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吸血憑き  作者: 平一平
9/20

8 吸血鬼


(く、クロ……?)

 夕貴は、頭の中で驚いていた。

 身体が焼けるように熱くなった、その瞬間、

 夕貴は、自身の意識が、身体の奥に引き込まれるのを感じた。

 自身の身体の主導権は、自分にないということが、一瞬、理解できなかった。

 しかし、自分の身体は、自分の意思とは関係なしに、喋り、動いている。明らかに、自分に主導権はなかった。

 では、今、誰が、柘植夕貴の身体の主導権を握っているのか?

 夕貴には、答えが分かっていた。

(な、なんで、クロが俺の身体を……俺が起きている間は、無理なんじゃ……)

 疑問を口にするが、夕貴の身体自体は、別の言葉を発していた。

「――俺の名はアレイスター・クロウリー。今は自身の身体を持たぬ、吸血鬼だ」

(――っ!?)

 吸血鬼――?

 クロは、吸血鬼だった――?

 夕貴の心は激しく揺さぶられる。

 化け物に出会い、マリアが殺され、クロは吸血鬼――

 一度に、驚愕の事態が三つも起こったため、夕貴は混乱している。

 もはや、何が現実なのかも分からない。

 精神が壊れてしまいそうだ。

 そんなとき、夕貴に語りかけてくる声が聞こえてきた。

《よう、夕貴》

(く、クロっ!?)

 話しかけてきたクロに、夕貴が問い詰めようとする。

(お、お前……)

 しかし、何から質問していいか分からず、言葉に詰まる。

 そんな夕貴に、クロは出来る限り優しく、話す。

《落ち着け、夕貴。あの『吸血憑き』を倒してから、全部、説明してやるよ》

 片腕となった化け物――『吸血憑き』が、起き上がり始めていた。

「あ、アレイスター・クロウリー、だと……!?」

 驚きを含んだ呟きを、『吸血憑き』が発する。

 怒りと困惑の宿る瞳で、夕貴を――クロを睨む。

「ふ、ふざけんじゃねぇ!! そ、その名を持つ吸血鬼は死んだ!! こ、こんなところにいるわけが――」

「さっきも言ったろ? 身体は確かに失ったが、魂はこれこの通り、宿主を見つけたおかげで無事、というわけ」

 クロは、軽い感じで『吸血憑き』の質問に答える。

「しかし、俺ってやっぱり有名なんだなぁ~。あんたみたいな三流『吸血憑き』にも、名前を知られてるなんて♪」

 さらに、挑発混じりにどうでもいい感想を述べる。

「き、貴様ぁぁぁぁぁっ!!」

 その挑発に乗って、『吸血憑き』は襲い掛かってくる。

「所詮は人間の身体だろう!! 魔力も満足に使えまい!!」

 一応、勝機あっての襲撃のようだ。

 恐ろしいスピードで間合いを詰め、クロに向かって右腕を振り下ろす。

「魔力が、使えない……?」

 しかし、クロは意外そうな顔をして、右手を『吸血憑き』にかざす。

 その手の平から、強烈な圧力が放たれ、『吸血憑き』を直撃する。

「ぎゃひぃぃっ!?」

 車に撥ね飛ばされるように、『吸血憑き』は部屋の隅まで弾き飛ばされ、壁に激突する。さらには、その壁をも破壊し、廊下に投げ出された形になる。

「がっ……あっ……」

 激しい痙攣を起こす『吸血憑き』。立ち上がれないほどのダメージを受けたようだ。

「確かに、他人の身体で俺の魔力を使うことは難しいだろうな」

 クロは、吹っ飛ばした『吸血憑き』に近づきながら、語りかける。

「だが、宿主自体が魔力を持っていたら、別の話だ」

「っ!?」

 愕然とした表情を見せる『吸血憑き』。

 クロの発言に驚いたのは、『吸血憑き』だけではなかった。

(なっ……!? ど、どういう意味だよ、クロ……)

 夕貴が、クロに話しかける。

《言ったとおりだ。夕貴、お前は魔力を持っている》

 夕貴は、さっきから何が起こっているのか分かっていないのに、さらに分からなくなるようなことを言われ、大混乱である。

(ま、魔力ってなんだよ! あれか、ゲームや漫画とかで魔法使うときに必要な力か!? マナとか特殊な才能が必要だったりするアレか!?)

