99.方向性が決まりました!
本日2話目の更新です。
「では、ゲルトルード嬢がいま書いてくれたそのレシピを、まず私が購入して、我が家の料理人に試しに作らせてみるというのはどうだろうか」
公爵さまが眉間にシワを寄せたまま言う。「料理人にとってわかりやすいレシピなのであれば、本にするのであってもそのまま使用できるのではないか?」
公爵さま、それって……と、私は問いかけていいのかどうか迷ったんだけど、公爵さまは私の視線にすぐ気がついてくれた。
「もし我が家の料理人が『ぷりん』を再現できなくとも、解雇したりはせぬ」
うん、それ、とっても大事なので!
「わたくしは、自分で考案したお料理の手順をまとめるとき、いつもこのように書いてまとめていたのです。まさか皆さまがそれほど驚かれるような書き方だったとは、まったく思ってもおりませんでした」
と、一応私も驚いています的なアピールをしておく。
そして、その上で言ってみた。
「わたくしとしては、このように手順ごとにまとめたレシピに、完成したお料理の挿絵を添えることができれば、さらにわかりやすく、見た目も華やかなレシピの本にできると考えていたのですが」
本当は、手順をもうちょっと図解したいと思ってたんだけど、箇条書きでこれだけ驚かれちゃうんだから、図解入りはしばらく封印しておいたほうがよさそうだよね。
「そうしますと、本というよりは、絵として販売するほうがいいかもしれませんね」
エグムンドさんが言い出した。
「絵として、ですか?」
「はい。このように手順ごとにまとめた文章とその出来上がりを示す絵を、1枚の絵巻物のように扱い、購入者は各々表紙をつけて綴っていただく形がいいのではないかと」
あ、バインダー式で販売するのか。
それはすごくいいアイディアかも。大判のレシピカードみたいな感じだよね。欲しいレシピを1枚ずつ購入できるなら、むしろ本よりも気軽に購入してもらえそう。そんで、レシピが溜まっていったらバインダーに綴じてもらう、と。
ぴったりサイズのバインダーも一緒に販売できると、さらによさそうじゃない? なんかめっちゃ、方向性が見えてきたわ!
「それは、とてもいい案だと思います。確かにそのほうが、欲しいレシピだけ1枚ずつ、気軽に購入していただけますし」
私が笑顔で答えると、公爵さまも言ってくれた。
「うむ、私もその案に賛成だ。最初から1冊の本にまとめてしまうより、製作もしやすいだろう。ゲルトルード嬢がいま出せるレシピを順番に印刷していけばよい」
エグムンドさんもうなずく。
「それでは、挿絵を描いてくれる絵師を早急に手配いたしましょう」
あ、それについては……と、私が声をあげるまえに、案の定お母さまが声をあげた。
「あの、レシピの挿絵なのですけれど」
ずっと黙っていたお母さまが口を開いたことで、皆の注目が集まる。
「わたくしの友人に頼もうと、考えているのです」
「コーデリア奥さまのご友人でいらっしゃいますか?」
まあ、びっくりしちゃうよね。
エグムンドさんも目を瞬いちゃってるし。
「奥さまのご友人とおっしゃいますと、貴族のかたでしょうか?」
「ええ、学生時代からの友人なのです」
お母さまがそう答えたところ、思わぬ方向から声が聞こえた。
「コーデリアどの、それはもしや、ホーフェンベルツ侯爵家夫人メルグレーテどののことだろうか?」
いきなり公爵さまが言ってきたことに私もびっくりしたんだけど、お母さまはもっとびっくりしちゃったようだ。
「え、あ、あの、公爵さまは、その、ご存じ……ですの?」
「姉のレオポルディーネから、ある程度話は聞いている」
なんかお母さまはものすごくうろたえちゃってるし、公爵さまは公爵さまでなんかちょっと遠い目になってるのはなぜなんだろう?
えっと、ナニ、もしかして過去にナニか、ソコに複雑な関係が……?
なんかワケもわからず私もどぎまぎしちゃったんだけど、公爵さまは遠い目からすぐ戻ってきてくれた。
「ホーフェンベルツ侯爵家夫人メルグレーテどのに関しては、このたび正式に離婚が成立した。数日のうちに公布される予定になっている」
「えっ……」
お母さまが目を見開いて固まっちゃった。
公爵さまはそんなお母さまにうなずき、さらに言った。
「ご子息が15歳になり、来春、中央学院へ進学することが正式に決まった。それにともない、ご子息が仮の当主として侯爵位を継承することが認められたのだ。正式な叙爵はご子息が成人してからになるが、学院在学中であれば爵位の継承は認められているため、今回の決定になったとのことだ」
「では、では、あの、メルは……?」
なんだか茫然としちゃっているお母さまに、公爵さまはやっぱりうなずいてくれた。
「近日中に、ご子息とともに王都へ居を移される予定だと聞いている」
「メルが……!」
お母さまは声を震わせ、両手で口元を覆ってしまう。「メルが、また、王都に……! ではわたくしたち、また、以前のように3人で……!」
「姉のレオポルディーネも、たいそう楽しみにしているらしい」
そう言った公爵さまが、またちょっと遠い目になってるのはナゼ? なんだけど。
でもとにかく、お母さまにとっては喜ばしいことで間違いなさそう。だってお母さま、本当に泣いてしまいそうなくらい嬉しそうなんだもの。ずっと会えなかった仲良しのお友だちと、王都で再会できるってことだもんね。
「よかったですね、お母さま」
私が声をかけると、お母さまは何度も何度もうなずいた。
「ええ、ええ、本当に……本当によかったわ」
なんかでも、離婚が成立して王都へ移るって……お母さまは確か、そのお友だちはずっと領地にいて連絡が取りづらいって言ってたから、やっぱクズな夫に領地にしばりつけられてた感がすごくするんですけど。
それで、息子さんが爵位を継承できるようになったから離婚が成立したって、つまりその侯爵家夫人なお友だちさんは、爵位持ち娘だったってことよね?
いや、しかし、冷静に考えて侯爵家夫人にイラストをお願いするって……大丈夫なんだろうか? 侯爵家夫人だよ、侯爵家夫人……。
「メルグレーテどのにレシピの挿絵を頼めるのであれば、それがいちばんいいだろう。彼女の絵の腕前は、私も知っている」
公爵さまの言葉に、私はちょっと目を見張っちゃう。公爵さまもご存じなくらい、本当に絵の上手なかたなんだ?
ただ、そう言ってから公爵さまは、またちょっと遠い目をしてるんですけど。
「まあ、このような状況でメルグレーテどのに挿絵を頼まないなどということになれば、レオ姉上が文句を言ってくることは目に見えているしな……」
そんでもって、エグムンドさんがまとめてくれた。
「では、その方向でまいりましょう。ゲルトルードお嬢さまにこの形式でレシピを書いていただき、挿絵を添えて絵巻物と同じ扱いでレシピを販売する。これは間違いなく、非常に話題になりますよ」
はい、黒幕さんの眼鏡キラーンでイイ笑顔、いただきました。