな、4日後であれば私も大丈夫だ」
私はうなずいてお母さまたちに顔を戻す。
「公爵さまもご了承くださいましたので、4日後に致しましょう」
「よかったわ」
お母さまは本当に嬉しそうだ。「マルゴにたくさんお弁当を作ってもらいましょうね」
「はい、すぐにメニューの相談をしましょう」
私もうなずく。
まあ、サンドイッチとホットドッグになるだろうけどね。フルーツサンドも投入するか。あと、おやつは何にするかな。
「あら、もしかしてわたくしたちも、ご当家のお弁当にご相伴させていただいていいのかしら?」
レオさまがそう問いかけてこられたけど、うん、まあ、すでに我が家のお弁当を食べる気満々ですよね?
とりあえず、私は笑顔で答えておく。
「もちろんです。多めに持っていこうと思っていますので、ぜひレオさま、メルさまも、皆さん召し上がってくださいませ」
「嬉しいわ、ルーディちゃんの考えたメニューをいただけるなんて」
はい、メルさまも食べる気満々ですね。
「では、我が家の収納魔道具をお貸ししよう」
公爵さまが言い出した。「時を止めるほうの収納魔道具を使えば、大量の料理でも、できたての状態でそのまま運ぶことができる」
公爵さま、ガチです。
ガチで我が家のお弁当を食べる気満々です。
てかもう、当日のお弁当は丸ごと全員分、我が家持ちで、ってことですよね?
そして食いしん坊お姉さまもめっちゃ嬉しそうです。
「いいわね、ヴォルフ。本当にこういうときにこそ、あの収納魔道具を使わなければ、よね」
いったい何人分、お弁当を用意すればいいんでしょう。
マルゴ、頼んだわよ。もちろん、お手当はめっちゃはずむからね。
そうして、4日後にまた会える、それもお弁当付き栗拾いピクニックが決定したということに満足したのか、レオさまとメルさまが席を立った。
「今日はもう、王都に着くなり、すぐにこちらへやって来たのよ」
「そうなの、王都に入る前にレオの馬車と合流して」
「荷物は全部リドにまかせてきたわ」
「わたくしも、帰宅したらユベールに文句を言われそう」
私も玄関までお送りしようとしたんだけど、レオさまメルさまは、いいからいいからって言って、お母さまとヨーゼフだけ連れて客間を出ていった。
なんかもう本当に、嵐のようにやってきて嵐のように去っていくお2人、って感じだわ。
リーナもシエラに連れられて客間から退出していった。
私は、思わず大きな息を吐きだしそうになっちゃった。でも、いやさすがにそれはマズイと思いとどまったんだけど、私の代わりに公爵さまが思いっきり息を吐きだしてくれちゃった。
「まったく、相変わらずだな、レオ姉上たちは」
はい、公爵さまが遠い目をしちゃう、その気持ちに共感しかございません。
いや、本当にすてきでカッコよくて頼りになりそうなお2人なんだけどね、あのパワーにはちょっと圧倒されちゃうよねえー。