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閑話@商業ギルド意匠登録部門室クラウス1

本日はクラウスの話を2話更新です。

「楽にするといい」

「すみません、そうさせていただきます」

 エグムンドさんの言葉に、俺はもう礼儀も何も諦めてソファに崩れ落ちさせてもらった。

「そんなに緊張してたのか。あの公爵閣下は大丈夫だって言ったのに」

 一緒に意匠登録部門室に入ってきたヒューバルトさまが、笑いながら部屋の扉を閉めてくれた。

 そしてさらにヒューバルトさまは言ってくれる。

「アーティがちゃんと伝えたんだから、公爵閣下もわかってらっしゃるよ。クラウス、きみは嵌められただけだって」


 執務机の椅子に腰を下ろしたエグムンドさんも言ってくれた。

「クラウス、きみが上位貴族の顧客を持った時点で、宝飾品部門の部門長は部下に教えておかなければならなかったことを教えていなかった。しかも今回は、故意に教えなかったことは明白だ」

「そりゃもう、貴族家のご令嬢が競売を提案してくるなんて、誰が聞いてもびっくりだからね。ギルド内でもおおいに話題になってたのに、それを『知らなかった』とか、そんな言い逃れができるわけがないだろ」

 ヒューバルトさまもソファに腰を下ろす。「処罰されるなら、間違いなく宝飾品部門の部門長のほうだ」


 それは、俺も頭の中では理解してる。

 あのクソ部門長が、俺を陥れるためにわざと教えなかったんだ、ってことぐらいは。

 でも、売ってしまった『クルゼライヒの真珠』が、実は売ってはいけないものだったと知らされたとき、俺の全身から文字通り血の気が退いた。


 確かに、競売自体を提案されたのはゲルトルードお嬢さまだったし、『クルゼライヒの真珠』を競売に出すと決められたのも、ゲルトルードお嬢さまだった。だけど、ホーンゼット共和国のハウゼン商会に声をかけたのは俺だ。異国の商人を競売に加えることを提案したのは、俺なんだから。

 その結果、国の財宝目録に記載されている宝飾品が、国外へ流出するというとんでもない事態になってしまった。


 俺は、冗談抜きで、首を刎ねられてもおかしくない状況だったんだ。


 けれど俺がそれを知らされてすぐ、クルゼライヒ伯爵家から、俺には責任がないと明記してくださったお手紙が商業ギルドに届いた。それも、ギルド宛と俺宛の2通だ。2通あったので、部門長が秘密裏に握りつぶすことはできなかった。

 それがわかった瞬間、本当に情けないことに、俺はその場にへたり込んでしまった。正直に、救われたと思った。


 だけどその後、エクシュタイン公爵閣下が『クルゼライヒの真珠』の買い戻しに動かれているという話を聞いたときは、また血の気が退いた。

 たとえクルゼライヒ伯爵家が俺をかばってくださったのだとしても、公爵閣下が俺を処罰すると判断されてしまったら、もう誰も逆らえない。その判断を覆せるのは、国王陛下だけだろう。


 幸いなことに、本当に幸いなことに、公爵閣下は俺の罪を不問に付してくださった。

 俺になんのお咎めもなかったどころか、事情の聴取すらなかった。

 でもそれだからこそ却って、俺はずっと不安だった。

 本当にこのまま、何の罪にも問われずに終わることができるんだろうか、って。

 同時に、俺はこのままゲルトルードお嬢さまに、クルゼライヒ伯爵家に、関わっていってしまっていいんだろうか、って。


「私も、ギルド長には正式に伝えた」

 エグムンドさんが言う。「宝飾品部門の部門長は、どうやらほかの幹部にも口止めしていたらしい。まあ、煙たがられている私には、なんの話もなかったがね」

 嘲笑するようにエグムンドさんは口の端をあげ、そのエグムンドさんの言葉にヒューバルトさまは声をあげて笑った。

「ほかの幹部にまで口止めするほどの念の入れようとは。クラウス、そこまであの部門長に疎まれるっていうのは、ある意味名誉だね」


「勘弁してください、お願いします」

 俺は頭を抱えてしまったのに、ヒューバルトさまは勘弁してくれない。

「武勇伝も聞いてるぜ。クルゼライヒ伯爵家を揶揄してきた連中を、殴り飛ばしたんだって? それも、このギルド内で」

「その話は私も聞いている。なかなか勇ましいな、クラウス」

 エグムンドさんまでニヤニヤしてるし。

 ヒューバルトさまは、今度は鼻で笑った。

「ふん、ああいう下衆な連中は、奥方や令嬢のねやに入ることもなくまっとうに仕事を取ってくるクラウスが、妬ましくてしょうがないんだろうさ」



 宝飾品部門は、扱う品物の性質上、どうしても主な顧客は貴族女性になる。

 だから、宝飾品部門に配属された者はまず、裕福な貴族家へご機嫌伺いに行くことから始めさせられる。

 そこで貴族家の夫人や令嬢に気に入られればたいてい、宝飾品の売買だけでなく貴族家内の奥向きの仕事も任されるようになる。つまり、リネン類などの備品を扱う業者や厨房に出入りする業者の選定を任されたり、侍女など使用人の斡旋なども任されたりするようになるわけだ。


