111.爵位持ち娘
本日も1話だけの更新です。
と、いうわけで、アデルリーナが客間にやってきた。
シエラに連れてこられたアデルリーナは、お客さまの多さに目を丸くしてる。その表情がまたとってもかわいらしくてかわいくてかわいく(以下略)。
「リーナ、こちらへいらっしゃい」
お母さまが立ち上がってアデルリーナを招く。「わたくしのお友だちを紹介するわ」
私も立ち上がって妹を招いた。
「リーナ、こっちよ。公爵さまにはもうご挨拶してあるから大丈夫よね?」
公爵さまが鷹揚にうなずいてくれて、アデルリーナもちょっとホッとしたようすだ。
「さあリーナ。こちらのかたはガルシュタット公爵家夫人のレオポルディーネさま、そしてこちらのかたはホーフェンベルツ侯爵家夫人のメルグレーテさまよ」
お母さまに促され、アデルリーナはスカートをつまんで軽く膝を折る。
「初めまして。クルゼライヒ伯爵家次女のアデルリーナです。よろしくお願いします」
「まあ! しっかりご挨拶できたわね!」
「本当、カーテシーもとってもお上手よ!」
レオさまもメルさまも大絶賛である。
ふふふふふ、当然よ、我が家のアデルリーナはそりゃあもう賢くてかわいくて賢くてかわいくてかわいくてかわい(以下略)。
って、レオさまってばちゃっかりリーナを抱っこして自分のお膝に載せちゃってるし、メルさまもリーナのぷにぷにほっぺをなでなでしちゃってるし。
「わたくしのことはレオと呼んでね」
「わたくしのこともメルと呼んでちょうだい」
「はい、あの、レオさま、メルさま?」
小首をかしげて、語尾がちょっと上がっちゃってるアデルリーナときたら! もうかわいくてかわいくて本当にかわいい(以下略)。
「わたくしたちも、貴女のことはリーナちゃんと呼ばせてちょうだいね」
「もちろんです」
「本当にお利口さんね。貴女のお母さまは、ルーディちゃんも貴女のこともとっても自慢しているの、すごくよくわかるわ」
そんなことを言われちゃって、アデルリーナがなんだか恥ずかしそうにもじもじしてるんですけど! ああもう、そういう表情のすべてがとにかくかわいくてかわいくてかわいいのよ、私の妹は!
「リーナちゃん、わたくしの娘も貴女と同じ10歳なの。今度紹介させてちょうだいね」
レオさまの言葉にリーナの目がまた丸くなり、私とお母さまのほうに向いちゃう。
お母さまが嬉しそうに言った。
「リーナ、レオのお嬢さまと仲良くできるといいわね。学院でも同級になるのだし、きっとすごく楽しいわよ」
「お友だちになって、いいのですか?」
「もちろんよ!」
びっくりしたように問いかけたリーナをレオさまがぎゅっと抱きしめる。「貴女のお母さまとわたくしは、学院時代からずっと仲良しのお友だちなの。貴女と、我が家のジオラディーネがお友だちになってくれたら、こんなに嬉しいことはないわ!」
ああ、本当によかった。
これでアデルリーナは、学院に入学する前にちゃんと子どもの社交を経験できる。経験しておけば、学院に入学してからもご令嬢同士のお付き合いに戸惑うことはないはず。
まあ、最初のお付き合いが公爵家のご令嬢なんて、ちょっとご身分が高すぎないかって心配もなきにしもあらずだけど、それでもこの天使のような素直でかわいいかわいいかわいいアデルリーナと仲良くなれないご令嬢なんていないに決まってるわ(断言)。
そこで私は、この際だからもうひとつの懸案を言い出してみることにした。
「あの、レオさま、メルさま、お2人にお願いがあるのですけれど」
「まあ、何かしら、ルーディちゃん?」
「ルーディちゃんにお願いごとをしてもらえるなんて嬉しいわ」
パッと2人の顔が私に向いちゃう。
「あの、よろしければ、本当によろしければ、なのですが、アデルリーナに家庭教師をご紹介いただけないでしょうか?」
レオさまメルさま、そろって納得顔でうなずいてくれた。
一応ね、アデルリーナのお勉強は私がみるつもりだったの。そのつもりで、お母さまとも話し合ってはいたの。
でも、私はこれから本気で領主教育を受けなきゃいけないし、まず自分が勉強しなきゃいけないことが山のようにあると思うのよ。それに、商会の頭取まですることになっちゃって、とてもじゃないけど時間が足りない。
それに、私が教えてあげられることにも限界がある。
やっぱりね、ご令嬢としてのお作法とかダンスとかダンスとかダンスとか、私には無理なのよ、教えられないのよー!
