めぐる季節
また春がやってくる......
これでもう5度目の春だ。
いつになったらあの人の春は来るのだろうか。
「おはようございます。お嬢様。」
「おはよう、レイン。」
私はメアリ。一応この屋敷のお嬢様。
朝から私のそばに居るのは従者のレイン。
レインは私が12の頃、この屋敷に来た従者のひとりだ。
「お嬢様。今日は10時から風魔法の講義、15時から実戦演習がございます。」
「今日は街に出かけたい気分だから講義は明日にするわ。」
「お嬢様、明日は別の講義がありますが......」
「えー、勉強ばっかでつまらないわよー。」
「どの勉強もお嬢様の将来を考えてのことです。」
「わかってるわよー。」
お嬢様は頬膨らませながら少し拗ねたように言った。朝から文句を言いながらも勉学に励み、魔法の腕前もかなり高かった。
「その前に朝ごはん食べなきゃ。」
「本日の朝食はーー」
朝食を終えた私は眠くなりながらも講義へと向かった。
「おはようございます。メアリお嬢様。」
「先生おはようございます。」
先生と挨拶を交わし席に着いた。
「それでは本日の講義を始めます。
今日は風魔法についてーー」
こうして1日が始まった。
「今頃お嬢様は講義を受けている頃でしょうか。今日は居眠りをしなければいいのですが......」
そんなことを考えながら私は庭の手入れをしていた。私にとってお嬢様はまるで妹のような存在であり、生涯をかけて尽くすべきお方だ。
しかし平和とは、いつまでも続くものではなかった。
ある日の夕暮れに屋敷は襲撃を受け旦那様と奥様を亡くし、さらに賊の精神支配の魔法が暴発しお嬢様の脳にダメージを与えた。
まるで呪いのようにお嬢様の記憶は1年ごとにリセットされてしまうようになった。それ以来、春が訪れる度にお嬢様はあの日と変わらない仕草で、あの日と変わらない笑顔を向けてくる。
いつか呪いを解くために我々はーー
昔の過ちを悔いていたからだろうか。私はそれに気づくのが遅れてしまった。
庭師が死んでいたのだ。喉元を鋭利な刃物で切り裂かれて。
まるであの日と同じように......
「敵襲ッ!!!!」
状況を理解した私は大声でそれを知らせた。
しかしあまりにも手遅れだった。
賊は茂みの中から飛び出し手にした獲物を振りかざしてきた。
「ッ!?」
なんとかそれを避けつつ距離を取ろうとしたが、賊はまるで地面を這うような低い姿勢で一気に距離を詰めてきた。私は賊の攻撃を避けるので精一杯だった。すると......
「水の精霊よ 敵を撃て!アクアスラッシュ!!」
「チィ......」
賊が魔法を避ける隙に距離を取った。
「ありがとうマリン助かった。」
「レインさんが無事でよかったです。」
「この隙に私も魔法を使う。少しの間、賊を任せてもいいか?」
「かしこまりました。」
私は同僚のマリンに賊の相手を任せると詠唱を始めた。
「地の精霊よ その恵みを我に分け与えたまえ
キャパレイト!」
私の魔法は身体能力を上昇させる強化魔法。
身体能力を強化しナイフと武術で戦うのが、私の戦闘スタイルだ。
「レインさん!」
「まかせて!」
「はぁ!!」
瞬時に賊との距離を詰め、そのまま勢いを利用し、回し蹴りを放った。
「ガッ!?」
頭部を直撃。賊は意識を失い倒れた。
「やりましたね」
「あぁ、とりあえず縛って地下へ連れて行ってくれるかしら?」
「了解しました!」
なんとか賊を捉えることができ、一件落着に思えたそのとき......
「逃げて!!」
「ッ!?」
お嬢様の声が聞こえたと思ったその瞬間、何かが飛んできた。
声に反応し咄嗟に避けることが出来たが、そこには魔法で作られた剣が刺さっていた。
「あれを避けますか。やはりあの時のようにはいきませんかね。」
男はのんびりと、まるで休日に友人と会話するかのごとく話しながら姿を現した。
「貴方はあの時の!?」
「お久しぶりですね。」
「なぜこの屋敷を狙うのですか!!」
「決まっているでしょう?お姫様に用があるのです。」
「やはりお嬢様を......」
「......」
私はその言葉を合図に先程と同様、距離を詰め蹴りを放った。しかし、それを賊は腕で1本で受け止めた。
「ッ!?」
(これはまずい......)
