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吸血憑き  作者: 平一平
15/20

14 君の笑顔が見たいから


「……………………」

 マリアは無言で佇んでいる。

 自身の過去を見終わった後、景色がもといた山に戻っても、一言も言葉を発しない

 その隣で、夕貴は今は上空に佇むヴラドに何か動きはないか、見張っている。

 ヴラドも、何故か攻撃などはしてこない。

 ヴラドに気を払いつつ、マリアにも気を配る夕貴。

 夕貴は、マリアの過去を見た。

 凄惨すぎるその過去を知った。

 先程、マリアの言ったことを理解できた。

 こんなこと、繰り返してはならない。

 夕貴も強く、そう思えた。

 力があるなら、自分の手で、こんなことは二度と起こさせないよう、行動すると思った。

 そして、夕貴には今日知ったことではあるが、力がある。

 クロという特別な存在と、魔力という力。

 今までにも夕貴は、他の人が迷惑を被らないように、誰かがやらないといけないことで、自分の力で出来ることは、すべてやってきた。

 思えば、漫画の主人公に憧れていたのだろう。

 特殊な力を持って、人々を救うヒーローになりたかった。

 クロという、特別な存在が自分の中にいると知った、あの十年前から、ずっと抱き続けていた夢。

 逆境に立たされても、絶対に自分が決めたことをやり遂げ、誰かを助ける、創作の中のヒーローたちに、この歳になっても憧れ続けていたのだ。

 夕貴はマリアに話しかける。

「マリア先輩……一緒にあいつを倒しましょう」

 夕貴の言葉にわずかに反応するマリア。

《おいおい、夕貴。まさか、お前も戦おうってつもりじゃないだろうな?》

 クロに釘を刺されるが、

(今から、お前に身体を貸してやる。それで、お前は俺の身体の魔力を使えるんだろ? だったら、俺の身体で戦ってくれ、クロ)

 と、戦いへの意思を見せる夕貴。

 しかし、その決意は、

「ありがとうございます。夕貴くん……ただ、戦うのは私だけで十分です」

 共闘を持ちかけたマリアによって、否決された。

「な、なんで!? 俺も戦えますよ、先輩! クロの力を借りて、ですけど、いないよりマシでしょう!? 俺も、先輩と同じ気持ちなんです! 絶対にこんなことを繰り返させちゃ、いけません!!」

 夕貴が再度、決意を伝えるが、マリアはそれでも否定する。

「私だけで、やります。夕貴くんは出来るならば、逃げてください」

「――っ何でですか、先輩っ!?」

 夕貴の叫びを無視して、マリアは宙に佇むヴラドに宣言する。

「過去を見せれば、戦意を喪失するとでも思いましたか? 残念ながら、むしろ私の士気は上がりましたよ。あなたは、絶対に倒さなければならない相手だと、再確認できましたから!」

 ヴラドはこのマリアの宣言を意外そうに受け止める。

「戦意喪失? そんな効果を狙ってなどいない。これは、そこの宿主くんが、君の過去を知りたそうだったから、冥土の土産に教えてあげただけだ。最初に言っただろう?」

 そう言ってから、何かを思いついたような表情をするヴラド。

「そうだ。君には、天才の死に様でも見せてやろうか? 君は生け捕りが望ましいからな。戦意喪失を誘うのもいい作戦かもしれ――」

「黙れぇぇぇぇっ!!」

 叫びながら、マリアは周囲の木々の枝葉を次々に斬っていく。

「? なにを……?」

 その行動を疑問に思うヴラド。

 やがて、大量の斬った枝葉を、マリアは宙へと次々に放り投げる。

 普通なら、万有引力の法則により、落下を始めるはずのそれらは、

「『固定』っ!!」

マリアの言葉により、そのまま空中に固定された。

 その固定された枝葉を足場にして、マリアは空中のヴラドに斬りかかる。

「はぁあっ!!」

 しかし、聖水の剣の一撃は、ヴラドの魔力を纏った腕により弾かれる。

「なるほど、足場を作って、空中戦も可能にしたわけか……面白い術だな」

 荒れ狂う風の如く放たれるマリアの斬撃を、ヴラドは余裕を持って受け流している。

 その様子を見た夕貴は、

(くっ……やっぱり、先輩一人じゃ無理がある!)

