96.おやつはこういうときのためにある
本日も2話投稿です。
なんかもう、私の気持ちとしては『無』になってた。
だって、もう決まってることだよね?
このヒューバルトさんがゲルトルード商会に参加するのって、すでに決まってることだよね?
公爵さまが言ってた『間接的に打診』だって、エグムンドさん→ヒューバルトさん→アーティバルトさん→公爵さま、って流れだよね、どう考えても。だいたい、ヒューバルトさんってば公爵さまに挨拶もしてないし。完全に旧知の仲ってことだよね?
でも、もしここで私が、こんなフェロモンダダ洩れ野郎を未成年女子が頭取を務める商会に入れちゃうと風紀上よろしくないからダメ、とか言っちゃったらどうすんでしょうね?
いや、もし本当に私がそう言ったとしても、絶対なんだかんだ言われて丸め込まれちゃう未来しか見えないから、私は『無』になっちゃうんだけどね。
ホント、私が遠い目でそういうことを思ってる間にも、エグムンドさんが『ゲルトルード商会の設立が決まりました』って言って、ヒューバルトさんが『おお、それは重畳にございます』とか言いあってんだけど、ものすっごく嘘くさいし。
いいよもう。丸投げしちゃうよ。ホンットに、考えたら負けだわ。
それにだいたい、この人だってここまで周到に準備した上で『やらせてくれ』って言ってきてるんだから、本当にやりたいんでしょ? もう、そういう判断でいいよね?
「わかりました」
私はにっこりと笑ってみせた。「では、よろしくお願いしますね、ヒューバルトさん」
「ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま」
またもやイケメン圧最大の笑顔でヒューバルトさんは応えてくれた。
そして私の手の甲に、彼は自分の額を押し付ける。
「これからは、何よりもゲルトルードお嬢さまのお役に立てるよう、日々精進してまいります」
うん、ナリッサ、私の背後から威嚇するの、やめてね。大丈夫、私も取って食われるつもりはないから。
しかし私、イケメン耐性だけじゃなく、フェロモン耐性もあったらしい。
私はヨーゼフに指示を出して、ヒューバルトさんの席を作ってもらった。
そしてヨーゼフはさり気なく、私に言ってくれる。
「ゲルトルードお嬢さま、そろそろ皆さまにお茶を差し上げてはいかがでしょう?」
うんうん、ありがとうヨーゼフ。ヨーゼフの心遣いが身にしみるわ。
ホンット、こういうときほど甘いおやつが必要よね?
「ええ、では皆さまにお茶を」
「かしこまりまして」
一礼したヨーゼフがシエラを連れて客間を出ていくと、なんか室内がそわそわしだしたのを感じちゃう。公爵さままでなんとなく落ち着かないようすで、また足を組み替えちゃったりなんかしてるし。
ふふふふ、皆さん我が家のおやつに期待しちゃってますね?
それにお母さまも、なんだかハッとしたような顔をして、さっきまでとはまた違う嬉しそうな顔になった。
ええ、色気より食い気ですよね、お母さま。正気に返ってくださって何よりです。今日のおやつはプリンですからね、プリン!