そう思った私はすぐさま距離を取るために後ろへ飛んだ。
「遅いですね......」
しかし賊から距離を取ることはできなかった。賊の動きがあまりにも早かったのだ。
私が飛ぶ頃には背後に回っており、背中を蹴り上げたてきた。
「カハッ!?」
あまりの衝撃で意識が飛んでしまった。目を覚ますと私は10メートル近くも飛ばされていた。賊は飛ばされた私を無視してお嬢様の方へと向かっている。するとマリンが賊の前に立ち塞がった。
「先には進ませません!」
「やれやれ......」
「水の精霊よ 我が身にーー」
「遅すぎます。」
ザン!
「えっ......」
「マリンッ!!」
マリンが魔法を唱えるよりも早く賊の剣が彼女を貫いた。
「お嬢様......申し訳ございません......」
「マリン!!私のことはいいから今すぐ回復魔法を!!」
「私が時間を稼ぎます。その間にお嬢様はマリンの手当をお願いします。」
「わかったわ!」
「もう終わりにしましょうか。」
「お嬢様には指1本触れさせません!」
「ならば我が魔力......防いでみよ。」
「闇の精霊よ 我が魔力を喰らい 漆黒の刃を振るいたまえ! "魔剣創造-クレアティオ!!」
すると目の前に黒い魔法陣が浮び上がり、鎖に繋がれた漆黒の剣が現れた。それは禍々しい魔力を帯びており、全てを闇に呑み込みそうだった。
「こちらも全力でいきます。」
(出し惜しみはなしだ。ここで全魔力を使い何としてもお嬢様とマリンを守るってみせる。)
「地の精霊よ その大いなる力 我に分け与えたまえ グランドアビス!!」
「身体能力強化ですか......その程度では倒せませんよ。」
「能力上限解放!!リミットブレイク・アンリミテッド!!」
「ほう......さらに能力を上げましたか。これはなかなか......」
「お嬢様、すぐに終わらせます。」
素早く賊の懐へ飛び込むと、魔力を込めた拳を振るった。
それを賊は柄頭で受け止め、そのまま抜刀。
下から大きく切り上げた。
それを最小限の動きだけで交わし、腹部目掛けて蹴りを放った。しかし浅い。賊は蹴りを食らうのと同士に後方へ飛んで威力を殺したのだ。
「......」
賊が剣を構え直した。その眼からは殺気以外何も感じられなかった。
先程より数段速い上段斬り。咄嗟に回避したが体制を崩してしまった。
その隙を逃す相手ではない。水平に剣を滑らせ斬りかかってきた。
体を捻り回避しようとするが、避けきれなかった。
「くっ......」
右腹部を斬られてしまった。幸いにも傷は深くない。
(このままでは勝てない。やはりナイフを使うしかない......)
私は覚悟を決め魔法で作られたナイフを両手に持った。
それを賊目掛けて放つ。攻撃を避けながら放つ。攻撃をしながら放つ。何度も何本ものナイフを放った。
「残念ながらその程度では当たりませんよ。」
知っている。当てることが目的ではない。
何度もナイフを放ち、ついに全てのナイフを放った。
「これでおしまいですか?」
「ええ。これでもう決着がつきました。」
「?」
「なんの意味もなくあれほどのナイフを放つとでも思いましたか?」
「......ッ!?」
(まさか......こいつ全てのナイフに術式を!?)
「フッ......」
(今更気づいても、もう遅い。全てのナイフに炸裂術式をかけている。それらが一斉に発動すれば......)
「術式展開!! 血は式へ 肉は術へ 骨は刃へ
百ノ刃は敵を屠る 咲き乱れろ!! 百鬼繚乱-山吹雪!!」
100本のナイフ全てが炸裂し破片を撒き散らす。その様はまさに、咲き乱れる花。
「これで......おわった......」
「レイン......」
「レインさん......」
これでようやくあの頃の決着がーー
「フッ......フハハ」
「フハハハハハハ!!」
「愉快愉快......実に愉快だ!!」
煙の中から笑い声が響いた。
「なっ......」
「ひっ」
「そんな.......」
レインの決死の攻撃を受けても賊は立ち塞がった。右腕を失ってもだ。
「まさかこれほどとはな。見くびっていたよ。だが、これでもう魔力も体力も残っていまい。」
「くっ......」
(確かにヤツの言う通り魔力も体力もない。だがお嬢様を守らなければ。)
「終わりだ。」
賊は動けない私に剣を振りかざした。
(ここで終わりなのか......お嬢様、申し訳ございません。)
ギィィィン!!