 そんな大混乱中の夕貴の問いかけに、

《まぁ、そんなもんかな》

 と、適当にしか聞こえないくらい、クロは簡単に返答する。

(――っ!! もっとちゃんと説明しろよ! さっきから、お前しか分かってねぇだろ! 俺が置いてけぼりじゃねぇか!!)

《と、言われてもなぁ……。世の中には、吸血鬼っていう生き物と、それに噛まれたことでできる『吸血憑き』ってものが存在してるんだよ。ここまでオッケーか? ドゥーユーアンダースタン?》

 偉そうに、英語まで使って、夕貴に説明を始めるクロ。

《そんでもって、吸血鬼たちは人間を襲うから、そいつらに対抗するために、人間の間で極秘に造られた組織があるわけ。そこに所属する連中のことを、『エクソシスト』って言うんだよ》

 クロは余裕を持って、説明しているが、それは油断といってもよかった。

「――っ死ねぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 夕貴に説明するために、無防備に立ち尽くすクロを、回復した『吸血憑き』が襲い掛かる。

(――っクロ!! あぶな――!!)

 夕貴が叫んで警告するが、どう考えても間に合わない。

 その鋭い爪が、クロの――夕貴の身体を引き裂こうとした

 そのとき、

 鋭く、空気を切り裂きながら、クロの――夕貴のすぐ横を何かが通り過ぎた。

(な、何だ!? 今の……!?)

 それは刃の形をした液体だった。

 刃は、夕貴のすぐ横を飛んでいき、一閃、『吸血憑き』の右腕を、肩から切断した。

「――ぐぎゃぁぁぁぁぁっ!!」

 またも、悲鳴をあげる『吸血憑き』。

《そんで、その『エクソシスト』はな、吸血鬼たちを滅するためなら、何でもすんだよ。たとえば――》

 両手を失い、崩れ落ちた、哀れな化け物に、

「浄滅、完了……」

 液体の剣で首を刎ねて、止めを刺したのは、

《――死んだフリ、とかな》

胸を貫かれたはずのマリアだった。

『吸血憑き』は悲鳴もなく、灰となって消えた。

(ま、マリア先輩!!――生きていたんだ……)

 夕貴は、嬉しさのあまり、涙を流す。しかし、クロが支配している夕貴の身体の目からは、涙は流れなかった。

「見事な腕前だな、若いのに、大した才能――」

 クロの台詞は、剣の風を斬る音に阻まれる。

 拍手してマリアを褒めるクロに対して、

マリアが胸を押さえながらも、液体の剣を突きつけたのだ。

「……あなたは、何者ですか?」

 そして、脅すように質問する。

「さっき名乗ったの、聞いてただろ? 俺はアレイスター・クロウリー。この、柘植夕貴を宿主にしている吸血鬼だよ」

「吸血鬼が何故、夕貴くんの身体を使っている!?」

 マリアはクロの軽い態度に苛立ってか、怒鳴り声を上げる。

「……無茶すんなよ、嬢ちゃん。いくら『神血』持ちでも、その出血量はヤバイだろ?」

 クロの指摘に、悔しそうに唇を噛むマリア。つまり、クロの言っていることが、図星だったことを示している。

「夕貴にも、嬢ちゃんにも説明してやらねぇといけないのか……でも残念、時間だな」

 なにやら、独り言を呟いて、クロは目を閉じた。

(? クロ? 何を――)

 そう、夕貴が尋ねようとした途端、

 夕貴は何かに引っ張られたように感じた。

 そして、一瞬、意識が途切れる。

「……あ、あれ?」

 気がつくと、夕貴は自分の身体の主導権を取り戻していた。

「!? 気配が変わった? ……もしかして、夕貴くん!?」

「えっ!? あ、はい、そうです……」

 肩を掴まれた夕貴は、何が何だか分からず、困惑顔で返事をする。

「……はぁ……」

 マリアは安心したように、ため息をつく。

 しかし、すぐに気を引き締め、

「夕貴くん。あなた、さっきまで、意識はありましたか?」

 と、問いだす。

「え、えぇ……身体は動かせませんでしたが、意識はずっと、ありました」

「………………」

 夕貴の答えを聞き、マリアは腕を組み、なにやら考え込む。

「あの、先輩?」

 夕貴が心配して、話しかけると、マリアはまた質問をする。

「さっきまで、あなたの身体を操っていた吸血鬼と話は出来ますか?」

 突然の質問に、夕貴は慌てるが、

「ちょ、ちょっと待ってくださいね」

 クロとコンタクトを取ってみる。

(おい!クロ!)

