109.まずはサンドイッチから
本日2話目の投稿です。
なんかもう、レオさまメルさまいきなりご登場で、あらゆることが吹っ飛んじゃった気がするんだけど。
でも、おやつは絶対欠かせない。そうですよね、公爵さま?
我が家の客間の主賓席に、悠然と腰を下ろした公爵さまは、いつものように優雅に足を組み替えてる。ええ、その動作がすでに、そわそわしてらっしゃることを如実に物語っております。
いまはまだ、エグムンドさんたちがレオさまメルさまの前に膝を突いて、ご挨拶をしているところですよー。
「ゲルトルード商会ですって? ヴォルフ、貴方ってば、なんておもしろそうなことをしているの!」
公爵さまから一通りの説明を受けたレオさまが、身を乗り出してそんなことを口走っておられます。いや、おもしろそうなことって。
そんでもって、公爵さまもさらりと応えちゃってます。
「レオ姉上も参加されますか?」
「もちろんよ!」
「では、エグムンド」
公爵さまはやっぱりさらりと指示を出した。「ガルシュタット公爵家夫人レオポルディーネ・クラムズウェルを、ゲルトルード商会の顧問に加えておいてくれ」
「かしこまりました」
って、あの、マジ?
なんかものすごーく簡単にさらっと流れてったけど、公爵家夫人が顧問に加わるって?
えっと、あの、ゲルトルード商会って、四家しかない公爵家のうちふたつがバックについちゃうってこと……に、なっちゃうの?
そしたらなんかもう、当然のようにメルさままで言い出した。
「あら、ではわたくしも参加させていただけるかしら? ああでも、我が家の場合はわたくしではなく息子の名前のほうが、侯爵家として顧問になるにはいいのかしら? 未成年だけれど、陛下に仮当主として認めていただいたのだから」
「どちらでも結構です」
公爵さまが鷹揚にうなずく。
そこで、お母さまが口を開いた。
「もし顧問になってくださるなら、ご子息のお名前のほうがいいのではないかしら? メルには別にお願いしたいことがあるのよ」
「あら、リアがわたくしに?」
メルさまのすみれ色の目が、嬉しそうに輝いてる。
お母さまも嬉しそうにうなずいた。
「そうなの、メルには絵を描いて欲しいのよ」
「そうきたわね? わたくし、なんの絵を描けばいいのかしら?」
「お料理の絵よ」
「お料理?」
意外そうに目を見張っちゃったメルさまに、お母さまはさらに嬉しそうに言った。
「そうなの。ルーディが考えたお料理のレシピを、紙に印刷して販売する予定なの。もちろんゲルトルード商会の商品としてよ。そのレシピに、メルに絵を描いてもらいたいの」
「あら、まあ!」
メルさまが目を見張って片手で口元を押さえてる。「それは、なんとも楽しそうなお話ね!」
好奇心を刺激されちゃったのはメルさまだけではないようで、レオさまもちょっと目を見張って言い出してくれちゃった。
「レシピを紙に印刷して販売する、ですって? 本当におもしろいことを考えたものね」
「ええ、料理の絵とレシピの文章を組み合わせた絵巻物のような仕立てにして、購入者にはそれを綴ってもらうようにと考えています」
公爵さまがそう説明してくれると、メルさまが身を乗り出してきちゃう。
「レシピを絵巻物に仕立てるなんて! 本当におもしろいわ。そんなこと誰が考えたの? ルーディちゃんが考えたのかしら?」
メルさまに顔を向けられ、私は慌てて答えた。
「ええと、あの、皆で話し合っているうちに、そういう案にまとまったような感じです」
「ゲルトルード嬢は、考案する料理自体も独創的ですが」
公爵さまがちょっと口の端を上げて言った。「レシピの書き方に関しても非常に独創的でしてね」
いやいや、箇条書きレシピを独創的と言われても。そりゃまあ、ただずらずらと段落分けもほとんどないような文章で書かれたレシピしか見たことがない人にとっては、かなり独創的なのかもしれないけど。
そして公爵さまは、しれっと私に言った。
「ではゲルトルード嬢、今日もそろそろ、きみが考案した独創的なおやつを味わわせてもらえるだろうか?」
はいはい、わかりましたとも。とにかくいますぐ食べたいんですね?
