4 平穏、そして戦乱へ
今日は使者くんと一緒に、海に出て漁を行うことになっている。
「レニダス様、いい加減、私の名前を覚えていただけませんか」
「悪い悪い。少し飛ばすから、船から落ちないように気を付けろよ」
俺たちは中型の帆を張った船に乗り込む。
風の魔法で帆に当たる風の勢いを強めて、船の速度を上げ、沖合に出る。
「海鳥が集まっていますね。魚群がいるのでしょうか」
使者くんがよく釣れそうな箇所を見つけたのでそこへ向かう。
等間隔に餌と釣り針のついた丈夫な長い糸を、ポイポイと海の中に投げ入れる。
「釣り糸よりも、網を投げ入れた方が簡単に魚が獲れる気がするな。引き込むときは魔法を上手く使って」
「あまり獲れ過ぎても、腐らせてしまうだけではないでしょうか」
「そこはほら、塩漬けにしたり干したり、色々やりようはあるだろ」
などと仕事の話や雑談をしながら、獲物が食いつくまでしばらく待つ。
食事はテレーネが用意してくれた弁当。
それを食べ終えて、頃合いを見て仕掛けた糸を滑車で巻き取っていく。
「あ、さっそく当たりが来ましたよレニダス様!」
「ムラサキダイか。結構大きいな」
釣り針にかかった獲物を使者くんが外し、首と尻尾に切り込みを入れて〆て、血抜きをする。
青白い宮廷仕えの役人だった彼も、ずいぶんと逞しくなったものだ。
その後も順調に、秋の肥え太った魚がたくさん獲れた。
主にタイとスズキが多く、たまにフグやエイがかかる。
「イヴァルハラでは、フグは食べてはいけない魚でしたから、こちらに来て初めて食べたときは感動しました。こんなに美味しいものがこの世にあるのかと」
使者くんも本日の釣果にホクホク顔である。
すべての釣糸を巻き取り終って、それなりに多くの魚を得て俺たちは村に戻った。
浜に船を上げると、村人たちが魚を運ぶのを手伝ってくれる。
こうして漁で得た魚は、まず村の広場に運ばれて並べられる。
そして村長と村の長老役の人が取り仕切るもとで、各家庭に魚が分配される。
余った分は塩漬け加工をするなどして、村の共通財産として倉庫に保管される。
「お互いに助け合って、この村は成り立っているのですねえ……」
貨幣による取引が少ない村の経済を見て、使者くんは感慨深げにそう漏らした。
その日の夜は、テレーネの家族と村長たちを交えて、大人数でフグ鍋を食った。
毒のある部位を食べてしまったとしても、俺の解毒魔法があるのでなんとかなる。
案の定、使者くんは肝や卵巣を食べて毒に中ってしまい、俺が解毒魔法をかけてやる羽目になった。
「死ぬかと思いました」
「俺が酔っ払って寝てたら、間違いなく死んでたぞ」
澄ました顔して、意外と食い意地の張っている青年なのである。
美味い物をたらふく食って死ねるのなら、ある意味本望かもしれない。
後日、村に行商人が来て、こんな話をしていった。
「イヴァルハラ王国は今、王の後継者問題でごたついておりますからなあ。その隙に乗じて、いくつかの隣国が領土を切り取ろうと、兵の準備を進めてるって話でさあ」
さすがにそんな話を聞いてしまうと、それなりに愛国心のある使者くんとしては、のんびりと村での暮らしを続けていられないようだった。
「長らくお世話になりました。私は、一度国許へ戻ります……」
やれやれ、と俺も身支度を整えて使者くんに言った。
「また盗賊に襲われたりしたら面倒だろ。俺が送ってってやるよ。大きな街まで行けば、騎龍を借りられるだろうし」
騎龍というのは空を飛ぶことのできる小型の龍だ。
それを飼い慣らして商売をしている店が、大きな街にはだいたいある。
「なにからなにまで、申し訳ありません」
「これもなにかの縁だし、使者くんを送ったらおれはさっさと帰るからな。イヴァルハラの面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ」
そうして俺と使者くんは出発したのだが。
「あたしも行く!」
テレーネがなぜか付いて来た。
「なんでお前も?」
「レニダスがそのままどっか行ったりしないように、監視」
「行かんて……」
十年も村で真面目に働いていた割には、いまいち信用を得られていない俺であった。