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吸血憑き  作者: 平一平
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4 憧れの人


「では、今日はここまで」

 教師が授業の終了を伝える。

 四時間目の授業が終わり、生徒たちは昼休みを満喫するために騒がしくなり始める。

「おっしゃあっ! 夕貴に、琴奈ちゃん! 飯、行こうぜ!」

 午前の授業、ほぼ全て爆睡して過ごした男―江草錬が話しかけてきた。

「行こうぜって、食堂か? お前、コンビニ弁当だろ? わざわざ混んでるとこ行かなくても、ここでいいじゃねぇか」

 夕貴が面倒くさそうに言うと、錬は人差し指を左右に振りながら、

「ちっちっちっちっちっ……夕貴よ。それは考えが甘いぞ」

 そんなことを言い出した。

「なんだ? 絶好のお弁当スポットでも見つけたのか?」

「他に誰もいない静かな場所とか?」

 かなり適当な返事をした夕貴と琴奈だったが、

「ピンポーン! 大・正・解〜! 両者、スリーポイント獲得ぅ〜!」

 正解してしまったらしく、なにやらポイントまで進呈された。

「と、いうわけでっ! 今からそこに案内してやるぜ!」

 二人の返事は待たずに、さっさと教室から出ようとする錬。

 夕貴は呆れつつも、少し場所が気になったため、同行することにする。琴奈も同様のようだ。


 そして、錬に案内されて辿り着いた場所は、本校舎の隣にあるクラブ棟という建物だった。

「ここの屋上が最高のポイントだぜ」

 屋上を目指し、階段を上りながら、そんなことを言う錬だが、その言葉に、夕貴が疑問を投げかける。

「屋上って入れんのかよ?」

「立ち入り禁止だし、鍵もかかってるんじゃ……」

「実はここ、窓の鍵が壊れてて常に開いてんだ」

 最上階まで辿りついた錬はそう言って、屋上へと通じるドアの近くにある窓を指差す。

「あそこから入るわけか……」

 夕貴の言葉に頷く錬。

「こうやって……よっ、と」

 錬は、簡単に窓から屋上へと出て行く。

 それに、夕貴と琴奈も続いた。


 屋上に出た途端、春風が吹きぬけた。

 清掃が行き届いており、意外にきれいな屋上だった。

落下防止用のフェンス越しから見える風景に、琴奈から感嘆の声が漏れる。

「わぁ♪ 町のほうまで一望できるね♪」

「風も気持ちいいし、よくこんなとこ見つけたな。お前…」

夕貴も感心して、錬に話しかける。

「ふふふ……♪ お楽しみはもう一つあるぜ……!」

錬がなにやら不敵に微笑む。

「「?」」

夕貴と琴奈が疑問に思っていると、

「よい、しょっ、とぉ」

自分たちがやってきた窓のほうから、人の声が聞こえる。

誰か来たのか、とそちらのほうを見た夕貴と琴奈の時間が、思わず停止する。

日の光を受けて輝く金の髪、特徴的な十字架の髪飾り、吸い込まれてしまいそうなくらい、深く、碧い瞳――

「こんにちは〜♪ マリア先輩♪」

錬は締りのないにやけた顔で、来訪者を迎える。

「あ、錬くん。久しぶりですね〜」

軽い口調で挨拶を返すのは、伊勢マリアという人物だった。

伊勢マリア。前述のような、金髪碧眼が特徴的な神山高校の三年生である。イギリス人とのハーフらしく、日本人離れした、端正な顔立ちをしている。背丈こそ日本人女性の平均ほどでしかないが、その分、西洋人らしい手足の長さ(特に脚)が目立つ結果になっている。

 胸は小さいが、スレンダーで、白い、雪のような肌が美しい、とは錬の評である。

 そして、その容姿は、去年、高校の文化祭で行われたミスコンにおいて、満場一致で優勝したほどである。

 たかが、一高校のイベントでのミスコン、と思うかもしれないが、この神山高校は生徒総数でいうと千五百人を超える、近年珍しいマンモス校であり、近隣のほとんどの受験生が、この高校を受けたがる、という人気校である。