 そう考え、もう一度、クロに頼みこむ。

(クロ! 俺の身体を使って、先輩を助けてくれ!)

 しかし、クロから返ってきた答えは、

《……逃げろ、夕貴。嬢ちゃんが時間稼ぎしてくれてる間に……》

 夕貴の期待を裏切るものだった。

(な、何言ってんだよ! そんなこと、出来るわけ――)

《俺がいくら夕貴の身体を使って手助けしても、結果は変わらねえ。無駄死にするよりは生きる道を選ぶべきだ》

 あくまで、冷静に、冷酷に、クロは告げる。

(――っ! もういい! 俺が自分でやる! クロ! 魔力の使い方を教えやがれ!)

 夕貴は、そんなクロを見限り、自分の力で戦おうとするが、

《それも無理だ、夕貴。魔力の操作ってのは、一朝一夕で出来るもんじゃねぇ》

 即座にそれも却下される。

(無理かどうかなんて、やってみねえと分かんねえだろうが!! いいから早く教え――)

《落ち着け、夕貴っ!!!》

(――っっ!?)

 今までにないくらい、激しい口調で怒鳴るクロに、一瞬、夕貴の身は竦んでしまう。

《……お前の気持ちも分かる。なんだかんだで十年の付き合いだからな……》

 そして、静かに夕貴に語る。

《今まで、お前は割りとどんなことでもやり遂げてきた。誰かが困ることが嫌だから、って本当に自分で出来ることは全てやってきた。それに関しては、素直に褒めてやれる、凄いことだ》

 マリアとヴラドの交戦は続いている。

 木の枝葉の足場を使い、果敢にも攻め続けるマリアだが、避けるヴラドには余裕すら感じる。

 しかし、そんな戦況には構わず、クロは続ける。

《だがな、これは今までお前がなんとかしてきた状況なんかとはレヴェルが違うんだよ! 今までならお前が失敗しても、誰かが迷惑したかもしれねえが、取り返しのつかない状況になることまではなかった。ただ、分かってんのか、夕貴……》

《――人が死んでんだぞ……取り返しのつかねえことが起きちまってるんだ》

 その一言は、夕貴の心に深く、深く突き刺さった。

《俺は自分の命が惜しいから、逃げろ、って言ってんじゃねえんだよ……このまま、何の勝機も無しにあの髭に戦いを挑んでみろ、間違いなくお前は殺される。すると、どうなる? お前が死んだら、俺の魂も消されるだろう。そしたら、俺の身体にかけておいた妨害魔術の効果は切れ、嬢ちゃんが捕まり、カインの復活が現実のものとなる……》

 夕貴の身体が、震えだす。

《ホントに分かってんのか、夕貴!? お前の行動には、人類の命運がかかってると言っても過言じゃねえんだぞっ!! それが分かってて、無謀にも戦うなんて言ってんだな!? 漫画じゃなく、現実のことなんだぞ!!》

