107.またもや常識のなさが発動しました
本日2話目の投稿です。
だってここ、こんなに広いんだし、南側に窓が並んでて室内も明るいし、女子が気軽にお茶するにはとってもいいお店になると思うのよね。
ついでにいうと、クラウスみたいなイケメンくんがウェイターしてくれたら、女子は絶対通う。うん、おやつの美味しさプラス目の保養だよねー。ヒューバルトさんも、いまみたいにフェロモンに栓をしてくれてたら大丈夫だと思うし。って、貴族のお坊ちゃん(っていうトシでもないけど)がウェイターって無理かな?
まあ、ウェイターはほかにも雇えばいいし、そんでお店の中にコード刺繍のレティキュールとか小物置いて、おやつも気に入ったらレシピを買ってもらえるようにしておいて、雑貨カフェっぽくすればいいんじゃない?
もちろんテイクアウトもアリで、瓶入りプリンだけでなくメレンゲクッキーなんかボンボニエールみたいなかわいい容器に入れて売ったら、めっちゃ受けると思うんだけど。
などと、私はすっかり具体的なイメージを膨らませちゃってるのに、公爵さまたちはなんか目を見開いたまま固まっちゃってる。
なんだろう、私、またなんか常識のないこと言っちゃった?
いやいや、だってカフェっていうか、お茶してスイーツが食べられるお店だよ? って、もしかしてそういう、カフェみたいなお店って……存在してない……の?
そう思い至って、私もちょっと目を見開いちゃったんだけど、どうやらそれが正解だったらしい。
まずヒューバルトさんが、あっけにとられたように言った。
「おやつを買うだけでなく、その場で食べられるお店、ですか? その、お茶も一緒にお出しして? つまり、商談のお客さまに出すお茶とおやつではなく、有料で飲食してもらうということですか?」
「それは、なんというか、茶会をまるごと飲食店で、有料で提供するようなものだということだろうか?」
公爵さまも首をかしげてる。
エグムンドさんも眉間にシワ寄っちゃってるし。
「それでは昼間の、お茶やおやつの時間帯に営業をして……夜はどうするのでしょう?」
「え、あの、お昼の営業だけでいいのではないですか?」
私も首をかしげちゃう。「お茶とおやつだけでいいので……夜も営業するとなると、晩餐用のお食事を出すのはさすがに難しいでしょう?」
「ということは、あくまでお茶とおやつが主眼で、酒や食事は出さない飲食店、ということでしょうか?」
おいおい、ヒューバルトさんまで眉間にシワ寄っちゃってますよ?
私もなんかちょっと眉間に力が入ってきちゃう。それって、そんなに珍しいことなの?
「あの、そういう……お茶とおやつの飲食店って、王都にはないのですか?」
「地方でも、聞いたこともありません」
ヒューバルトさん、即答だよ。
「ええと、では、こう、女性がお買い物のついでなどに気軽に集まって、ちょっとお茶を飲んだりおやつをつまんだりしながら女性同士で気軽におしゃべりしたいときって、飲食店を利用したりはしないのですか?」
「貴族女性は、自宅や招待された邸宅以外で飲食することは、まずない」
公爵さまも即答してくれちゃった。「例外として、茶会に提供するおやつを街の店舗で購入するさいに、その場の席で試食を勧められることはあるが、それらはすべて顧客への無料提供だ」
えっと、じゃあ平民女性はどうなの?
とばかりに、私はナリッサに顔を向けた。でも、ナリッサもすぐに首を振った。
「ゲルトルードお嬢さま、平民も女性が利用する飲食店は、食事処くらいでございます。ただ、食事処は夜の時間帯の営業でお酒も供されますので、女性のみで利用することはまずございませんし、男性と同伴していましても女性が食事処を利用すること自体、それほど多くはございません」
マジっすか。
もしかして、レストランとか居酒屋っぽい飲食店はあっても、カフェとか喫茶店っぽい飲食店ってまったくないってこと?
なんかもう、ぽかんとしちゃった私に、ヒューバルトさんが言った。
「というか、酒も出さない昼間のみの飲食店なんて、おそらく国内にひとつもないと思いますよ。貴族向けだろうが、平民向けだろうが」
そしてヒューバルトさんは感心したように言う。「酒と食事を出す飲食店ではなく、お茶とおやつを出す飲食店ですか……それは考えたことがなかったな。ゲルトルードお嬢さまの発想は本当に斬新だ」
いや、斬新って。
ホントにホントに、カフェとか喫茶店とかってないの? ファーストフード店みたいなのはないだろうとは思ってたけど、ちょっとお茶するようなお店がないって……なんか寂しくない?