《無理無理、俺がそっちに出ることは出来ないぜ。さっきまでのは、嬢ちゃんの『神血』から力を得てたから、出来たことだからな》

 話を聞いていたらしいクロは、夕貴の呼びかけに、即座に否定の答えを返した。

 夕貴は仕方なく、言われたことをそのまま、マリアに伝える。

「……そうですか、私の血で……」

 マリアはまたしても考え込む。

 そして、

「……仕方ありません、夕貴くん!」

 なにかを決断したらしいマリアは夕貴に話しかける。

「は、はい!」

「これから、私の家に来てください」

「は、はい! ……………………はいぃぃぃっ!?」

 突然の提案に夕貴が驚愕の声をあげる。

「私の上司に、判断をしてもらいたいので、悪いんですが、お願いします」

 頭を下げて、頼み込むマリア。

「そ、そうですか、それは構わないんですが……」

 マリアの自宅に行く、ということに、こんな状況でありながら、少し緊張してしまう。

「では、行きましょう。善は急げ、です」

 そう言って、出口へ向かおうとするマリア。

「あ、あの、この……し、死体は……」

 夕貴はさっきまで見ないように、気付かないようにしていたことではあるが、気になったので、マリアに聞く。

「……『吸血憑き』に噛まれた人は、自身も『吸血憑き』になるか、遊び道具もしくは餌にされるかのどちらかです。彼らは後者で、私が到着したときには生きている人はいませんでした」

 マリアがそんなことを話し出す。

 その声色は、悲しげであり、憎しみも多分に含まれていた。

「人数的に、この辺りの人じゃない人も含まれているようです。可哀想ですが、今はこのままにして、後日、私たちの組織で弔い、揉み消すことになると思います」

「そ、そんな……」

 揉み消す、という言葉に、憤りを感じる夕貴。

 しかし、それはマリアも同じようだ。話している間、マリアは夕貴のほうを見ず、ずっと肩を震わせていた。

「世の中に吸血鬼の存在が広まれば、大混乱に陥りますからね。隣にいる人が、実は『吸血憑き』かもしれない、なんて疑心暗鬼に捕らわれて、ついには人間同士で争いかねません……」

 まるで、自分にも言い聞かすように、マリアは理由を告げる。

「夕貴くんも、今は緊急事態ですからこんなことを話しましたが、このことは口外しないでくださいね」

「は、はい……」

 マリアが口止めのために釘を刺すが、たとえ夕貴が誰かにこのことを喋ったとしても、誰も信用しないだろう。

 それぐらい、現実離れした話なのだ。

「……心苦しいですが、今は私の家に急ぎましょう」

 これ以上は話したくないのか、マリアは話を切って、歩き出す。

 しかし、夕貴は、マリアの怪我のことも気にして、呼び止める。

「ま、マリア先輩! 怪我は大丈夫なんですか?」

「あぁ、大丈夫ですよ。私はちょっと特殊な体質ですから……」

 確かに、出血は何故か治まっているようだ。

「心配しないでください、全然大丈夫です!」

 明るく、元気な声が響く。

 しかし、当のマリアは床に倒れていた。

「ぜ、全然大丈夫じゃないじゃないですか!?」

「さ、流石に血を流しすぎましたかね……」

「きゅ、救急車!」

夕貴が、携帯を取り出そうとするが、

「すみません、夕貴くん。救急車は呼ばずに、私の頼みを聞いてくれませんか?」

「で、でも……」

 夕貴はためらうが、マリアが必死に食い下がる。

「お願い、します!」

「…………」


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