106.食いつきがよすぎます
本日は2話更新できそうです。
レクスガルゼ王国の王都リンツデールは、王宮の南側に市街地が広がっている。
王宮の南正面は大きな広場になっており、王宮で何かイベントがあるときは、その広場に市民が集まって見物できるようになっている。イベントっていうのは、王家の誰かの結婚式だとか王太子殿下の立太子式だとか、そういうヤツね。
ふだんは閲兵式なんかもこの広場で定期的に開催されてて、私も下校途中にちょっとだけ見物したことがある。騎士と近衛がずらーっと並んでて壮観だった。
ちなみに、新年のお祭りもこの広場で開催される。
その王宮正面の広場からは大通りが3本、王都の外に向かって伸びている。南へまっすぐ1本、南東方向へ斜めに1本、南西方向へ斜めに1本だ。
その大通りの間に何本かの中通りが走り、それら王宮前から放射状に延びた通りを交差するようにまた通りが並び、網の目状の市街が形成されている。
私たちが乗った馬車は、王宮の西側に広がっている貴族街を出て、まず王宮前大広場に向かう。そこから南へと伸びる中央大通りへ入っていく。中央大通りを少し下ったところで右折し、南西大通りのほうへと進む。そして馬車は、中央大通りと南西大通りの間にある中通りと交差しているところで停まった。
商会用だという物件は、南側と西側が中通りに面した角地に建っていた。玄関は西側で、南側には窓が並んでいるという3階建てだ。
中央大通りから西へ1本中通りへと入った場所で、しかも角地。大通りには面していないけれど、王宮前大広場からも近く、貴族街からも近い。貴族家御用達のお店が多いエリアらしい。
建物の前で私たちが馬車を降りると、ノッカーを鳴らす前に扉が開き、エグムンドさん、ヒューバルトさん、それにクラウスが並んで私たちを迎えてくれた。たぶん、南側の窓から私たちが乗った公爵家の馬車が見えてたんだろうね。
「なかなかよい物件ではないか」
玄関を入って室内を見回しながら公爵さまが言うと、エグムンドさんがさっと頭を下げる。
「そうおっしゃっていただけて、安心いたしました」
「うむ、場所もいいし、広さもこれなら十分だろう」
公爵さまは満足げにそう言ってくれちゃってるんだけど、私はあまりの広さにびっくりしちゃってた。いや、南側の中通りを通っていたときにここだと教えてもらって、この建物1軒まるまるそうなの? って、すでに驚いてたんだけどね。
いやもう、どんだけ手広く商売するつもりなんだよ、エグムンドさんも公爵さまも。
「この1階に店舗と商談用の部屋を置く予定にしております」
エグムンドさんが説明してくれる。「2階は実務を行う部屋と、在庫を保管しておく部屋を用意し、3階は商会員の宿泊に使用するつもりです」
そう言って、エグムンドさんがヒューバルトさんとクラウスを示すと、ヒューバルトさんがにっこりと言った。
「当面は私とクラウスが、ここの3階で寝起きさせていただく予定です」
「あ、そうよね、クラウスは商業ギルドの寮住まいだったから」
そうだよ、クラウスは宿無しになっちゃうとこだったんだよ、と私が思わず声をあげちゃうと、クラウスはちょっと微妙な顔でうなずいた。
「さようにございます、ゲルトルードお嬢さま。こちらに住まわせていただけることになり、大変助かります」
って言いながら、クラウスの視線がちらっとヒューバルトさんに流れる。
そりゃあまあ、一応貴族家のご令息だからね、一緒に暮らすとなるとクラウスとしては当然気を遣っちゃうよね。しかもこんな、うさん臭さたっぷりの人だし。
「でも、ヒューバルトさんもこちらに住み込みのような形で、よろしいのでしょうか?」
私の問いかけに、ヒューバルトさんはやっぱりうさん臭い笑顔でうなずいた。
「もちろんです、ゲルトルードお嬢さま。私も王都での拠点ができますので、非常に助かります」
エグムンドさんがまた説明してくれる。
「今後、商会員が増えた場合にも住み込みで3階が使用できますし、地方に支店を置いた場合なども、支店員がこちらに出てきたときの宿泊場所としても使用できるでしょう」
おおう、地方にも支店を置くつもりですか、エグムンドさん。なんかもう、やる気がみなぎっちゃってる感、満載だわ。
「そうだな、その間取りでよさそうだ」
公爵さまもうなずいてる。
そしてまた室内を見回して公爵さまは言った。
「ただ、1階に店舗と商談用の部屋を置くのであれば、出入り口はもう1か所、設けたほうがよさそうだな」
「私もそのように考えております」
エグムンドさんもすぐにうなずいた。
そして公爵さまはさらに考え込むように言う。
「店舗には、コード刺繍を施した衣装の見本なども何点か展示すべきだろうか? 注文自体は、ツェルニック商会が商談用の部屋で受けることになるだろうが……」
「その店舗についてなのですが」
なんかいきなり、エグムンドさんの眼鏡キラーンがきちゃったよ。
エグムンドさんはそのキラーンな状態で、公爵さまと私に言った。
「閣下、それにゲルトルードお嬢さま、こちらの店舗であの『ぷりん』を販売することは、可能でしょうか?」
プリン! ここでプリンを売るの?