 貴族家の奥向きに出入りする業者の選定に関われるようになると、手数料という名の賄賂が得られるようになる。商業ギルド内でも、複数の分野にわたって影響力が持てるようになるので、周囲から一目置かれるようになる。実際に、いまの商業ギルドの幹部には、宝飾品部門出身者が多い。

 そういう利益や地位が欲しいヤツは、貴族家の夫人や令嬢に気に入られるために、どんな手でも使うようになる。


 俺は12歳で商業ギルドの下働きに入って、14歳で宝飾品部門に採用された。

 下働きをしていたときから『そういう噂』はいろいろ聞いていたけど、実際に何人の貴族家夫人の閨に入ったのかを自慢するような連中がのさばっている職場に、心底うんざりした。

 それに、俺もナリッサ姉さんと同じような目にあった。つまり、貴族家の夫人の寝室に引きずり込まれそうになったんだ。もちろん、全力で逃げたけど。


 それでもいままで商業ギルドを、宝飾品部門を辞めずにきたのは、貴族の中にもまっとうな人たちがいることを、俺は知ってたからだ。

 俺はそういうまっとうな貴族の人たちと少しずつ知り合って、少しずつ仕事を広げていった。大きな仕事はなくても、相手に喜んでもらえるのが嬉しかった。


 でも、部門長はそれが気に入らなかったらしい。

 俺にもっと大きな仕事を取ってこい、体を張るくらいのことはしろ、と言い続けた。そしてついには、お前のその容姿で貴族の女が釣れないわけがない、なんのために孤児のお前を我が部門に引き上げてやったと思ってるんだ、とまで言いやがった。

 ずっとのらりくらり、なんとかかわしてきてはいたけど、さすがにそこまで言われて俺もはっきり言うしかなかった。そんな仕事のしかたは絶対に嫌だ、と。


 そうしているうちに、クルゼライヒ伯爵家のご当主が亡くなった。

 ナリッサ姉さんからご当家の窮状を聞き、さらにゲルトルードお嬢さまが資金繰りのために競売を計画されていると聞いた。

 これはもう、絶対にお役に立たなければ、と思った。

 なにしろ、ゲルトルードお嬢さまはナリッサ姉さんを救ってくださった恩人だ。それにカールまで孤児院から引き取って雇ってくださってる。

 俺はがぜん張り切ったし、自分にできることはなんでもしようと、本気で思ってきた。


 なのに、その結果がアレだったんだ。

 詳しいことはわからないけど、公爵閣下のおかげで『クルゼライヒの真珠』は無事買い戻せたらしい。でも、クルゼライヒ伯爵家はもちろん、エクシュタイン公爵家にもとんでもないご迷惑をかけてしまった。

 本当に、いったいどれだけの対価を支払って買い戻されたのか。そもそも、競売での売値だって、俺が文字通り身を売って奴隷に落ちても払えないような金額だったんだから。ただもう、考えるだけで恐ろしい。


 このまま、本当にエクシュタイン公爵閣下は俺を見逃してくださるんだろうか?

 このまま、いままでと同じように、ゲルトルードお嬢さまとクルゼライヒ伯爵家に関わり続けていいんだろうか?


 ひとつだけわかっていたのは、もう俺はこのままこの王都の商業ギルドにいることはできないだろう、っていうことだった。


 正直、俺1人だけなら、この商業ギルドを辞めてもなんとでもなると思った。

 王都ではもう商業ギルドが、というかあのクソ部門長が手を回すだろうから、仕事を得るのは難しいと思ったけど、地方へ行けば仕事はあるだろうと思ってたし。

 以前お取引させていただいた貴族家が領主を務めておられる小さな領地へでも行って、そこの商業ギルドなり商会なりで働くことができれば、それで暮らしていけるだろうと、そこまで具体的に考えてた。


 ただ、そうなるとナリッサ姉さんとカールとは、遠く離れてしまうことになる。

 俺がこういうことになってしまって、2人に何か悪い影響が出たりはしないだろうか。

 もちろん、ゲルトルードお嬢さまやコーデリア奥さまは、変わらずに2人に接してくださるだろうけど……。

 いや、もう……俺自身が、ナリッサ姉さんやカールと離れたくないんだ。

 そう、自分の気持ちを認めてしまったら、俺はどうしたらいいのか本当にわからなくなってしまって、なんだか途方に暮れてしまった。


 そういうときに俺は、このエグムンドさんとヒューバルトさまに出会ったんだ。


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