98.レシピはこのように書く
今日は切りのいいところまで、なんとか3話更新できればと思っています。
えーと、私がマルゴのために書いたレシピをエグムンドさんに見せるのは別に構わないんだけど、問題は書いた石板が厨房に備え付け、つまり壁にはめ込んであるってこと。たぶん、補充する食材や下働きへの指示なんかを書き出しておくために、備え付けてあるんだと思うんだけど。
さすがに、エグムンドさんまで我が家の厨房に入れてあげたくはないわ。
それに、プリンだけじゃなくて、マヨネーズとメレンゲクッキーのレシピも書いてあるんだよね。
「わたくし、厨房に備え付けの石板にレシピを書いたのです。その石板を持ち出すことはできませんので……」
「さようにございますか……」
私が答えたところで、エグムンドさんがまた考えこんじゃった。でも、私はそのまま続きを口にした。
「でも、いまここで書いたものでよければ、お見せしますが?」
「は?」
エグムンドさんの目が丸くなってる。「あの、ゲルトルードお嬢さま、いまこの場で、レシピを書いてくださるのですか?」
「ええ。いまこの場にいるかたがたは全員、プリンのレシピを購入したいと言われているのですし、全員にお見せしても問題ないと思いますので」
「いや、しかし、いまこの場で?」
「はい」
書くよ、プリンのレシピくらい。
そんなに複雑な手順があるわけじゃないし、すぐ書けるよ。
私はそう思って答えてるのに、エグムンドさんはなんかすっごくびっくりしてる。
私がヨーゼフに向かって手を挙げると、ヨーゼフはすぐさま紙とペンを差し出してくれた。紙は、我が家の紋章入りの便せんだ。
受け取った私は、そのまんまプリンのレシピを書き始めた。
まず食材とその分量を一覧にして書き出して、それから番号をふって手順を箇条書きにし、その箇条書きの合間に調理ポイントをさしはさむように書き込んでいく。容器に流し込むときに泡が残ってると『す』になっちゃうとか、強火で蒸しちゃうとボソボソになりやすいとか、そういうことを、ね。
すでに1回、マルゴに説明しながら書いたから、もうさくさく書けちゃうよ。
「はい、どうぞ」
私は書きあがったレシピを、エグムンドさんに渡した。
「拝見します」
丁寧に受け取ったエグムンドさんは、紙面を見たとたん、ぎょっとした顔をした。
「ゲルトルードお嬢さま、これは……?」
プリンのレシピですが、何か?
私は、エグムンドさんがなんでそんなにぎょっとしてるのかが、さっぱりわからない。
でも、横から覗き込んでるドルフ弁護士さんもぽかんとしてるし、いつの間にか回り込んでちゃっかりと覗き込んでるヒューバルトさんも目を見張っちゃってる。
てかアナタたち、お料理のレシピを見て内容がわかるの? ふだんからお料理をしてる人たちだとは思えないんだけど?
「私にも見せてもらえるだろうか?」
ものすごく覗き込みたそうなようすだった公爵さまも、言い出しちゃった。
エグムンドさんが、私の書いたレシピを恭しく公爵さまに差し出す。
「どうぞ、ご覧になってくださいませ」
って、紙面を見た公爵さまも、なんかぎょっとしちゃってるんですけど?
「ゲルトルード嬢、これはなんだ?」
「プリンのレシピでございますが?」
公爵さまの問いかけにも、私は首をかしげるしかない。
えーと、材料だって卵とか牛乳とか、この世界でも一般的な食材しか書いてないし、手順だって、基本は材料を混ぜて容器に入れて蒸すだけだよ?
てか、公爵さまだって料理のレシピなんか見て、内容を理解できるの?
首をかしげている私に、公爵さまは身を乗り出して私の書いたレシピを示した。
「だから、この書き方だ」
「書き方、で、ございますか?」
私も身を乗り出して、自分の書いたレシピを覗き込む。書き方って言われても、別に難しい言葉を使ったりもしてないはずなんだけど。
やっぱり首をかしげちゃう私は、公爵さまが続けて言った言葉に、びっくり仰天してしまった。
「これは覚え書きではなく、正式なレシピなのか? 正式な文書で、このような項目ごとに番号を付けて並べていくような書き方など、私は見たことがない」
マジっすか!
って、ちょっと待って、箇条書きってこの世界には存在しないの?
マジで?
