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吸血憑き  作者: 平一平
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3 日常生活(校内)


 本校舎二階の二―Bというプレートがかけられた教室に、夕貴は一人で入る。何故か、錬はいない。

 その瞬間、ちょうどチャイムが鳴る。

「ギリセーフか」

 そんなことを呟きながら、自身の席である窓際の一番奥の席に向かう。

(クロ、分かってると思うが学校内では――)

《あぁ、分かってるよ。話しかけないさ》

 これは夕貴とクロの自分たちで作ったルールである。

以前、思わず、クロとの会話を口に出して、独り言がうるさい、という恥ずかしいレッテルを貼られた夕貴が提案したもので、クロは校内にいる間は、出来る限り喋らずに過ごす。

基本的にお喋りなクロには辛いものがある、と思っていたが、

《じゃあ、俺は学校終わるまで寝てるから、終わったら起こせよ〜……ぐ〜……》

と、このように、クロも眠りにつけるということが判明したため、ルールを決めて以来、問題は起こっていない。

 机に鞄を置き、席についてから、夕貴は隣の席の女生徒に話しかける。

「おはよう、琴奈」

「あ、おはよう、柘植くん」

 話しかけられた女生徒――押井琴奈は笑顔で挨拶を返す。

 彼女は、夕貴や錬と中学の頃から知り合った友達である。少々、内気な面があるが、優しく、かなり可愛らしい顔つきをしていて、スタイルも抜群なため、クラスでも人気のある人物だ。

 夕貴とは、かなり親しく、中学のころ、一時期荒れていた錬と友達ということで、他の生徒から距離を置かれていた夕貴に、話しかけてきた人物が彼女であった。

その頃からの交友関係は高校に入ってからも続いており、正直言って、夕貴にとって唯一、親しいと言える女子だった。

「あれ、江草くんは?」

 夕貴がいつも錬と登校しているためか、夕貴だけがここにいることを不思議に思った琴奈が尋ねてきた。

「校門前で、滑って転んで、頭打って気絶したから、放ってきた」

「だ、大丈夫なの?」

「大丈夫だろ。あいつの頭には、何も入ってないし」

 夕貴の言い草に、苦笑する琴奈。夕貴が冗談を言っているときは、問題ないだろうと判断したようだ。

「――ていうか、まだ先生来ないのか? チャイム鳴ったわりには皆、騒いでるし……一時間目って確か、数学の後藤だろ?」

 いつもなら、チャイムが鳴るとほぼ同時にやってくるはずの数学の教師が来ていないことに疑問を抱く夕貴。

「あ、実はね。後藤先生、酷い風邪で休みだから一時間目は自習だって、ホームルームのとき、言われたの」

 琴奈はそう説明しながら、

「これ、この自習時間でやっておくように言われたプリント」

 と、夕貴に一枚のプリントを手渡す。

「お、悪いな。ありがとう、琴奈」

 プリントを受け取って、夕貴は笑顔で礼を言う。

「う、ううん! お、お礼を言われるほどのことはしてないよ、気にしないで…」

 何故か少し頬を赤らめながら、謙遜する琴奈。

「俺の分もあるかぁぁぁぁいぃぃぃぃ……!」

「きゃあぁぁぁっ!」

 そんな琴奈の後ろから、まるでおばけのように、いきなり後ろから声をかける錬。

 それにびっくりして琴奈は悲鳴を上げてしまい、一瞬ではあるが、クラスの皆の注目を浴びることになる。

「え、江草くん! 脅かさないでよ!」

 注目を浴びたことと怒りゆえにか、さっきより顔を赤くして錬に抗議する琴奈。

 しかし、抗議しながらも用意していたプリントを錬にも渡す。

「いやぁ〜、悪い悪い! ありがとな!」

 プリントを受け取り、あんまり反省していない態度で、錬は自身の席(夕貴の前の席)に座る。

 そして、夕貴のほうを向いて、

「ところで、俺を見捨てて一人で教室に向かった夕貴くん。俺に何か言うことはないかね?」

「……お前のベッドの下にある、あの本、実は家族全員にばれてるぞ」

「嘘だろっ!? 嘘だと言ってくれ!!」

 夕貴の適当な嘘を本気にする錬。横で話を聞いていた琴奈は、顔を赤くして、「江草くんのエッチ……」などと呟いている。

「――そういやさ! 今日、俺と夕貴、登校途中になかなかレアな経験したんだぜ! なぁ、夕貴?」

 自分の立場が危ういと感じたのか、話題を突然変える錬。

「? 何があったの?」

 琴奈の疑問に夕貴が答える。

「警察に質問されたんだよ」

「えっ!? 職務質問!? 何かしたの、江草くん!?」

「――って! 俺は何もしてないよ!? 何で俺ばっかり悪者なの!? 今のはちょっと酷くない、琴奈ちゃん!!」

 さすがに抗議の声をあげる錬。

「ご、ごめんなさい! つい……」

 琴奈はすぐさま謝ったが、本音が少し漏れていた。

「……まぁ、いいや。そんでさ、何を質問してきたかっていうと、どうやら駅前で殺人事件があったらしいんだよ」

 錬は琴奈の本音に納得しきっていないものの、話を進める。

「えぇっ!? ほ、本当なの、柘植くん!?」

「あぁ、本当の話だ」

 夕貴にも確認を取った琴奈は、錬に、

「も、もしかして、吸血鬼事件!?」

 と、声を震わせながら尋ねる。

「多分な。確認したわけじゃないけど、婦警さんの目がそう言ってた」

 錬は琴奈にそう答えた。

「駅前で……吸血鬼……」

 琴奈は恐ろしい想像をしてしまったのか、震えがいっそう酷くなった。

 ホラー系の話などが苦手な琴奈は、この吸血鬼事件のことで本気で怯えているらしい。

「……とりあえず、駅前にはあまり近づかないほうがいいかもな」

 錬は、この話を終わらせようとした。

 琴奈が必要以上に恐がったからだろう。そういうことには、たまに気が利く錬である。

(まぁ、自分から始めた話なんだけどな)

 夕貴はそう思いつつも、友達思いな錬を少し見直す。

「さて、そろそろお前らのどっちかがプリントをやってくれないと、俺が写せないから、そろそろ真面目に勉強しようぜ!」

 前言撤回である。わずか一秒で自分に対するプラス評価をマイナスにする男、それが江草錬だった。

 どうやらそう思ったのは、夕貴だけではないらしく、隣の琴奈も、夕貴と同時にため息をついた。

 その後、プリントをきっちり夕貴と琴奈は仕上げたが、錬に写させることはなかった。



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