ヨーゼフとシエラはすぐに戻ってきた。もちろん、いっぱいおやつを積んだワゴンを押して。
すぐにナリッサも加わり、3人で手分けして皆にお茶を配って回る。
そしてさらに、プリンの乗ったお皿が、皆の前に配られていった。
私はお母さまと目を見かわせ、思わずうふふふと笑い合ってしまった。
だってね、お皿の上には香ばしいカラメルソースのかかったぷるぷるのプリン、それにホイップクリームと木苺、藍苺が彩りよく盛られているんだもの。そうなのよ、マルゴに頼んでプリン・ア・ラ・モードにしてもらっちゃったのよ。
お客さんたちは、お皿の真ん中のプリンを見て、なんじゃこりゃ? って顔してるんだけどね。公爵さまなんか、眉間にシワ寄せてプリンを凝視してるし。
お茶を一口飲んでから、私とお母さまはスプーンを手に取った。
プリンにスプーンを入れると、するっとなめらかにすくい取れちゃう。ホントにホントにマルゴは天才。こんなになめらかなプリンを作ってくれちゃうんだから。
プリンをすくったスプーンを口に運ぶと、やさしい甘さが口の中いっぱいにほどけていく。
「それでは、皆さんもどうぞお召し上がりください」
私の声に、お客さんたちもスプーンを手に取った。
プリンを最初に口に入れたのは、ヒューバルトさんだった。
やっぱり国内をあちこち回ってるような人だから、好奇心旺盛なのかもしれない。てか、バッチリおやつのタイミングでやってきて、ちゃっかり真っ先に食べちゃうってどうよ、と思っちゃったりもするけど。
ヒューバルトさんは一口食べてちょっと目を見張り、それからなんだか感心したような表情を浮かべた。
「これはまた、美味しいですね。すごくなめらかでやわらかくて、不思議な食感ですし」
「この茶色いソースやクリームを絡めて食べても美味しいですよ」
私が声をかけると、ヒューバルトさんは二口目を口にする。
「本当ですね、この茶色いソースのほろ苦い味わいがとても合います」
公爵さまも、一口食べて目を見張り、そこから二口目、三口目と、黙々とスプーンを運んでる。どうやらお気に召したらしい。
ほかのお客さんたちも、一口目は誰もがちょっと目を見張ってるのが、なんとなく笑えちゃう。ホント、こういう食感の食べものって、この世界にはまだなかったのかも。
でもみんな気に入ってくれたようで、すごくなめらかだ、やわらかい、甘くて美味しいなんて、口々に言いながら食べてる。
ずっと顔色の悪かったクラウスも、ようやく緊張がほぐれたのか、なんだか嬉しそうに食べている。
そのクラウスの横で黙々とプリンを食べていたエグムンドさんが、すっと手を挙げた。
「ゲルトルードお嬢さま、このおやつのレシピも販売されるご予定ですか?」
「はい、もちろんです」
私が笑顔で答えると、エグムンドさんが真剣な顔で言い出した。
「もしよろしければ、本にまとめられる前に、このおやつのレシピだけ私に購入させていただけないでしょうか?」
おおう、エグムンドさん、プリンがそんなに気に入ったの?
ちょっとびっくりだよ、って顔を私がしちゃったんだと思うんだけど、エグムンドさんはいたって真面目に付け加えてくれた。
「家族に食べさせてやりたいのです。妻も娘たちも、このおやつはとても気に入ると思いますので」
おおう、お嬢さんがいるんですか、エグムンドさんには。それも、娘たちってことは2人以上?
そうしたら、今度は若いほうのゲンダッツさんも手を挙げた。
「私もレシピを購入させていただけないでしょうか。娘に食べさせてやりたいです」
おおおう、ドルフ弁護士さんチもお嬢さんがいるのね?
とか思ってたら、エグムンドさんが『おや、ゲンダッツさんのお宅のお嬢さんはおいくつですか?』『ウチはまだ5歳で』『そうですか、我が家は10歳と6歳なんですよ』なんて、パパ・トークを始めちゃった。
なんか意外と、お2人ともお子さんはまだ幼いのね?
うん、でもわかりますよ。なめらかでやわらかくて甘くて美味しいプリン、子どもも食べやすいし、間違いなく気に入ってくれるよね。
しかしエグムンドさんチ、上のお嬢さんはアデルリーナと同い年なのか。一応、身分っていうものがあるから、アデルリーナのお友だちに、とはいかないだろうけど……でも、お嬢ちゃまたちにプリンを食べさせてあげたいっていう、エグムンドさんの気持ちはめっちゃわかりますとも!
そんじゃまあ、プリンのおかげですっかりなごんじゃったし、とりあえず商会員と顧問弁護士さんなんだしとういうことで、レシピもメンバー価格でお譲りしちゃいましょうかねえ。
と、思ってから気がついた。
プリンのレシピ、いったいいくらが適正価格なんだろう?
それって……エグムンドさんに訊かないとわからないんじゃ……? え、えっと、エグムンドさんの言い値になっちゃったりなんか、しないよね?
気がついたら100話を超えてました!
ここまで続けられているのも読んでくださる皆さまのおかげです! 本当にありがとうございます!