101.公爵さまからチェック入りました
本日も2話更新です。
そんでもって私、本日は公爵さまとお出かけである。
とりあえず、昨日は琥珀色のデイドレスだったから、今日はまた若草色のデイドレスを着たんだけど、ホンットに服がない!
もうこんなに連日公爵さまと会わなきゃいけなくて、しかも公爵さまってばガチでファッションに明るいってわかっちゃったから、ホンットにホンットに手が抜けないのよ。
頼む、ツェルニック商会! 1着でもいいから新しいドレス、大至急プリーズ!
などと思いながら、ナリッサを連れて私は公爵家の馬車に乗り込む。
馬車に乗ってるのは私たちのほか、公爵さまと近侍さんという合計4人。公爵さまがステッキで天井をトントンとたたくと、馬車が動き出した。
公爵さまがステッキなんて持ってるの初めて見たけど、本当に天井をたたいて合図するんだねえ。
ナリッサと並んで座っている私の正面に座ってる公爵さまは、いつものように眉間にシワを寄せて言い出した。
「ゲルトルード嬢、きみに言っておかなければならないことがある」
うっ、なんかいきなりきたよ。
とりあえず、澄ましてほほ笑んでみる。
「なんでございましょうか?」
「他家の馬車の御者に、食事を供してはいけない」
「は、い?」
なんかまったく予想もしてなかった話に、私はきょとんとしてしまった。
公爵さまは、眉間にシワを寄せたまま言う。
「先日、夜遅くまでご当家に私が滞在させてもらったとき、きみは我が家の御者にも食事を供してくれただろう? きみになんの他意もないことは理解しているが……今後、客人を迎えたときのために覚えておきなさい。御者には食事も飲み物も、いっさい出してはいけない」
ぽかん、としちゃってる私に、公爵さまは言い聞かせるように言ってくれた。
「御者に変事があった場合、その馬車に乗っている者の身に危害が及ぶ可能性が高いからだ。それこそ、酒でも供されてしまったらどうなる? 酔った御者が操作する馬車に、きみは乗りたいか?」
「あっ……!」
思わず声をあげてしまい、私は手で口元を覆ってしまった。
そうだよね、おやつだっていちいち毒見をしなきゃいけない世界なんだもん、御者に一服盛ってわざと事故を起こさせようと、よからぬことを考える輩がいないとはいえない。
それに、明らかに毒じゃなくても、好意を装ってお酒を勧められちゃったら、御者さんだって断りにくいよ。それで酔っぱらった状態で、帰りの馬車を操ったりなんかしちゃったら……。
つまり、そういうことを疑われないために、御者には食事も飲み物もいっさい出さないというのが、おそらく暗黙のルールなんだ。
「あの日、我が家の御者は、ご当家の厩番の少年が毒見をしてくれたので供された食事を食べたと申告してくれたが……今後は、そのようなことはしないようにしてほしい」
「たいへん申し訳ございませんでした」
私は慌てて頭を下げた。
いや、ホンットにそういうことって、言ってもらわないとまったくわかんないわ、私。
うう、私に貴族の常識がないって、本当にこういうところだよね。
なんかこういうのって凹まずにはいられないけど、それでもちゃんと言ってもらえるのはありがたい。
「教えていただいてありがとうございます、公爵さま」
私が素直にお礼を言うと、公爵さまはちょっと眉を上げた。
「いや、以後は気を付けてくれればいい」
なんだか咳ばらいなんかしながら、公爵さまは視線を泳がせてくれちゃったけどね。
でも、いま思うと、たぶんハンスはそのことを知ってたと思うわ。
私が御者さんにも食事をって言ったとき、なんか挙動が怪しかったもんね。商業ギルドで厩の下働きをしてた子なんだから、そういうルールを知っててもおかしくない。
それでもハンスの立場として、主人である私には何も言うことができなくて、それで自分が毒見をすることで御者さんにお願いして食べてもらったんだと思う。
あーハンスにも悪いことしちゃった……。
なんかしょんぼり反省してるうちに、馬車は新居のタウンハウスに到着した。
公爵さまは馬車をすぐに門には入れさせず、タウンハウスの周辺を一巡りするよう御者に告げる。
そして一巡りしてから門をくぐっても、馬車を降りた公爵さまと近侍さんはすぐには玄関には向かわず、塀に沿って庭をぐるりと歩いて回った。
「鉄柵が低いな」
「勝手口の扉には覗き窓が必要ですね」
「客間の窓も格子を取り付けるなり、補強する必要がある」
「あの木の枝は落としておいたほうがいいでしょう。2階の窓に近すぎます」
なんか、2人して防犯チェックをしてくれてるっぽい。
確認、とかいって、いったいナニを確認するつもりなんだかって正直思ってたんだけど……本当に『確認』してくれてるんだ……。
なんかあっけにとられちゃってた私に、公爵さまが訊いてきた。
「護衛は何人ほど予定している?」
「ご、護衛ですか?」
うっ、と詰まってしまった私に、公爵さまは察してしまったらしい。片手で頭を抱えてしまった。
「まさか護衛の準備をしていないとは……きみには、危機感というものはあるのか?」
「そんなに、危ないものなのでしょうか……?」
「決まっているだろう。未亡人と令嬢しかいないタウンハウスだぞ? しかも貴族街の外れに位置している。その上、隣家は空き家ではないか。よからぬ連中が目を付けないとでも思っているのか?」
じろり、と公爵さまににらまれてしまって、私は思わず首をすくめてしまった。
ため息をこぼした公爵さまが、あごに手を遣って思案する。
「領主館から腕に覚えがある者を何名か呼び寄せるのも、いまはまだ難しいな……我が家から人を出すしかないか」
「えっ、あの、そこまでしていただくのは……商業ギルドで求人をかければいいことですし」
慌てて私は言ったんだけど、さらに公爵さまににらまれてしまった。
「何を言っている。身元の確認もろくにできないような者を、護衛として家に入れることなどできるわけがないだろう」
「それは……そうかも、しれません……」
言われてみればその通りでございます。未亡人と令嬢しかいない家に、身元の不確かな男性を雇い入れるなんて、どう考えても危ないよね。
公爵さまはまたひとつ、息をこぼした。
「いまご当家の使用人は本当に最低限しか置いていないようだが……ほかにどのような者を雇い入れる予定にしているのだ?」
「あの、侍女と庭師という夫婦者を予定しています」
「なるほど。ほかには?」
思わず視線を泳がせちゃった私に、公爵さまはまた頭を抱えちゃった。
「侍女はいま2人だったか? その夫婦者の侍女が増えたとして3人。それでは足りぬだろう。最低でもあと2人は雇い入れなさい。それに御者は? 従僕や下働きについてはどうするつもりなのだ?」
「御者は、その、当面はナリッサが……」
「は?」
公爵さまが目を剥いて、私の後ろにいるナリッサを見た。
「あの、一頭立ての二輪軽装馬車を購入して、ナリッサに御者をしてもらって通学する予定なのです」
ごめんなさい、公爵さまがまたまた頭を抱えてらっしゃいます。
「……百歩譲ってその通学方法を認めたとして、いまご当家にある紋章入りの箱馬車はどうするつもりなのだ?」
「それは、あの、もともと家屋敷全部を公爵さまに差し押さえられているものと思っておりましたので……箱馬車も当然、公爵さまにお渡しするのだとばかり」
「…………御者も、我が家から出そう。だから、箱馬車も持っておきなさい」
なんか、いろいろすみません……。