1 昔 あったこと
長いので、短くしました。
小学一年生の頃、友達と柘植夕貴は遊んでいた。
遊びの内容は、『こっくりさん』と呼ばれるものだった。
今では、『エンジェル様』とか、呼ばれているかもしれない、古い占いのようなものだと、この遊びを提案した友達が説明する。
どうやら、親から聞き出した遊びらしい。
興味を持った夕貴とその友達は、『こっくりさん』をやってみることにした。
必要なものは、「はい、いいえ、分からない」という言葉と数字、五十音が書かれた一枚の紙と、十円玉。
紙の上に十円玉を置き、その十円の上に参加者の人差し指を添えれば、準備完了である。
そして、この後、何かを質問すると、その答えを十円玉が動いて指し示してくれるらしい。
友達が、最初に質問した。
「こっくりさん、こっくりさん、将来、俺は、楽して金儲けができる大人になれますか〜?」
とんだ質問であるが、友達は真面目な顔で聞いている。
夕貴は、呆れながらも十円玉の行き先を見つめる。
しかし、十円玉に動きは全くない。
「………………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………………」
無言が続き、やがて、夕貴も友達も飽きてきた。
そのとき、夕貴は不思議な体験をした。
頭の中に、誰とも知れぬ声が響いたのだ。
《悪いな、邪魔すんぜ!》
誰!? と、疑問を感じたその瞬間に、夕貴は膝から崩れ落ちた。
友達が、駆け寄ってくるのが、一瞬、見えたが、意識はそのまま消失した。
そして、目が覚めたとき、夕貴の目に最初に飛び込んだきたのは、見慣れない天井だった。
周囲を見回しても、見慣れない部屋の風景しか、目には入ってこなかった。
近くに窓があったので、外を見てみた。
夜なのだろう、暗くてよく見えないが、やはり見慣れない風景だった。
《ここは病院だぜ》
聞き覚えの無い声がした。誰かいるのかと部屋を見回すが、自分以外はこの部屋にいないようだった。
《おっと、俺を探してんのか? だったら、無駄だぜ。俺は、お前の中にいるからな。見えるわけねぇよ》
また、声が聞こえた。しかし、言っていることの意味は分からなかった。
「……誰?」
夕貴は、虚空に向かって、そう呟いた。
《俺か? 俺は……クロってんだ。お前さんは?》
「――夕貴、柘植夕貴」
あまりにフレンドリーに尋ねられたため、思わず名乗ってしまった夕貴。
《ふ〜ん、夕貴、ね……あんまり好きじゃねぇみたいだな、自分の名前》
「!? なんで分かったの!?」
突然の指摘に夕貴は驚いた。
夕貴は確かに、自分の名前に不満があった。
漢字の字面だけ見ると、かなり女の子っぽい名前だからだ。
名前でからかわれたこともあるので、夕貴は密かに、自分の名前にコンプレックスを抱いていた。
しかし、そんなことが分かるくらいに態度に出してしまっていたのだろうか、と夕貴は考えた。
《表面的には、嫌がっている態度はなかったぜ。俺はお前の中にいるからな。無意識に感じたことは、伝わっちまうのさ》
クロと名乗る何かが、そう補足する。
夕貴は、自分の考えが、読まれていることを理解した。
しかし、クロの言っていることを完全に理解したわけではない。
お前の中にいる、という表現が、いまいち、夕貴には理解できなかった。
「……クロさんは、何、なの?」
分からなかったので、素直に質問してみた。
《何、といわれてもなぁ……さっきから言ってる通り、お前の中にいるモノだよ。あ、あと呼び捨てにしてくれて構わないぜ》
同じ答えしか、クロは返してくれなかったが、夕貴はあることを思い出していた。最近、読んだ漫画に出てきた、あるキャラクターの特性を。
「クロは……俺のもう一つの人格……?」
そのキャラクターは、一つの体に二人の人格が存在するという、いわゆる、二重人格、という特性を持つキャラクターだった。夕貴は、自分にも、もう一つの人格があり、それがクロなのではないか、と疑ったのだ。
《う〜ん……二重人格の片割れ、ねぇ……ま、似たようなもんだな。そう思っとけ》
何か引っかかる言い方だったが、夕貴は、そう思うことにした。
「じゃあ、俺の体を乗っ取ったりとか……出来るの?」
夕貴の思い出した漫画のキャラは、何度も人格を入れ替えたりしており、一方が無理やり、体を動かすことも出来た。夕貴は、自分の体も勝手に動かされるのではないかと、心配したのだ。
《残念ながら、お前の許可がないと、お前の体を俺が使うことはできねぇな。ただ、お前が寝てるときに俺が起きていれば、使えるぜ。さっきまでは、お前の体が酷く疲れていたから、使っちゃいねぇけど》
それを聞いて、少なくとも、起きている間は体を乗っ取られないことが分かった夕貴は、少し安心する。
《ところでよ、夕貴。一つ、お願いがあるんだが、聞いてくれるか?》
「何? クロ?」
《俺のことは、医者にも親にも内緒にしといてくれないか? 話したって信じてもらえないだろうし、変に心配されるのも嫌だろう? 入院も延びたりするかもしれねぇし……もし、内緒にしといてくれるなら、俺も極力、お前の体を借りたりすることは控えるぜ》
クロの突然の提案に、夕貴は考える。
確かに、親に言っても信じてもらえないか、信じられたとしても、入院が延びたり、通院を繰り返さなくてはならなくなるだろう。夕貴は、そういう面倒なことが嫌いだった。また、このクロという人格も不思議と嫌いではなかったし、何より、漫画のキャラクターになれたみたいで、少しドキドキしていた、というのが大きかった。
「うん。分かった。黙っているよ」
夕貴は、自らの内側に、そう返事した。
《よし、約束だ。じゃあ、これからよろしくな、夕貴》
「よろしく、クロ」
これが、夕貴とクロの、奇妙な同居生活の始まりだった――