「そうですね、ではお茶の準備を」
とりあえず私は笑顔を貼り付けてヨーゼフを呼んだ。
すっと音もなく私の傍へ来たヨーゼフが、小声で告げてくれる。私はうなずいて、公爵さまに言った。
「本日は少々お時間も遅くなっていることですし、まず軽くお召し上がりいただけるサンドイッチからご用意いたします」
公爵さまはちらっと眉を上げてうなずいた。
「そうか。もちろん喜んでいただこう」
ふふふ、サンドイッチはすでに食べたからなー、とか思っちゃいましたね、公爵さま? 本日のサンドイッチは一味違いますのよ?
まだサンドイッチを食べたことのないヒューバルトさんが、かなり嬉しそう。
そんでもって、レオさまメルさまの『さんどいっちって何?』っていう問いかけに、お母さまがいたずらっぽく答えてる。『とっても美味しいわよ』って。
我が家の優秀な使用人たちが、素早くお茶の準備を整えていく。
ヨーゼフとシエラが押してきたワゴンには、サンドイッチが盛られたお皿がぎっしり積み込まれている。
うわーマルゴ、今日はベーコンレタスサンドと卵サンドを作ってくれちゃったんだ。卵サンドは、私がちらっと話したタルタルソースのことをちゃんと覚えてたらしく、粗くつぶしたゆで卵と刻んだ野菜をマヨネーズで和えてパンに挟んである。
当然、切り口も本当に彩がよくきれいで、見るからに美味しそう。さすがマルゴ。
でも今日のポイントは、なんてったってマヨネーズよ。新鮮なマヨネーズのやわらかな酸味を含んだ香りが、お皿を手に取る前から漂ってきちゃってる。
近侍アーティバルトさん、それにレオさまメルさまの侍女さんたちも手際よく給仕をしてくれて、全員にお茶とサンドイッチが行き渡った。侍女さんたちも、お席についてもらった。
さあ、私とお母さまが最初に口をつけて、とカップを持ち上げたところで気がついた。
メルさま、目が超マジです!
「おもしろいわ、薄く切ったパンに具を挟んでるのね? ベーコンとレタスの色合いがとってもきれい。それにパンに塗ってあるクリームソース? ほんのり黄色くて……このソースって、こちらの卵のほうにも使ってあるわよね? こちらも卵の黄色と白に……」
なんかぶつぶつ言いながら、メルさまはお皿を持ち上げいろんな角度からサンドイッチを観察していらっしゃいます。
あー、この人、本当に『描く』人だわ。
私はむしろ感心したというか、安心した。プロだわ、この人。
だって、完全にそういう目で対象物を見てるもの。メルさまはもう、このサンドイッチを『絵』にすることを前提にして見てるのよね。色合いや質感、そういうものを頭の中で平面に変換し、どの角度でどう描くのがいちばんいいだろうって考えながら見てるんだと思う。
レオさまがくすくす笑って、メルさまの肩をぽんとたたいた。
「メル、すっかりその気になっているのね。でも、まずは味わってみましょうよ」
「え、あ、そうね。いやだわ、わたくしったら。失礼いたしました」
ちょっと肩をすくめて上目遣いしちゃうメルさま、童顔なだけにあざといです。
でも、お母さまは嬉しそうに笑ってます。
「メル、相変わらずね。貴女も本当に変わってないのね」
そしてお母さまは手にしていたカップからお茶を一口飲み、私と視線を合わせてから卵サンドを口に入れた。もちろん、私も一緒にベーコンレタスサンドを口にする。
おお、おいっしいーーー!
がっつりベーコンにしゃきしゃきレタスが、マヨネーズのなめらかな酸味にマッチしまくり!
「さあ、皆さまもお召し上がりくださいませ」
お母さまも私も、本気の笑顔で言っちゃったわよ。
私たちの言葉に、まずレオさまが、いっさいの躊躇もなくベーコンレタスサンドに口をつけた。
「なにこれ! とっても美味しいわ!」
レオさまのとなりで卵サンドを口にしたメルさまも目を見張っちゃってる。
「これ、ゆで卵よね? どうやったらこんな美味しいお味になるの? このソースっていったい何?」
美女お2人の反応に、公爵さまや近侍アーティバルトさんもサンドイッチを口にした。そんでもって、そろって目を見張っちゃった。
「これは……前回とは違うソースを使用しているのか?」
「いや、びっくりするほど美味しいですね」
ヒューバルトさんも、ものすごく嬉しそうにサンドイッチを頬張ってる。
「いやー、本当に美味しいですね! いままでに食べたことのない味です」
ふふふふふ、みんなマヨネーズの美味しさを堪能するがいいわ!