12.ブラック過ぎる!
帰宅した私たちは、次なる案件の相談に入った。
お留守番させられていたアデルリーナがちょっぴり拗ねていたけれど、それがまた本当にかわいくてかわいくてかわいく(以下略)。
そして、いまからの相談には参加させてもらえると知ってすぐさまご機嫌になったアデルリーナがもうどうしようもなくかわいくてかわいくてかわ(以下略)。
「ご新居が決まりましたので、次は使用人の手配をさせていただきます。ご当家でお求めの使用人は、料理人1名、侍女が1~2名、それに庭師は通いをご希望でよろしいでしょうか」
クラウスが、新しく雇う使用人について確認をしてくれる。
弁護士のゲンダッツさんズにも同席してもらい、それに当然執事のヨーゼフと下働きのカールもこの場に参加している。我が家の全員会議だ。
下働きのカールまで参加することにゲンダッツさんズはちょっと驚いてたけど、カールの同僚になる人たちの話なんだから、参加は当然よね?
「料理人については、以前私がお話ししました者と一度面接していただければと思います。もしお気に召さないようであれば、改めて商業ギルドで募集をかけますので」
クラウスおすすめの料理人は、ほかの貴族家に勤めたこともあり料理人としてのキャリアも長い女性だそうで、紹介状もないしちょっとクセの強い性格だけれど我が家にはぴったりだと思うとのこと。
うーん、クセが強くて我が家にぴったりって、どうなんだろうね?
クラウスもだんだん遠慮がなくなってきたわ。まあ、いい傾向だと思うけど。
「ええとクラウス、ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょう、ゲルトルードお嬢さま」
私はまず基本的な確認をしておくことにした。
「本当に恥ずかしいことなのだけれど、わたくしたちいままで我が家のお会計にはまったく関与させてもらえなかったの」
言いながら、私とお母さまは目を合わせてうなずきあう。「だから、我が家で働いてくれる人たちに、どの程度お給金を払えばいいのかわからないのよ。それで、相場を教えてもらえないかと思って」
「相場、ですか……?」
クラウスが目を瞬く。
「そうなの、一応、残っていた我が家の帳簿も確認してみたんだけど、使用人のお給金についてちゃんと記載してないみたいなの。すでに辞めた人たちにも、辞めるまでのお給金を日割りにして払ってあげないといけないし」
「えっ?」
「えっ?」
クラウスが目を真ん丸にして声をあげ、それどころかゲンダッツさんズもそろって目を真ん丸にしちゃってて、私も思わず目を丸くして声をあげてしまった。
「えっ、あの、わたくし、何か変なこと言ったかしら?」
クラウスとゲンダッツさんズが顔を見合わせている。
そしてクラウスは顎に手をやり、眉を寄せて視線を落としてしまう。
え、えーと、なんだろう、ホントに私、なんかまずいこと言った? 日割りとかじゃなくて、満額お給金支払わないとダメとか? でもこっちから辞めてもらう前に、みんな自分から辞めてっちゃったんだし、そこは自己都合ってことじゃないの? あ、でも退職金が必要とか? どうしよう、結構な人数だったから、かなりの出費になっちゃうかも。
「あー、えっと、ゲルトルードお嬢さま」
少しばかり視線をさまよわせながらクラウスが口を開いた。
「あの、使用人の給金については……基本的に雇い主である貴族家ご当主のご判断がすべてです。そうですね、執事や侍女頭、それに料理長など、上位の使用人で他家に引き抜かれたくないという場合や、高位貴族家で働いておられる侍女や侍従で貴族ご出身のかたなどは、それなりに給金を得ている場合が多いですが……それ以外の平民で住み込みになっている者は、衣食住を与えられているということで、たいてい決まった給金はありません。ご当主のご意向で一時金などが配られることはあるようですが……」
は、い?
私は完全に目が点状態になってた。
クラウスが言ったことを理解するのに数秒かかり、理解したところですぐに気が付いた。
え、えっと、じゃあ、あの、ナリッサは?
