婚約者を奪われる運命にあらがったけど駄目だった
「ルイス。私、貴方のことが好きよ」
「えっ」
「ふふ、初めて貴方の驚く顔が見られたわ。貴方は友人としての好意しか持ってないでしょ?私もそうだったんだけどね、いつの間にか好きになっていたの。…それで何となく、今日言っておこうと思ったの」
ルイスがこの日の事を思い出したのは、卒業パーティーで婚約破棄を告げられたナミネリアが自殺を図った瞬間だった。
詠唱した魔法が発動する瞬間に見せた表情が、あの時の寂しそうな微笑みと同じだったのだ。
ルイスと他の何名かが妨害魔法を試みたが間に合わなかった。ナミネリアが出現させた闇属性の槍が、彼女の心臓を貫いた。
事の重大さを受け入れられず、ルイスは佇んだ。
――あの時、何と返事をしただろうか…
好きだと言われると面映かったが、同じ好意は返せず穏やかな家族愛を育んでいた。だがそれも、学園に入学してリサに出会い、変わってしまった。
――ああ……俺は間違ったのか。
side ルイス
□□□
――え、悪役令嬢死んじゃった…
ヒロインであるリサは今までやりたい放題だったのだが、ナミネリアの自殺を見て少し反省した。
――でも私、そんなに悪くないよね。修道院行きのはずだったんだけどなぁ。
リサがやったことといえば、前世でやっていた乙女ゲームのシナリオ通りに攻略対象者を攻略…
するために、仕事をしない悪役令嬢が仕事をやっているように見せかけただけだ。
ナミネリアにされたと匂わせたが、ナミネリアが犯人だなんて嘘はついてない。
「リサ、本当にナミから…ナミネリア嬢から嫌がらせを受けていたのか?」
「っ」
最愛のルイスから、疑うような視線を向けられる。
なんと返すか戸惑っていると、次第に侮蔑や憎悪を込めた視線に変わっていった。
――どうしようもう駄目かも…。女神様、お願い、やり直させて!!
リサは心の中で転生前に会った女神に縋ったが、奇跡は起きず、連行された。
side 理沙
□□□
「はい、貴女は死んでしまったのですが、それはこちらの手違いなので、お詫びに貴女がプレイ中の乙女ゲームの世界に転生させてあげます。」
「ええ〜!?」(以下略)
――そういえば私、日本人だったなぁ。ネット小説でよくある異世界転生ってやつ?まさか自分がなるなんて…。
ナミネリアは、婚約者ルイスと初めて顔を合わせた際、前世のことや死んで女神に会ったことを思いだした。高校生になる準備として、おしゃれに目覚めようと近所のコンビニまでファッション雑誌を見に行ったら、心臓発作を起こして倒れたのだ。
――かっこいいなぁ…流石メインヒーロー。でもどうせヒロインが攻略したら両思いになって、私は要らなくなるんでしょ。そんな人、好きにはなれない…。
しかし、心は思い通りにならなかった。会う度にルイスに惹かれ、孤独な貴族生活や王妃教育も、ルイスを想いながら耐えた。
そして、ゲーム開始である魔法学園の入学式の前日にある決心をした。
――ああ、やっぱりルイスが好き。ヒロインに取られると思って今まで向き合ってこなかったけど、このままじゃ絶対に後悔する。せめてこの想いを伝えよう。ヒロインのことはいじめないけど、それでも駄目だったら…。
side 奈美
□□□
魔力を練って作られた槍が、ナミネリアを貫く。槍が消えて血が吹き出る。身体が崩れ落ち、誰に抱き取られることもなく床に打ちつけられた。
参加者から悲鳴が聞こえる。教師が何か言っているが膜を隔てたように聞こえ、何を言っているかわからない。
――ナミが死んでしまった。
今でこそ周りから淑女の鑑と言われ、思慮深く微笑みを絶やさない彼女だが、実はとても繊細な心の持ち主だとルイスは知っていた。
ルイスとの顔合わせではとてもぎこちなく、重責のためかその後寝込んでしまった。見舞うととても喜んで、持って行ったスイートピーの花束より可憐な笑顔になった。
街でのお忍びや乗馬して森でピクニックなど、たまにしかできない逢瀬での彼女は幸せそうだった。家族連れを見て「私も家族と笑いたい」とこぼした時にした約束を、破ってしまった。
―――「ルイス。私、貴方のことが好きよ」
――あぁ…ナミ……俺もお前のことが…。
リサに対して身を焦がすような熱情を感じていたはずなのに、急速に冷めてしまった。
なぜ、ナミネリアがいたのにリサに惹かれたのか、もうわからない。リサは確かにナミネリアにはない魅力もあるが、ナミネリアの方がずっとルイスの隣に立つための努力をしていた。
ずっと当たり前にいたからといって、ないがしろにしていい存在ではなかった。
後悔のあまり、心臓が握りつぶされるように痛む。だが王太子としてこの場を収め、王と今後の相談をしなければならない。
