5 別離、そして喧噪へ
俺たちが暮らしている村は、リーフェルト辺境伯領というところの南西の岬に位置している。
その辺境領の中で、最も大きな街であるデコイ市まで使者くんを送り届ける。
イヴァルハラ王国に行くための段取りまでを面倒見てやって、別れた。
「ねえレニダス、せっかく街まで来たんだし、いろいろ見て回ろうよ!」
「別にいいが、人ごみはゴメンだぞ」
同行人であるテレーネがそう言うので、俺たちは少しばかりデコイ市を見て回った。
市内中央にある噴水広場で、大道芸人がなにかを舞踊、舞いを演じている。
あれは、玉乗りだな。
玉の上に芸人が乗って、その上でこの地方に伝わる英雄劇を踊っているのだ。
「うちの村もそろそろ年越しのお祭りの準備を始めなきゃだね。あたしも踊りの練習しなくっちゃ」
テレーネが大道芸人の動きを真剣に見ながらそう言った。
「今年の踊り手は、テレーネだったか」
「うん。もうあたしも十八だからね」
村の女性たちは、年頃になると祭りの踊り手となるのが習わしだ。
祭りで踊ることで男たちに見初められて、結婚しやすくするため、ということもある。
そんな話をしていたら、大道芸人が酔っ払いに絡まれていた。
「こんなところで目障りな踊りをしてんじゃねえよ! 誰の許可を得てやってるんだ!」
白昼堂々酔っ払っている割には、身なりがいい。
取り巻きを何人か連れていることからも、貴族の子弟かなにかだろうか。
「おいおい、暴力はよせよ」
せっかく楽しい芸を見ていたのに、興ざめだなと思いながら俺は割って入る。
「うっせえ! 邪魔すんな!」
貴族子弟らしき男とその取り巻きが、暴力の矛先を俺に向けて来た。
俺はそいつらにまとめて「静止」の魔法をかけて、動きを止める。
ついでに、後で騒ぎになっても面倒だから「忘却」の魔法もかけて、俺たちや大道芸人の記憶をこいつらの頭から抜いておいた。
「助かりました、ありがとうございます」
大道芸人は顔を覆っていた仮面を外し、俺に礼を言った。
「あら、綺麗な人」
テレーネがそう言った通りに、芸人の素顔は美人だった。
ハーフエルフ、というのだろうか。
耳の長さが中途半端な、おそらくエルフ以外の血も混じっている種族の女性だ。
「私、北エルフの芸人、ローザと申します。もしよければ、お二人のお名前をお聞かせください」
「レニダスだ」
「あたしはテレーネ。あたしたち、スパト村ってところから来たの」
お互いに自己紹介などをして、軽く意気投合した俺たちは一緒に飯屋に入ることにした。
「すごい、にぎわってる飯屋だな。村にはこんなに人が集まることがほとんどないから、眩暈がするぜ」
人々の声が多く入り混じる店内に少し辟易しながら、俺は料理を注文した。
魚は村で新鮮なものを食う方が美味いかなと思ったので、主に肉料理や卵料理を。
「ローザさん、遠慮しないで頼んでね。レニダスが払ってくれるから」
モリモリと山野の美味を楽しみながらテレーネが言った。
「ありがとうございます。ですが、レニダスさんのお名前は聞き覚えがありますね。はじめて会うはずなのに、不思議です」
「よくいる名前だからな、他人とごっちゃになってるんだろうさ」
ローザの話をはぐらかしながら、俺も肉料理を楽しむ。
たまにしか現金を使わない生活をしているため、俺の英雄時代からの貯金はまだまだ残っているのだ。
「らによ~~~、れにだすぅ、ぜんぜん、飲んでないじゃないのぉ~~~!?」
飯を食っていたら、いつの間にかテレーネが出来上がっていた。
こいつ、酒なんか注文してたのか。
「飲み過ぎは体に毒ですよ、テレーネさん」
「すまんね、みっともないところを見せちまって」
ローザと俺でテレーネの肩を担いで、宿に運ぶ。
適当に寝台にテレーネを放り込んで、俺とローザは部屋で一息ついていた。
「思い出しました、英雄レニダスの話を。十年前に、イヴァルハラ王国を救った勇者たちの物語を」
「まあ、そんなこともあったなあ」
ローザはどうやら俺の正体に気付いたらしいが、俺も別に嘘をついてまで隠すことはない。
なにやら色っぽい目でローザに見つめられて、少し、くすぐったい気分になる。
「レニダスさん、どうか、私に子種をいただけませんか。伝説の勇者の子を、産んで育ててみたいのです。どうか、お情けをかけると思って、どうか……」
「え、いや、それは、その、俺にも責任ってものがあるし……」
しどろもどろになりながらも、俺は酒の勢いとローザの誘惑に抗うことができなかった。
次の朝、俺が起きるとローザはもういなくなっていた。
「うーん、頭痛い……昨日のこと全然、覚えてない……」
別にテレーネに忘却魔法をかけたわけではない。
俺は忘れられない思い出やなにやらを作って、デコイ市をあとにし、村に戻るのであった。




