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第5話 動けるデブは格好良い



 昔から走るのが好きだった。



 わたしが生まれたのは、北海道の東側にある、小麦や牧畜が盛んな街だった。広大な土地で、機械化された大規模な、いかにも北海道のイメージらしい風景が広がっていた。


 わたしは、物心がつく前から、そこらの牧草地を駆け回っていたらしい。いつも笑顔で全力で走っていたそうだ。



 いつの間にか、多分小学に上がる頃には、走るだけでなく身体を動かすことも大好きになっていた。


 鉄棒やら、跳び箱やら、木登りやら、毎日毎日繰り返していた。しまいには家で養っていた牛たちとも力比べをしていた。もちろん小学生の体力だ、相手にもされず、尻尾でビタビタあしらわれてしまっていた。ちょっと悔しかったのをおぼろげに覚えている。


 わたしの体質を自他ともに認めるようになったのは、小学の3年くらいだったろうか。



 わたしは、太りやすかったのだ。


 

 まあ、小学生だったから、ちょっとぽっちゃりくらいの表現で済んではいたけど、そんなわたしが学校のスポーツ関連でトップを総なめしていたのが、気に食わなかったのだろう。


 あの頃の少年少女たちは、残酷だ。


「あんなデブ女が運動できるのはおかしい」


 女子連中には頼りやすい姉御肌と扱われていたし、陰口を叩いていたのは、運動に自信があったごく一部の男子どもだったから、最初は気にしていなかった。


 だけど、入学したばかりの2歳下の弟、すなわち「おっちゃん」に対して、姉ことわたしの悪口でマウントをとろうとしたのは許せなかった。


 マウントにはマウントというわけでもないが、確実に悪口を言ったと確認できた男子連中をマウントポジションからボコボコにしてやった。当時はマウントポジションが何なのかも知らなかったけど、自分の体重を最大限に活かした喧嘩殺法だっただけのことだ。


 話を聞いた両親は、いきなり怒鳴りつけたりはしなかった。


 ただ、わたしがやったこと、おっちゃんの証言、それらを聞いて相手の家に謝りに連れていかれた。どこまでも続く真っすぐな道を走る軽トラの中で、わたしは不貞腐れていた。


 わたしは悪くない。悪口を言ったあいつらが悪い。


 謝罪に訪れた家の人たちは笑って許してくれたし、自分の息子も悪いと拳骨を落としていた。同じタイミングでわたしも拳骨を落とされた。広い広い町内で、隣家まで1キロもざらなのだけど、相手の親たちは、みんな両親の知り合いだった。土地は広くて、身内は狭い。やりにくい土地柄なのだ。


 相手は5人で1発づつ、こっちは一人で5発。


 割に合わないという不満は父さんに黙殺された。



 ◇◇◇



 家に戻って、みんなで晩御飯を食べて、おっちゃんとねーちゃんは寝た。普通ならわたしも一緒に寝るのだけど、珍しく父さんと母さんがわたしに声をかけてきた。


「一緒に映画を観ないか?」


 時計を見たら8時半くらいだったろうか。健全な小学3年生のわたしは、そろそろ寝る時間だった。だけど、理由は分からなかったけど、こんな時間に両親と映画を観るというのは、なんというか良くないことだけど、わくわくする感じだった。


 だから、うんっ!! と、先ほどまでの不機嫌が吹き飛んで、元気に返事をしてしまっていた。



 ビデオデッキがガチャンと音をたてて流し始めた映画は、後で聞いたけど、香港だか中国だかのアクション映画だった。


 タイトルは『プロジェクトうんちゃら』。いや、今となったら正式なタイトルを知っているわけだけど、著作権的にそこはボヤかす。


 最初は、出演者たちのアクションにほやー、カッコイイってなっていたわたしだが、いつしか一人のキャラクターに夢中になっていた。


 日本人なら多くの人が名前を知っている主人公の方じゃない。


 おちゃらけたサブキャラで、小太りで、だけど、だけど、正義の側でも悪の側でも、誰にも負けていない、動き、武術。


 わたしは、多分そのキャラに自己投影してしまっていたのだろう。主役がどうとか、そんなのはどうでもよかった。


 格好良い、ただただ、格好良い。


 気が付けば、正義は当然勝つとばかりに、映画は終わっていた。



「どうだった? 面白かったか?」


 父さんが微笑みながら言った。


「うん! うんっ!!」


 わたしはブンブンと腕を振り回しながら答えた。もう、どこでもいいから身体を振り回したかった。


「どこが面白いって思った?」


「全部!! だけど、あのおデブ、えっと、ちょっと太った人が格好良かった!!」


「そっか、格好良かったか」


「うんっ!!」


「じゃあ、母さんからは?」


「え?」


 母さんはいっつもニコニコしていて、こういう、アクション映画、血が流れるとか正義とか悪とかに無頓着だった印象を持っていた。だからわたしは、ちょっとびっくりした。


「そうね、文香が格好良いって思ったのは、この人よね」


 母さんは、ビデオをちょっとだけ巻き戻して、小太りの俳優のアクションシーンで一時停止してみせた。


「うんっ!」


「文香、今日、あなたを馬鹿にした子たちがいたわ」


「うん……」


「あなたが、あの子たちと喧嘩をしたのは仕方ないって、思うの。むしろすっきりした」


「ええっ!?」


 怒られた後で、また怒られるかと思った。せっかく楽しい映画を観た後でまた怒られるのは嫌だった。


「でも、どうするの? 自分が嫌だな、って思う弱い相手と喧嘩して勝つのと、自分はこれだけ強いんだから悪口だけの相手なんかと喧嘩しなくてもいいって、今観た映画みたいに、強い相手に立ち向かうのと」



『どっちが格好良い?』



 これが自分の、その後の自分を決める決定的な言葉になったんだと思う。


「悪口とかそんなんじゃなくって、格好良くなりたい。強くて格好良くなりたい」


 映画のエンドロールの名前を後で知ったわたしは、思い出す。



『サモ・ハンみたいに』



「そう、じゃあ強くて格好良くなりましょう」


 そう言って、母さんは立ち上がった。そして。


 右脚を大きく前に踏み込み、右手が突き出される。



 ぶんっ!!



 まるで、部屋の中の空気が、外に居るみたいにかき回されているようだった。


「明日、文香に紹介するわ。斎藤のおじいちゃん」


「誰それ?」


「あら、2軒先のおじいちゃんよ。強いわよ」



 翌日、わたしは斎藤のじいちゃんに弟子入りすることになった。



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