王太子であるルイスが、学園で知り合った伯爵令嬢にうつつを抜かし、騙されて、婚約者である公爵令嬢を自殺に追い詰めたという事実は、闇に葬られた。
この日のことは箝口令が敷かれ、ナミネリアは事故死、王太子は代わりに学園で親しくしていた伯爵令嬢と婚約することになった。
「学園で親しくしていた伯爵令嬢」のリサは学園を辞めさせられ、王妃教育という名目で城に閉じ込められた。本人は知らないが、しばらくすると急な病により儚くなることになっている。
side ルイス
□□□
「はい、貴女は死んでしまったのですが、それはこちらの手違いなので、お詫びに貴女がプレイ中の乙女ゲームの世界に転生させてあげます。」
「えぇ〜!?」
死はとても苦しかったし、現世に未練がある。「手違い」の「お詫び」が乙女ゲーム転生だと言われても、納得できない。だが、何もない真っ白な空間に自分は浮いていて、女神だという女性の声が頭の中に直接語りかけてくるこの状況ではなすすべもなく、恐怖と絶望で心が張り裂けそうだ。
「そ、そんな…嫌ぁーー!」
奈美はむせび泣いた。
――嫌だ…お母さんお父さん助けて!家に帰りたい。もう会えなくなるなんて絶対に嫌。死んだなんて嘘!高校楽しみにしてたのに。綾ちゃんと通学一緒にって約束したのに。
「なら、貴女にぴったりな転生特典をあげる。貴女が寿命以外で死んだら、死ぬ前に戻れて、うっかり心臓発作も起きない。いいでしょ。」
―――寿命以外。
ルイスとの顔合わせ後、帰りの馬車の中で女神との会話を思い出して考えた。
――部屋に着いてこっそり首を吊ったら、日本に帰れる。
貴族はこういうものかもしれないが、家族仲は良くない。悪くもないが。
日本の家族と違って、死んでも悲しんでくれないだろうと思った。
――自由に家の外に出られない。気軽にお母さんと買い物に行ったり、友達と遊んだりできない。お父さんとくだらないテレビ番組を見てゲラゲラ笑うこともない。
今の両親とは、挨拶や食事でも気を使わないといけない。親に選ばれた友人とも本音では話せない。
奈美には、こちらでの生活は受け入れられそうになかった。
しかし、自殺することを想像すると、とても怖かった。首を吊ったら、死ぬまでの間苦しいだろうし、高いところから飛び降りたら落ちている間怖いだろうし、刃物で刺すのも、刺さった瞬間痛いだろう…文字どおり「死ぬほど」。
こちらで生きるのも辛いが、死ぬのも怖い。奈美は寝込んでしまった。
今の両親には、恥をかかせるな、早く王妃教育を受けられるようになれと厳しい言葉をかけられ、余計に立ち上がれなくなってしまった。
だが、ルイスも見舞いに来てくれた。カードや品を送るのではなく自ら。しかも今の両親と違ってかける言葉も優しかった。
学園に入るまでの間、手紙やデートで親交を重ねた。
街でうっかり「いいなぁ…私も家族と笑いたい」などと言ってしまい青褪めたが、これからも何でも打ち明けてほしい、2人で笑って生きていこうと言ってくれた。
このとき初めて、ナミネリアとしてこの世界で生きていく希望が見えた。
月日は流れ、入学式でルイスはヒロインに出会った。
ナミネリアは、イベントのタイミングを狙ってルイスと過ごそうと思ったが、やんわりと遠ざけられたり、結局別の日にイベントが起きたりした。
さらに、いつの間にか自分は権力を振りかざしヒロインをいじめる悪役令嬢扱いされ、ルイスから見に覚えのないことを窘められたり、疎ましがられるようになった。
元の家族を諦めてもいいと思えるほど恋い慕っていた心が、静かに少しずつ死んでいった。
そして断罪イベントを抜け………
「っ!?」
気づけばコンビニの雑誌コーナー前に立っていた。
――戻った……ん?え、戻ったって何?
一瞬立ったまま寝て夢を見たのだろうか。
奈美はしばらく呆けていたが、雑誌は買わずそのまま家に帰ることにした。
side 奈美
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「あらあら、今回もバッドエンドね。あの王子がヒロインか悪役令嬢のどちらかとさえ結ばれたら、そのまま世界を続けようと思っているのに…。
でも、世界とシナリオは同じなのに、ヒロインと悪役令嬢の中身が違うだけで物語はいくらでも出来るんだから面白いわ。
さて、ヒロインは輪廻の輪に乗せて、また新しいヒロインと悪役令嬢でやってみましょう♪」
side 女神
初投稿です。お読みいただきありがとうございました。
本編に入れるタイミングを掴みそこねてしまったのですが、リサの転生特典は「ヒロイン補正」でした(笑)
ただ、悪役令嬢の自殺というシナリオから外れすぎたエラーが起こったため、エラーで転生特典も消えたという設定です^^;