 文化祭などのイベントは、一般公開であり、毎年多数の入場者がいることを考えると、そのミスコンの結果も馬鹿には出来ないだろう。

 実際、夕貴も下手なアイドルよりこのマリアのほうが可愛い、と思っている。というより、正直、惚れているといっても過言ではないほどに憧れを抱いてる。

そんな、校内で一番の有名人が、なぜか、クラブ棟の屋上に現れた。

いまだ、夕貴と琴奈の時は止まったままだ。

依然、締りのない顔で錬はマリアと世間話をしている。

マリアはマリアで、マイペースに受け答えしている。

「ところで……」

マリアが目線を夕貴たちのほうに向ける。

「こちらの人たちは?」

マリアの質問により、ようやく時が動き出した、夕貴と琴奈。

「あ、こいつらは俺のダチの――」

「お、押井琴奈と申します! お、お会いできて、こ、光栄です! 伊勢先輩!」

琴奈が錬の台詞を遮って、自ら自己紹介を始めた。

だが、なにかと噂のマリアを相手にしているためか、言葉が上擦っている。

しかし、その琴奈以上に緊張しているのが、

(……っぅおおおっ!?な、何で、伊勢先輩がここにっ!?)

夕貴だった。

正直、心臓の音がうるさくてたまらないほど、夕貴は固くなっている。憧れの人の突然の登場に、身体が興奮を隠せない。

クロが寝ていてくれて、ありがたかった。流石に、この心境を誤魔化すことは出来ないだろう。

「琴奈ちゃん、ですね。そんなに畏まらないでいいんですよ。っていうか畏まられると逆に私が困っちゃうんで、出来れば普通にしててください」

「ひゃ、ひゃい!」

また声が上擦る琴奈。しかも、少し噛んだ。

「それで、君は?」

マリアが、今度は夕貴に話しかける。エメラルドのような瞳に直視され、夕貴の顔が熱くなる。

「あ、は、はい……」

(落ち着け、俺……冷静に……)

夕貴は高まる気持ちを押し殺して、答える。

「――柘植夕貴です。始めまして、伊勢先輩」

 なんとか、噛まずに言えたことに安心する夕貴。

「じゃあ、私も……」

そう言って、今度はマリアが自己紹介を始める。

「伊勢マリアです。あんまり名字で呼ばれるの、慣れてないので、出来ればマリアって呼んでください♪」

「は、はい、マリア、先輩……」

 緊張を思わず忘れさせる、マリアの意外な軽さに、夕貴は驚いていた。

「では、お昼ご飯を頂くとしましょう♪」

 こうして、四人の昼食会が始まった。


「結局、この場所を最初に見つけたのは、マリア先輩だったんですね」

 夕貴の言葉に、マリアは自身の昼食であるエクレアを、一口食べてから答える。

「そうなりますね。私、なんとなくいろんなところを探索するのが好きで、ここも興味の赴くまま調べていたら、偶然、発見しちゃいまして」

 えへへ、と笑いながら答えるマリアに、夕貴と琴奈は驚きを隠せない。

 なぜなら、実際のマリアの印象が彼らの想像していたマリアのイメージと、まるで違うものだったからだ。

 話す前までは、それこそ高嶺の花のお嬢様をイメージしていた。やることなすことに気品が感じられ、生まれや育ちの違いを痛感させられる――そんなイメージである。

 しかし、実際はこのように、気品というよりは親しみが感じられ、遠くのバラ、というより、むしろ近くのタンポポといった印象を感じさせてくれる人物だった。

「で、ここでたまにお昼を食べることにしてたんですけど、昨日、錬くんにここから出てくるのを目撃されちゃって……」

 エクレアを食べ終えたマリアは、この場所を錬が知っていたわけを話してくれた。

「そのとき、錬くんとお話しして、友達も連れてくるから、一緒にお昼を食べよう、ってことになったんですよ」

 このときばかりは、錬、グッジョブ、と褒めざるをえなかった。

「……そういえば、なんで錬くんはここに? クラブの用事か何かですか?」

 チョコチップメロンパンを食べながら、今更、そんなことを質問するマリア。

「……先輩、警察呼んだほうがいいですよ」

「ほぇ? なぜですか?」

 夕貴の一言に、真剣に分かっていないらしいマリアは疑問を返す。

 無論、バリバリの体育会系の錬が、文科系のクラブ活動に参加しているわけがなく、クラブ棟に立ち寄る用事などあるわけがない。そこから導かれる結論は一つ。ライトなストーキング行為をしていたのだろう。