このスーパー有能侍女のナリッサも、もしかしてずっと無給だったとか……?
「……ナリッサ?」
私はギギギと首を回してナリッサに顔を向けた。
「ねえ、ナリッサも、もしかしてお給金って……?」
すっ……と、ナリッサが視線を外す。
ええええええーーー?
ちょ、ちょまっ、ちょっと待って、なんなの、真っ黒じゃん!
我が家ってそんな超ブラック職場だったの? セクハラにパワハラ、しかもまともにお給料ももらえないなんて! いや、お休みだって、ほとんどないよね?
ナリッサには最低でも週に1回は休むよう言ってるけど、休んでもすることがなくて逆に困るからって全然休んでくれなくて……超サービス残業?
そんなの、お給料もらってないなら、休みの日に遊びに行くとかお買い物に行くとか、そんなことすらできないじゃない、そりゃ休んでもすることないって、なっちゃうって!
ダメ、ダメよ、福利厚生大事! 従業員には気持ちよく働いてもらわないと!
なんかもう、いままでよくナリッサもヨーゼフも辞めないで働いていてくれたもんだと、私は本気で血の気が退く思いがした。
ナリッサもそうだけど、ヨーゼフはたぶんもっとひどい。
だってヨーゼフはもともと執事だったのに、何かあのゲス野郎に逆らったとかで、何年も下働きに落とされてたんだよね。
執事って使用人のトップだよ、それがいきなり下働きだよ? 間違いなくお給金ゼロだよね? おまけにゲス野郎が代わりに連れてきた、いけ好かない恰好だけの役立たず執事にさんざん嫌がらせされてたし。
本当によくヨーゼフは辞めないで残っていてくれたと思う。今回だって、やっぱりヨーゼフは我が家に残りたいって言ってくれて、もう速攻で執事に戻ってもらったんだけど。
ふと見ると、お母さまも片手を額に当ててうつむいちゃってる。
お母さまもまったく知らなかったんだ。事前に2人で使用人について相談したときも、いったいどのくらいお給金を支払えばいいのかわからないって、お母さまも言ってたもの。
「お母さま、わたくし、ナリッサにもヨーゼフにも、それにカールにも、ちゃんとお給金を払いたいのですけど」
「もちろんよ、ルーディ」
私の声に、お母さまは顔を上げてうなずいてくれた。「本当に申し訳なかったわ。これからはあなたたちにも、ちゃんとさせてちょうだいね」
お母さまから順番に顔を向けられたヨーゼフ、ナリッサ、カールはむしろびっくりしたような顔をしている。
「とんでもないことです、奥さま」
ヨーゼフが控えめに口を開いた。「私のような老体を、いまでもお使いくださっているだけで、十分でございますから」
「いいえ、それはいけません」
お母さまがきっぱりとした口調で言った。「ヨーゼフ、あなたがわたくしたちにしてくれたことを、わたくしは絶対にないがしろにしたくないの」
なんだか気迫がこもっているようなお母さまのようすに、私はちょっと驚いた。ヨーゼフも驚いたのか、口ごもって視線を落としてしまった。
だから私も言った。
「そうよ、お母さまの言われる通りです。ヨーゼフは立派に我が家の執事を務めてくれているわ。真面目にしっかり働いてくれている人に、適切な対価を支払わないのはとても失礼なことよ。わたくし、ヨーゼフに失礼なことはしたくないの」
顔を上げたヨーゼフの目が丸くなってる。
私はナリッサに向き直った。
「ナリッサもよ。わたくし、いままでどれほどナリッサに助けてもらったか、もうわからないくらいなのだから。しっかりと働いてくれているナリッサにふさわしいだけ、きちんと対価を支払わせてもらいますからね」
「ゲルトルードお嬢さま……」
なんだかもう、ナリッサはあきれたように私を見ている。
でも、私の言うことはちゃんと受け入れてくれたようだ。ナリッサは口元を緩めて答えてくれた。
「かしこまりました、ゲルトルードお嬢さま」