でも、うーん、そうか……女性が気軽に外食できるような、そういう雰囲気がそもそもないのかもしれない。この国、女性の地位って本当に低いもんねえ。貴族女性でも財産を自分で管理させてもらえないレベルだもん。
それに、私が暮らしていた時代の日本でだって、女性のおひとりさま外食を白い目で見て来るような人もいたもんね。主婦がお惣菜を買って帰るだけで非難してくるような人たちとかもいたし。
そういう人たちはやっぱり、女は家で家族のために料理をし、家族と一緒に食べることだけが『正しい』在り方だと、決めつけてたってことだわ。そう思えば、日本でも外食産業って、ひと昔前までは男のためのものだったってことか。
女性が気軽に外食できるかどうかって、実はその社会における女性の地位を測るバロメーターになってるのかも。
などと、私が考えこんじゃってる間に、なんかヒューバルトさんもいろいろ考えちゃったらしい。ヒューバルトさんってば、ちょっとわくわくしたような顔つきで言い出しちゃった。
「いや、これはでも、おもしろいですよ。茶会は開催するのも、それに招待を受けるのも、実はかなり面倒なんですよね。それが、ちょっと街へ出てきて店に入るだけで気軽にお茶会気分を味わえる。しかも最新レシピのおやつ付きですよ。ゲルトルードお嬢さまがおっしゃったように、買い物帰りに気軽に立ち寄れるような価格帯に設定しておけば、特に下位貴族家の女性からおおいに支持される可能性が高いです」
「そうしますと、貴族女性向け店舗、ということになりますか?」
エグムンドさんが考え込んでる。「その場合、コード刺繍に関しては別の店舗を用意したほうがいいかもしれません。流行を広げるためには、平民にも気軽に手に取れる敷居の低さが必要ですから」
「うーん、お茶とおやつの飲食店なら、平民の中でも裕福なご婦人がたはおそらく利用したがると思いますが……貴族女性のほうで気にするかたはいそうですね……」
ヒューバルトさんもまた考えこんじゃったんだけど、私も2秒くらいしてから気がついた。
そうだよ、貴族と平民は同じテーブルでお茶をしないんだったわ。
うわー、カフェを開くっていうだけで、こんなにいろいろ面倒なんだ。
買い物帰りや下校途中で、気の置けない友だちとちょっとお茶しておしゃべりするって、貴族だろうが平民だろうが女子にはかなり必要なことだと思うんだけど。
いや本当に、貴族家の腹の探り合いでマウントしまくりのお茶会とかじゃなくてね。美味しいお茶とおやつで一息つけるお店、そんでもって一息つきながら気楽なおしゃべりができるお店って、絶対必要だわよ。
「では、貴族家のかたがた向けには、個室をご用意するのはどうでしょう?」
私はもうその場の思い付きで言ったんだけど、ヒューバルトさんもエグムンドさんも、それに公爵さままで、またがっつり食いついてきた。
「それは、非常によい考えだと思います!」
ヒューバルトさんの目が輝いてる。「貴族のお客さまは個室にご案内し、平民のお客さんには食事処のような席を用意しておく。そうすれば、お互いを気にせずお茶を楽しめますよね」
「なるほど、確かに個室であれば貴族女性も安心して利用できそうだな」
公爵さまがうなずき、エグムンドさんもうなずいている。
「個室で、さらに予約制にしておけば、こちらも対応しやすいと思います。事前にご希望のおやつをお伺いしておき、当商会の者に給仕させるのか、それともお連れの侍女に給仕していただくのかなども、予約のさいに確認しておけばいいですし」
「あと、完全に別室扱いになる個室のほかにも、衝立などで簡単に仕切って、おとなりの席が見えなくなるような形にできるようにしておくのも、いいかもしれませんね」
完全予約制の個室のほかにも、もうちょっと気軽に立ち寄れる雰囲気があればと思って、私はまた思い付きを口にした。
そしたらまた、ヒューバルトさんががっつりうなずいてくれる。
「それも非常によい案だと思います。そういう間仕切りができる部分があれば、給仕をされない侍女のみなさんにも、そちらでお茶を楽しんでもらえますし」
なるほど。確かにそれも必要よね。
ホントに不思議なんだけど、侍女は『侍女』っていう括りらしいのよ。平民のナリッサも私の専属侍女だということで、ほかのご令嬢の侍女が貴族家出身であっても、お茶会の待ち時間は侍女同士一緒にテーブルについてOKなのよね。夜会でも侍女専用の控室があって、平民貴族関係なくお供の侍女はみんなそこで待っていて、軽い食事も出してもらえるんだって。
だから、お客さまがイケメンウェイターの給仕をご希望されたとき、その間待っている侍女さんたちも間仕切りの向こうでお茶してもらえるっていうのは、すごくいいと思う。
「うむ。では、ここは飲食ができる店舗として利用する、その方向で改装を進めていくことにしよう」
公爵さまが大きくうなずいてくれちゃった。