「そうね、リーナちゃんもそろそろ家庭教師が必要な頃よね」
レオさまがうなずいてくれた。
メルさまもすぐに言い出してくれる。
「わたくしのところは息子だけなので、お嬢さんの教育ならレオのほうに当てがありそうね」
「ええ、リーナちゃんとの相性もあるでしょうから、何人かご紹介するわ。面接していただいて、それで決めてもらえばいいと思うわ」
「ありがとうございます、レオさま!」
「わたくしからもお礼を言うわ、レオ。よろしくお願いします」
お母さまは少し眉を下げて言った。「わたくし、本当に駄目ね。こういうことはルーディではなく、母親のわたくしが申し出なければならないことなのに」
「お母さま、違います、わたくしが差し出たことを言っただけで!」
私は慌てて言った。
ああもう、ちゃんとお母さまとも事前に話しておけばよかった。この際だからとつい言っちゃったけど、本当にうかつだったわ。
「ごめんなさい、お母さま。わたくし、ちゃんとお母さまと相談しておくべきでした。勝手なことをして本当にごめんなさい、お母さま」
「ルーディ、わかっているわ」
お母さまは私の頭をなでてくれる。「わたくしも、リーナに家庭教師は必要でしょうと考えてはいたの。最初に話し合ったときとは、貴女の状況が一変してしまったものね。だからリーナのために、貴女も同じことを考えてくれていたのよね」
「お母さま……」
「駄目よ、ルーディちゃん」
なんかもう私が泣きそうになっちゃってるのに、メルさまがにっこりと駄目だししてきた。
「家庭教師のことは、貴女が言い出して正解なのよ、ルーディちゃん」
メルさまは、にっこりと、でもなんだか背筋がビシッとのびちゃうような凄みのある笑顔で、私に言った。
「貴女は女子で未成年だけれど、それでも現在のクルゼライヒ伯爵家の当主はルーディちゃんなの。貴女が、すべての主導権を握っていなければ駄目なのよ。事前の話し合いが足りなかったというのであれば、それは貴女の責任ではなくリアの責任なの。母親であろうがリアのほうから話を持ちかけ、当主であるルーディちゃんが決めなければいけないの。たとえそれが、形だけであっても、よ。当主は、軽々しく謝ったりしては駄目よ」
ハッとばかりにメルさまを見返してしまった私から、メルさまはすっとお母さまに視線を移した。
「リア、貴女は地方男爵家の出身だから、おそらくこういうことはわからないのだと思うわ。でも、ルーディちゃんは貴女の娘である以上に、クルゼライヒ伯爵家の当主でなければならないの。中央貴族の爵位持ち娘というのは、そういう存在なのよ」
お母さまも、ハッとした表情でメルさまを見返した。
「ありがとう、メル」
ぎゅっと、お母さまは両手を握りしめる。「そうね、わたくし、そういうことがまったくわかっていないと思うわ。教えてくれて本当にありがとう。わたくし、せめて、ルーディの足を引っ張るようなことだけは、しないようにしなければ」
そんなお母さまに、メルさまはやさしい笑みを浮かべて言ってくれた。
「でも、貴女たち母娘は本当に仲良しなのね。お互いが相手を心から思い遣っていることがとてもよくわかるわ。私は息子しかいないから、ちょっとうらやましくなっちゃう」
メルさま、その笑顔で肩をすくめちゃうのはあざといです。でも、メルさまってば本当にムテキでステキです。
そうよね、メルさまって侯爵家の爵位持ち娘だったんだもん、これからいろいろ相談させていただこう。お母さまにも遠慮する必要がない人だし、率直に言ってもらえるのは本当にありがたいわ。
でも、領主で当主か……本当に、まじで、冗談抜きで、責任重大だわ。はあ……。