そうか、特に何屋さんって決める必要がないのであれば、食べものを売っちゃってもいいんだよね。
もしプリンを売るなら、ほかのおやつも売りたいかも! フルーツサンドとか、ドーナッツとかもいいんじゃない? ポテチやフライドポテト……は、ちょっと方向性が違うかな? やっぱスイーツ系でまとめるべき? あ、メレンゲクッキーもいいよね、それにマルゴに頼んであるアレもいけるんじゃないかな?
などと、私が一気にイメージを膨らませちゃった横で、公爵さまがちょっと眉を上げちゃってた。
「あの『ぷりん』を? ここで販売? いや、しかしあのようにやわらかなおやつだと、持ち帰るのが難しくはないか?」
「それなのですが、『ぷりん』は容器に入った状態で作るものらしいのです」
エグムンドさんが私に問いかけてきた。「ゲルトルードお嬢さま、クラウスから『ぷりん』はなにやらカップに入れた状態で、蒸して作るのだと聞きました。そのカップから出さず、そのカップにあの手で形を整えられる布でふたをすれば、持ち帰りも可能ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?」
「なんと、ゲルトルード嬢、それは本当なのか?」
公爵さまがめっちゃ食いついてきました。
「え、ええ、本当です。プリンは、カップに入れて蒸して作ります。昨日、皆さまにお出ししたときは、カップから出してお皿に盛っていましたけれど」
「では、カップに入れたまま、あの布でふたをしておけばそのまま持ち帰れると?」
近いです、公爵さま。
そんなにめちゃめちゃ食いついてくれなくても、瓶入り(カップ入り?)プリンに蜜蝋布でふたしてお持ち帰りくらい、全然問題ないと思います。
「そうですね、プリンは日持ちしないので、すぐに食べていただく必要がありますが、それ以外は特に問題なくカップ入りで販売できると思います」
「すばらしい!」
公爵さま、めっちゃ喜んでます。それに、エグムンドさんもノリノリです。
「ええ、本当にすばらしいです! 閣下、ではまず、この1階にある厨房を拡張いたしましょう。あの奥の扉の向こうに、来客にお茶を出すための小さな厨房があるのですが」
「そうだな、まず厨房の拡張だな。そして料理人を確保しなければ」
「料理人に関しては、私に心当たりがございます」
なんとヒューバルトさんもノリノリで言い出した。「すぐに面接していただくことも可能です」
「では、プリン以外のおやつも、何か売りましょうか」
私が何気にそう言うと、公爵さまもエグムンドさんもヒューバルトさんも勢いよくバッとばかりに私に振り向いた。
「ゲルトルード嬢、ほかにも販売できそうなおやつがあるのだろうか?」
「そうですね、何点か」
「何点もあるのですか!」
エグムンドさんもめっちゃ食いついてきました。
そんでもって、公爵さまやっぱり近いです。
「どのようなおやつなのだ?」
「ええと、これから試作するものもありますが……」
私はちょっと腰を引けながら答えちゃった。「先日お出しした果実とクリームを挟んだサンドイッチなどもいいかと思いますし」
「うむ、あれも実に美味であった」
「確かに、あれも少々やわらかくて崩れやすいですが、あの布に包んで販売すれば」
「ああ、私はまだその『さんどいっち』をいただけてないんですよね」
ヒューバルトさんが悔しがってる。
で、3人がミョーに盛り上がってるところに、私は言ってみた。
「どうせなら、お持ち帰りだけでなくカフェ……えっと、ここでお茶と一緒にお出しして食べてもらうようなお店にしてしまうのはどうでしょうか?」