「いやぁ〜、雲一つない良い天気! 気持ちいいっすね、マリア先輩!」

 当のストーカーである錬は、誤魔化す気満々である。

 夕貴は犯罪者を軽蔑する目線を、琴奈は犯罪者を哀れむ目線を、それぞれ錬に向ける。

「そうですね〜、こんな日は、外でお昼を食べるに限りますね〜♪」

 そして、マリアの反応に対しては、この人、ひょっとして天然なんじゃ……、という疑問を持つ夕貴と琴奈。

「それにしても、夕貴くんのお弁当も、琴奈ちゃんのお弁当も美味しそうですね〜」

 いつの間にか、メロンパンを食べ終わったマリアが、夕貴と琴奈のお弁当を交互に見比べていた。

「わ、私のなんて、そんなに美味しくないですよ。まだまだ、修行が足りない、というか……」

「手作りなんですか!? それだけで凄いですよ! 私、料理を美味しく作れたことなんてないですから……」

 微妙に最後のほうはテンションを下げつつ話すマリア。自分で言ってて、悲しくなったようだ。

 このことも、夕貴は意外に感じた。マリアのことを、何でも出来る、パーフェクトな人だと思い込んでいたからだ。

「この間も、卵焼きに挑戦してみて、お姉ちゃんに味見してもらったら、『お前は私を殺したいのか?』って……」

 涙目で語るマリア。いったい、どんな味がしたのだろうか……。

「マリア先輩、お姉さんがいらっしゃるんですか?」

 琴奈の質問に、マリアは頷いて答える。

「歳はかなり、離れてるんですけどね。優しいお姉ちゃんです」

チョココロネを取り出して、マリアは、今度は夕貴に尋ねる。

「夕貴君のも、もしかして自作ですか?」

 そうです、と夕貴が答えようとすると、

「自作も何も。こいつ、両親が出張で家にいないから、一人暮らしで、家事は何でもできるんすよ〜」

 何故か錬が、夕貴の家庭事情まで話していた。

「す、凄いですね、夕貴くん……私なんて、掃除をするとお姉ちゃんに『散らかすな』と言われ、洗濯をするとクリーニングに出され、最終的に何もさせてもらえなくなるのに……」

 あんたもある意味凄ぇよ、と思わず突っ込んでしまいそうになる夕貴。

「こいつ、やらなくていいことまで流れでやっちまうから、何でも出来るんすよ。こいつが変なだけっすから、先輩は気にしないでいいんすよ」

 フォローのつもりか、夕貴を変人扱いしてくる錬。

「先輩は進路のこととか、色々あるんでしょ? 今はやるべきことに集中して、その後で、そういうスキルは身に着けたらいいんすよ」

 さらに、錬はフォローを重ねる。

 すると、マリアは、何故か悲壮な表情を見せる。

 少し俯いていたため、錬や琴奈は見逃したようだが、夕貴は見てしまった。

 そして、小声で呟かれた言葉も聞こえてしまった。

「……早く、やらなきゃ……事件を、終わらせきゃ……」

 最後のほうはよく聞こえなかったが、夕貴は確かに聞いた。

 何のことか、と疑問に思ったが、

「そうですね! やるべきことに集中しないといけませんね!」

 マリアが張り切って、そう宣言したため、聞くチャンスを逃した。

「そうっすよ! やりたくないことでも、なんだかんだでやっちゃう夕貴みたいなマゾは、ほっときましょう!」

 錬が、その宣言に乗っかって、さりげなく夕貴の評価を落としにかかる。

「誰がマゾだ!! いい加減なことばっか言ってんじゃねぇ!! つか、なんでマゾなんだ!?」

 夕貴が当然の抗議をする。

「やりたくない、面倒くさいことをやるのが、お前の趣味じゃなかったか?」

 錬は不思議そうに聞き返してくるが、言いがかりだ、と夕貴は反論する。確かに、夕貴は場の雰囲気に流されて、やりたくもないことをやることが多い。しかも、それを完璧にやりとげようとする。

 だが、それには理由がある。

「結局、誰かがやらなきゃいけないことが、俺に流れてきたんだ!やりたくなくても、それをやらなきゃ他の人に迷惑がかかる!だから、やり遂げる!なんで、それをマゾと呼ばれなきゃならん!!」

 そんな風に夕貴は反論したが、

「いや、十分マゾじゃん」

 錬の結論は変わらなかった。

「いいえ! それは立派な考え方だと思いますよ!」

「そうですよね! 俺もそう、思ってたんすよ! いや〜、夕貴はいつも良いこと言う!」

 しかし、マリアが夕貴の持論を褒めだした途端、手のひらを返す錬。

 夕貴は呆れ果て、琴奈も笑うしかなくなっている。

「とりあえず、やることやってから、ですね!」

 チョココロネを食べて、そう決意するマリア。

そんなマリアを見て、夕貴は心の中であることを考える。

(先輩……チョコ好きだな)

 このような感じで、この日の昼休みは終わっていった。

 


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