97.お料理レシピの販売って?
本日2話目の投稿です。
なんかその後、なんだかんだでみんな、プリンのレシピを購入したいっていうことになっちゃった。
ツェルニック商会は頑張ってくれているお針子さんたちに食べさせたいって言ってるし、アーティバルトさんたち兄弟も弟と姪に食べさせたいって言ってる。
公爵さまも『当然私も購入を希望する』と言ってくれちゃったけど、食べさせてあげたい誰かはいないんですか、と私ゃ心の中で突っ込みを入れてしまった。
いや、突っ込みを入れてしまってすぐ、気がついた。
もし公爵さまが、甥や姪に食べさせたい、なんて言ってくれちゃったりなんかしたら……それって、つまり、王太子殿下とか王女殿下とか……か、考えちゃいけない! 考えちゃいけないよ、私!
ごめんなさい、もうぼっちだとか、げふんげふん、もうこういう失礼な突っ込みは心の中でもしません!
ダメだわ、だいぶ慣れちゃったせいで、つい忘れちゃうんだよね。この人、国王陛下の義理の弟なんだ、って。王妃殿下の実の弟なんだ、って。この国に四家しかない公爵家のご当主なんだ、って。
ホント、いったいナニがどうなって、こんな雲の上にいるはずの人とこういうことになっちゃったのか、自分でも不思議でしょうがないわ。
「しかし、ここにいる全員が購入を希望するとなると、その全員に対しご当家の料理人さんに口頭で伝えてもらうのは、やはり大変ですよね」
エグムンドさんが言い出した。
確かにそうだわ。
1回でまとめて講習会のような形で済ませるとしても、全員の日程を合わせて我が家の厨房に一堂に会してもらってとか、それだけでちょっと大変。
できるだけマルゴの負担を減らしたいし……と思っていたら、エグムンドさんがさらに言ってくれた。
「もしよろしければ、レシピ本の試作のような形で、ゲルトルードお嬢さまに作り方を紙に書いていただき、各々それを書き写すというのはどうでしょうか?」
それは、私も考えたんだけどね。
「わたくしはそれでも構いませんが、実際に作っているところを見せなくても大丈夫ですか?」
とりあえず、図解というか作り方の手順を描いてくれるイラストレーターさんがまだ決まってないので、文章だけで伝えてちゃんと伝わるのかな、と。
みんながみんな、マルゴみたいに一通りの説明を受けただけですぐに、それも完璧に作れるわけじゃないだろうからね。
そしたら、エグムンドさんはちょっと眉をあげちゃった。
「ご当家では、レシピを口頭で伝えるだけでなく、実際に作っているところも見せてくださるご予定だったのですか?」
そう言われて、私もちょっと目を見張っちゃった。
「え、あの、レシピの販売というのは、本当にただ口頭で伝えるだけなのですか? 実際の手順を見せたりはしないのですか?」
「貴族家同士の販売では、基本的にそうですね。購入側の貴族家の料理人が、販売側の貴族家の厨房を訪れ、その家の料理人から口頭でレシピを伝えてもらいます。その際に、手順まで見せていただくというのは、かなり稀だと思います」
なんとまあ。
ああ、でも確かに言われてみれば、貴族家同士ならお互いプロの料理人だっていうのがあるか。言葉や文字による説明だけでも、それなりに作れちゃうんだろう。
それにホットドッグなんか、手順もナニも本当に挟むだけだし。
でも、プリンの場合はねえ……。
「わたくしはこのおやつ、プリンと呼んでいるのですが、これを実際に見たことも食べたこともない人が、文章で書かれた作り方を読んだだけでこの通りに作るのは、少し難しいのではないかと思ったのです」
私がそう言うと、公爵さまがうなずいてくれた。
「そうだな。我が家の料理人もレシピだけでなく、完成された料理そのものも一緒に購入してほしいと言ってきそうだ」
やっぱそうだよね。
なんか、プリンそのものもだけど、こういうぷるぷるしたやわらかい食べもの自体が、この国ではかなり珍しいんじゃないかと思ったんだけど、その通りみたいだわ。
それに、サンドイッチやホットドッグみたいに、すでに形になっている材料を組み合わせるだけじゃなく、本当に調理するわけだからね。出来上がりを想像できないような状況で、いきなり作れって言われても難しいよね。
そう思ってたら、公爵さまが結構衝撃的なことを言ってくれちゃった。
「ただ、レシピを購入して、その通りに料理を作ることができなければ、それは料理人の腕が悪いという話になる。レシピ通り作れなかったという理由で、料理人を解雇する貴族家は多いな」
ええええ、それってひどい話なのでは?
見たことも聞いたこともない、もちろん食べたこともない料理を、その通りに再現するってかなり難易度高いよね? しかも、そのレシピだって口頭で説明されるだけだよ? その場でメモを取っても、実際にやってみたらわからないことが出てくる場合だって、ふつうにあるでしょ?
それに、新しい料理をいきなり作ることは苦手でも、作り慣れさえすればとっても美味しく作れる料理人さんだって多いはず。
なのに、エグムンドさんもその話を肯定してくれちゃう。
「そうですね。料理人のために、わざわざレシピと同時に完成された料理も購入したり、料理の手順を見せていただけるようにしたりするような貴族家は、やはり珍しいと思います。その場合は当然、追加料金も発生しますし」
そんでもって、ヒューバルトさんまで言い出した。
「料理の見映えだけを気にして、味はどうでもいいと思っている貴族家も結構ありますからね。そういう貴族家の場合、レシピ代の上乗せなど考えられないでしょう。料理人のほうも、見た目さえ恰好がつけばそれでいいと思っている者も多いのでは」
あーマルゴが言ってたアレか。
いや、でも、生卵を使うマヨネーズに腐りかけの卵なんか使われちゃったら、とんでもないことになりそうなんですけど!
うーん、レシピ販売って、聞けば聞くほど、私が思ってたのと違う気がする……。
私がちょっと考えこんじゃってると、エグムンドさんが問いかけてきた。
「失礼ながらこちらの、『ぷりん』でございますか、このおやつを考案されたのはゲルトルードお嬢さまご本人なのでしょうか?」
「ええ、そうです」
うなずく私に、エグムンドさんはさらに問いかける。
「では、ご当家の料理人には、どのようにレシピをお伝えになったのでしょうか?」
「それはもちろん、口頭と……そうですね、石板にレシピを書いて料理人に伝えました」
でもね、マルゴは特別だと思うのよ。
ホントに、ホンットに腕がいいもん。私の説明だってすごくちゃんと理解してくれるし、その上で私が期待した以上の仕上がりにしてくれるし。
エグムンドさんが考え込んでる。
そして、考え込みながらエグムンドさんは言った。
「その、大変恐縮ですが、ゲルトルードお嬢さまがご当家の料理人のためにお書きになったという、そのレシピを拝見することはできますでしょうか? もちろん、レシピ購入の一環とさせていただきますので」