15 余興
「…………」
《…………》
マリアとクロは、呆気に取られてか、無言だ。
特にマリアは、目を丸くして驚いている。心なしか、顔も赤い気がする。
そんな中、
「――ふっ、ははは、はっはっはっは、はははははははははっ!!」
盛大に笑い声を上げたのは、ヴラドだった。
「何を言い出すかと思えば、くく、随分くだらないことを言うもんだな、クロウリーの宿主よ」
笑いを堪えながら、夕貴に話しかけるヴラド。
「それは『神血』の少女を助けるために、己の身勝手な欲望のために、我に戦いを挑んだ、と解釈していいのか?」
「……そうだ!」
夕貴の答えに、嘲笑がまざまざと刻み込まれた顔で、ヴラドは夕貴の中のクロに語りかける。
「一人の女を助けるために、我らに抗うか……運命を感じるな、クロウリー。我らが王、カインの復活を、貴様が拒んだ理由も、一人の女のためだったな」
「「!?」」
突然のヴラドの発言に驚く夕貴とマリア。
「おや? それは話していないのか?」
二人の反応を見て、意外そうにヴラドが語る。
「クロウリーは吸血鬼でありながら、人間の娘を気にかけ、カインの復活に反対したため、吸血鬼の敵となり、身体を奪われたのだよ」
衝撃の事実だった。
クロウリーが何故、吸血鬼と仲間割れをし、身体を奪われることになったか。
その理由が、人間の娘を守りたかったからだ、というのだ。
《…………》
クロウリーは依然、無言だ。
しかし、その沈黙には、たぶんの怒気が含まれていることを、夕貴は感じていた。
「ふははははっ! まさか、宿主も同じような理由で我らに歯向かうとは、これを運命と言わずに何と言う! 今度は守れるといいな、クロウリー?」
ブチンッ!!
夕貴は確かに聞いた。クロの何かが切れる音を。
《……夕貴、魔力の使い方を教えてやる。あの髭野郎、ぶちのめすぞぉぉぉっ!!》
怒りの咆哮が、夕貴の中で響き渡る。
(あ、あぁ!!)
《とりあえず、嬢ちゃんから『神血』を飲ませてもらえ! 話はそれからだ!!》
そう言われた夕貴は、マリアに頼み込む。
「先輩っ! 先輩の血を少しだけ、俺に飲ませてください!!」
しかし、当然ながら、
「だ、ダメです! 夕貴くんは早く逃げてください!!」
と、断られた。
「嫌です! 俺も戦うって決めましたから!!」
「だから、ダメです! 聞き分けてください!!」
そんな言い争いが繰り広げられるが、
《お前ら、馬鹿やってる場合じゃねえだろ!!》
クロの叱責で、夕貴はヴラドの動きを確認する。
しかし、この大きな隙を、ヴラドは余裕の態度で見逃していた。
「五分ほど、待ってやろう。これも良い余興だ。どうなろうと、我が勝利は、揺るぎはしない」
「ぐっ!」
高慢なその態度に、マリアが唇を噛んで、怒りのこもった瞳でヴラドを睨みつける。
しかし、それ以上に怒り狂っているのは、クロだった。
《くそ髭がぁぁぁっ! 舐め腐りやがってぇぇっ! 夕貴、強硬手段だ!!》
(な、なんだよ、強硬手段って……)
《簡単だ、嬢ちゃんの左手掴んで、血を飲め》
本当に簡単なことだった。マリアの左手からの出血はまだ、止まりきっていない。
夕貴は覚悟を決めて、ヴラドに気を取られているマリアの左手を掴み、
「先輩、ごめんなさいっ!!」
「あっ!」
そこに流れる血に口をつけ、啜った。
夕貴は身体が熱くなるのを感じた。
「な、なんてことを……」
マリアが夕貴の行為を非難するが、夕貴にはもう聞こえていない。
自身の精神の世界へと、夕貴は深く、沈んでいった。