「しかも、このように文章の合間に絵を描き入れてあるなど」
絵を描き入れてって、ちょいちょいっとカップの形を書いてこの辺まで卵液を入れるって、ホントに落書き程度なんですけど?
「こちらの、横に書き加えてあるのは注釈ですか? 手順のほかに、さらに注釈を?」
横から覗き込んでるアーティバルトさんも不思議そうに言っちゃってるし。
そこで私は思い出した。
そう言えば私、前世で、英語で書かれた19世紀あたりのレシピブック見たとき、びっくりしたんだったわ。本当に、ただ文章でそのまんま書いてあるだけだったから。
なんかこう、用意した卵をボウルに割り入れ、フォークでかき混ぜたら砂糖を何グラム入れてさらにかき混ぜる、みたいな文章が、本当に箇条書きにもされず、図解もなく、ただずらずらと書いてあるだけで……それを見て、私が日本で当たり前に見ているレシピってすっごい進化してるんだ、ってびっくりしたんだよね。
まさに、ソレ?
うん、そうだよ、私、この世界の本もすでに何冊も読んでるけど、確かに箇条書きって見たことないかも。学院の授業でも見たことないわ。
本全体としては、見出しがあって章ごとに番号がふってあったりするけど、センテンスごとに番号を付けて順番に並べて書くような書き方って、一度も見た覚えがない。
なんとまあ、箇条書きがまだ存在していなかったとは……これじゃ、もっと書き砕いたフローチャートなんて、書いて見せてもみんな理解できないかも。
ああ、そういえばフローチャートだって、あっちの世界でも認識され始めた当初は落書きみたいな書き方だとかって、文書としては認められないって感じだったんだよね? この世界でも、こういう一見ばらけた書き方はメモ書きとかそういうものでしかなくて、正式な文書では使わないっていう認識なのかな?
でも、読み方さえわかれば、こういう書き方のほうが断然わかりやすいと思うのよ。マルゴだって、この書き方でちゃんと理解してくれたし。
てか、レシピの書き方なんて特に何も考えてなかったわよ。ホントに、自分が『知っている』通りに書くこと以外、考えもしなかったわ。こんなところにまで、私の前世の記憶がばっちり現れちゃうなんて……うーん転生、恐るべし。
眉間にシワを寄せて私の書いたレシピをにらんじゃってる公爵さまが、首をかしげながら言ってくれちゃう。
「しかし、この覚え書きのようなものを読んで、料理人は実際に『ぷりん』を作ることができるのか?」
失礼ですね、公爵さま。メモ書きとは違うんです。我が家のマルゴはちゃんとコレで作ってくれましたよ。それも、期待以上の仕上がりで。わかる人が読めば、ちゃんとわかるんです。
そこで、ツェルニック商会一行がおずおずと言い出してくれた。
「大変恐縮でございますが、我らにもそのレシピを見せていただくことはできますでしょうか?」
そうか、たぶんベルタ母なら自分で料理もしてるだろうから、見たらわかるよね?
私と同じように思ったのか、公爵さまもすぐにレシピを差し出してくれた。
近侍のアーティバルトさんが持ってきてくれたレシピを受け取り、ツェルニック商会一行が頭を寄せ合うように紙面を覗き込む。
「これは……!」
口を開いたのはリヒャルト弟だった。「このレシピは、大変わかりやすいです! 料理の手順がひとつひとつ順番に書き並べてありますし、その手順を行うときの注意点もすぐ横に書かれておりますから、とても理解しやすいです!」
ベルタ母もロベルト兄も、レシピを覗き込んだまま、うんうんとうなずきあってる。
そしてベルタ母も言い出した。
「このレシピが手元にあれば、私でもこの『ぷりん』が作れると思います。このレシピは本当にわかりやすいです!」
てか、ツェルニック家ではもしかして、リヒャルト弟がお料理担当なの? すごい、ドレス選びのセンスがいいだけじゃなく料理男子でもあるのか、めちゃくちゃポイント高いぞリヒャルト弟。
そんでもって、私もちょっとどや顔で言ってみた。
「我が家の料理人も、このレシピと簡単な説明だけでちゃんとプリンを作ってくれました。料理人はそれまでに、プリンを見たことも食べたこともなかったのに、です」
うん、まあ、カールやハンスからどういうおやつなのかっていう話くらいは、聞いてたとは思うけどね。
やっぱ、ピクトグラムなんかもそうだし、日本人が考えて工夫してきたわかりやすさって、世界が変わっても通用するんだよ!
公爵さまの台詞を一部変更しました。