105.引越しの道のりがどんどん長くなっていく
本日は1話だけの更新になります。
厨房での攻防が決着し、次は2階のチェックだ。
階段を上がり、まずは客間に入る。うーん、客間は全然掃除もしてないから、少々埃が積もっちゃってます。
「内装はどのようにする予定だ?」
室内をぐるりと見まわし、公爵さまは言った。「壁紙やカーテンなどを変える手配は済んでいるのか? 家具は、いまのタウンハウスから持ち出してくる予定なのだろうか?」
「え、あの、特に内装を変える予定は……家具は、その、ご許可をいただきましたので、いくつかは運んでこようと思っていますが」
私の返答に、公爵さまはまた頭を抱えてくれちゃいました。
「……せっかくなのだから、内装くらいは変えなさい。特に人を招く予定はなくとも、それくらいはしたほうがいい」
「そういうものなのですか?」
「そういうものだ」
うーん、どうやら、貴族家のお引越しの場合、最低限でも客室の内装は変えなきゃいけないっぽい。もうこのまんま、カーテンもカーペットもこのまんま使って、リネン類だけ新しいのを入れればいいと、私は思ってたんだけど。
「もしかして、きみたちの私室の内装も、特に変える予定はないなどとは、言わないだろうな?」
そう言われて視線を泳がせちゃった私に、公爵さまは深々と息を吐いてくれちゃう。
いや、だって、こっちはもう節約生活に入る気満々だったんですからね? いまあるものを使いまわす気満々だったんですから。
「私がご婦人がたの私室に入るわけにはいかぬ。その辺りの内装については、私の姉のレオポルディーネに相談するといい」
「え、あの、ご相談……させていただいて、よろしいのですか?」
公爵さまの言葉にちょっとびっくりしちゃったんだけど、私はすぐに思い直した。いくらなんでも、この公爵さまみたいにお支払いまで丸抱えの『ご相談』になるわけないもんね。ふつうに、内装をどうしたらいいですかって相談すればいいってことだよね。
貴族としての常識がわかってないのはたぶん私だけじゃなくて、お母さまもそういう意味じゃだいぶ浮世離れしちゃってるわけだから、いろいろ相談できる貴族女性がいてくださるのはありがたい。
なにより、レオポルディーネさまはお母さまとずいぶん仲良くしてくださってるみたいだもんね。公爵家の令夫人だなんてご身分がずいぶん上だけど、お母さまのお友だちだと思うと私の緊張感もちょっと薄らぐわ。
ただ、公爵さまはいくぶん、げんなりしたようすでうなずいてくれちゃった。
「まあ、放っておいても口出ししてくるだろう、レオ姉上は。数日のうちに領地から王都へ戻ってくると思うので、そうすればすぐご当家に顔を出すはずだ」
な、なんか、お話を聞くたびにやたら押しの強いお姉さまを想像してしまうんですが……うん、まあ、きっと大丈夫。なんてったってお母さまのお友だちなんだし。
次は執務室のチェックだ。
執務室っていうのは、文字通り貴族家の当主が執務を行う部屋だ。同時に、当主が仕事関係の客を含め親しい友人を招く部屋でもある。1階にある客間は割と改まったお客さんを迎えるための部屋で、夫人や令嬢が親しい友人を招く場合は居間を使うことが多い。
いまのバカでかいタウンハウスの執務室には、私はほとんど入ったことがない。ゲス野郎が留守のときに、読みたい本を取りに何回かこっそり入ったくらいだ。
新居の執務室に入ると、とりあえず大きな執務机と、壁いっぱいの本棚が目に入ってくる。ただし、本棚はガラガラだ。
そのガラガラの本棚を見て、公爵さまは言った。
「ここの本棚に、ご当家の蔵書は収納しきれないのではないか?」
「そうですね。蔵書をすべて持ち出しても構わないのでしたら、入りきりませんね」
「すべて持ち出していいに決まっているだろう」
公爵さまはまたちょっとため息をこぼしてくれちゃう。「あちらのタウンハウスにあるものは、すべてきみたち家族のものだ。なんでも好きなだけ持ち出しなさい。特に蔵書は、必ずすべて持ち出しなさい。領地や一族の記録なども含まれているはずだから」
実は、いまのタウンハウスには結構大きな図書室がある。おかげで大量の蔵書があり、家庭教師もつけてもらえなかった私は、お母さまに読み書きだけ教えてもらって、後は図書室の本を読むことでこの世界の知識を得てきた。
だから蔵書をすべて持ち出せるのは、正直にありがたい。
私はうなずいて即決した。
「では、客室を1つつぶして、図書室にします」
「そうだな、それがいいだろう」
公爵さまもすぐにうなずいてくれた。「もしそれでも収納しきれなければ、領地に送って保管しておけばいい」
あ、そういう方法もアリか。
でも、蔵書を全部に家具やらなんやら、いろいろ持ち出すとなると引越し作業もかなり大掛かりになっちゃうな。ダイニングキッチンのリフォーム工事も必要だし。鉄柵を高くするとか窓に格子を付けるとか、ほかにもリフォームが必要になっちゃったし。
その上、客室や私室の内装まで変えて図書室まで作ることになっちゃったよ……ホントに引越しを完了するまで、めっちゃ遠い道のりになってきちゃったっぽいわ。
とりあえず、私はうなずいて公爵さまに答えておいた。
「では、蔵書のほかにも持ち出す品について、母ともう一度よく相談してみます」
「そうしなさい」
うなずいてくれた公爵さまが、執務室を見回す。そしてまた、アドバイスをしてくれた。
「今後、この執務室はきみが使用することになる。領地経営に関しての仕事はここで行うことになるからな。自分にとって使いやすいように内装を変えるなり、いまのうちに整えておくほうがいいだろう」
あー……そうですね、領主としての仕事はここですることになりますよね。
なんかもう、考えるだけでずっしり気が重いです。でも、どうしても避けては通れないようだし……でもまあ、実務に関してはこれから勉強すればなんとかなる……なると、思いたいです。
3階には、リネン庫など収納部屋と使用人たちの部屋が並んでいる。こちらは、防犯関係をメインに公爵さまがチェックしてくれた。
チェックに際して、使用人専用の狭くて急な階段や隠し扉があることを、公爵さまから教えてもらった。今回の新居チェックではコレがいちばん楽しかった!
ホントに壁の一部によく見ないとわからない小さな扉があって、そこを開けると狭い階段がつながってたりするんだもん。もう、忍者屋敷かって感じよ。
ナリッサに訊くと、いまのタウンハウスにももちろんあるって言うんだけど、私は全然知らなかった。引越す前にそういうの、探検できたらいいんだけど、ちょっと忙し過ぎて無理かも……。
なんだかんだで新居チェックに時間がかかっちゃった。
すっかりお昼も回っちゃったんだけど、このまま次へ、つまりゲルトルード商会用の物件確認へ向かうことになった。
いや、いまだってもちろん、すでに商会用物件が確保してあったことにイロイロと疑念を抱かずにはいられないんだけど。エグムンドさんたちが現地で待ってくれてるようなので、とりあえず向かいますってことで。
そんでもって、物件チェックが終わったら、やっぱり我が家でお茶、つまりおやつの時間になりそうな気配なんですけど。マルゴにおやつ多めで準備をお願いしてきたのは正解でした。なんか、下手したらエグムンドさんやヒューバルトさんまでおやつ食べに来そうな気が……いや、確実に来るだろうな……。
マルゴ、毎日ありがとう。お手当、はずむからね!