賊の剣は何かに弾かれた。私の後ろから飛んできた何かによって。
(今のは風?まかさお嬢様!?)
「貴方にレインは殺させない。レインは、私が守る!!」
(お、お嬢様!?あのお姿は一体......)
青い瞳は緑に染まり、その身に風を纏い空中に浮いてた。
「その姿......ついに本気になりましたか、風の巫女。」
「......レイン今まで守ってきてくれてありがとう。次は私の番だね」
「風の巫女が告げる。精霊よ 癒しをあたえたまえ。」
お嬢様が魔法を唱えると風に包まれ私とマリンの傷がみるみるうちに治った。
「これがお嬢様の......」
「あの時、貴方がレインにかけていった呪いを今日で終わらせる。」
(えっ......私にかけていった"呪い"?)
「お、お嬢様その呪いとは一体......」
「レイン、貴方は私が呪いにかかり記憶を1年事に失うと思っていた。でもその呪いをかけられたのはレイン。貴方の方だった。」
「そ、そんな......」
あまりのことに倒れそうになった。まさか使える身である私がお嬢様の事を1年で忘れるなんて......
「賊の狙いは貴方。何をしようとしているかは分からない。でも何かを企んでいる。だから私が貴方を守る。」
メアリはそう言うと両手を広げ詠唱を始めた。
「風の巫女が告げる。 風よ 吹き荒れ 我が敵を滅せよ。凛風陣-ハゴロモ!!」
賊を吹き飛ばし、そこに竜巻が発生させ風の檻で閉じ込めた。その威力は凄まじいものだった。檻の中は風が荒れ狂い出てこれるはずなどなかった。あの賊を除いて。
左手に握った魔剣を横に一閃。
ドス黒い魔力を帯びた斬撃が檻を切り裂いた。
(そんな......あれほどの力を持ってしても勝てないのか。)
賊は剣を構えゆっくりと近づいてきた。
メアリも両手を前に構えた。
「これで終わりにしましょう。」
「ええ......ここであの悲劇を終わらせます。」
「剣よ 我が魔力を喰らい その力を解き放て!! 」
「その一撃は竜の息吹 風の巫女が命ずる 風よ荒れ狂い 敵を穿て!!」
「ダークネス-ロア!!」
「神竜の息吹-トルネイア!!」
賊は体を大きく捻りながら剣を横に振るった。その魔力を帯びた斬撃は、全てを破壊すると思わせるほど桁違いのものだった。
メアリは両手に全魔力を集中させ放った。
それはまるで竜の咆哮の如く、激しく荒々しいものだった。
大地が揺れる程の衝撃。全てを薙ぎ払う2つの魔力が衝突したのであった。
拮抗しているように見えたが徐々に押されるメアリ。
『お嬢様!!』
(このまま押されれば2人も無事では済まない。それどころか死んでしまう。)
「風よ!!荒れ狂え!!」
さらにメアリの魔力が上昇した。だが、まだ巫女の力を制御出来ないのか、自身にもダメージが及んでいる。
「お嬢様!!もうおやめください!!」
「このままではお嬢様が!!」
2人は私の事を心配してくれる。そんな2人を死なせるわけにはいかない。例えこの命が燃え尽きたとしても......絶対に守る!!
「はああぁぁぁぁ!!」
肌は切り裂かれ血管はちぎれ、全身に激痛がはしる。だが、それでもメアリは魔力を上げ続けた。2人を守るために。
「風の巫女 メアリが命ずる!! 敵を穿て!! トルネイア!!」
天地を揺るがす程の衝撃。更地と化す一面。静まり返った穏やかな風。折れた魔剣......
これらが知らせるのは戦の終わり。
『お嬢様!!』
2人はメアリの元へと走った。そこにはボロボロになって倒れたメアリの姿が。
「お嬢様!?お嬢様!!」
「大丈夫......だよ......」
「......!!い、生きてる!!」
メアリは傷だらけになってもあの日と変わらない笑顔を向けてきた。
「これで......やっと始まるね、レイン。」
そこには暖かな春を知らせる風が吹いていた。