 クロから放たれた事実の一言に、今まで考えていなかった、いや、考えたくなかった現実を直視させられた。

 人が、死んでいるのだ。知らない人も、知り合った人も、死んでいるのだ。

 会ったばかりの、知り合ったばかりの、あの人の顔が思い浮かぶ。

 さらに、ここで夕貴が死ねば、全ての人間が『吸血憑き』になってしまう。

 自由のない、化け物になってしまう。

 親も、友達も……。

「あ、あ………………っ」

 震えが止まらなくなる。

 麻痺していた感覚が蘇る。

 それは恐怖、という感情。

《……分かったか、夕貴。お前が取るべき行動が……》

 クロが優しく語りかける。

 しかし、そのとき、

「――くぁっ!!」

 空からマリアが落ちてきた。

 ヴラドの反撃をまともに食らったようだ。

「せ、先輩っ!」

 夕貴がマリアを受け止める。

「先輩っ! 大丈夫ですか、先輩っ!!」

「へ、平気ですっ!」

 即座に態勢を立て直すマリア。

 が、全身、傷だらけで所々、出血していた。

 特に、左手からの出血が激しい。

「――そろそろ諦めてくれんかね、『神血』の少女よ。君を殺すのは、あまり得策ではないのだよ」

「……そう言われて引き下がるとでも? ふざけるなよ、吸血鬼!」

 口調まで変わるほど、マリアの心は怒りで満ち溢れているようだった。

「君の協力があれば、人間は救われるのだよ」

「……カインが復活するからですか?」

 マリアの一言に、ヴラドは一瞬、驚くが、夕貴を見て納得する。

「なるほど、クロウリーが教えたのか……なら、分かるだろう? 彼が復活すれば、人間は私たちと同等の存在になれる」

「お前たちの奴隷の間違いでしょう! 『吸血憑き』になれば、自由がない!」

 マリアの反論を聞いて、

「……ふぅ、我には分からんな、人間というものが……」

 なにやらため息をついて、語りだすヴラド。

「我が儀式が成功すれば、我らが王、カインが復活し、その王の慈悲により、人間は短い生から脱却し、永遠に近い命を得ることになる。それに比べたら、多少の自由を失うことなど、小さいことだ。我らからすれば、人間という上質な食料を失くすことになるが、これも、この地に生まれた最上の生き物としての務めだと思い、譲歩しているというのに……」

「身勝手な屁理屈をほざくな!」

 マリアがヴラドの言葉に吼える。

「あなたたちがなんと言おうと、私や『エクソシスト』は、あなたたちの理屈を良しとしません! 精神の自由のない永遠の生など、死と同義です!」

 そして、最後に付け加える。

「そして、町の皆を殺した貴様を、私は赦さない!!」

「……私怨で、我らが譲歩を断るのか? そもそも、貴様の両親を殺したのは『エクソシスト』ではないか」

「……これ以上、貴様と会話するつもりはない!!」

 マリアがヴラドとの会話を、強引に切る。

 そして、夕貴に話しかける。

「夕貴くん……あなたは逃げるべきです。私が、なんとかしますから……」

 優しい笑顔で話しかける。

 夕貴はその笑顔を見て、疑問が脳内に浮かんだ。

 この人は、なんでこんなに微笑むことが出来るのだろう?

 学校で出会ったときからそうだった。

 笑顔が印象的な人だった。

 あんな悲惨な過去を持ちながら、笑っている。

 だが、

 これは、本当の笑顔なのだろうか?

 マリアの過去を見た後だと、無理をしている笑顔に見えて仕方なかった。

 この人の、本当の笑顔を見たい。この人を、助けたい。

 そんな、単純明快な理由で、

(……クロ……)

《……なんだ?》

 聞き分けのない子供の様に、

(……魔力の使い方を教えてくれ!!)

 無茶な頼みごとをした。

《お、お前、人の話、聞いてないだろ!!》

 クロが文句を言うが、夕貴は考えを改めるつもりはない。

「先輩、俺は逃げません」

「えっ!?」

 その証として、マリアにそう宣言する。

「な、何を言ってるんですか!? 早く、逃げて――」

「逃げません」

 あくまで自分の意思を貫く。そう決めた。

「人が死んでいる、って状況で、こんなことを言うのもどうかと思うんですが、俺は諦められないんです! 漫画のヒーローのようになることを、未だに諦めきれない、中二病患者なんです! 誰かを助け、誰かにとってのヒーローになることを、諦めたくはない!!」

 夕貴の心の底からの言葉に、クロやマリアはおろか、ヴラドまで驚いた顔でその言葉を聞いている。

「――俺は、あなたを助けたい。あなたを助けられる、ヒーローになりたいんです……!!」

 誰が聞いてもチープな台詞に聞こえるだろう。

 痛々しい台詞にも、聞こえるだろう。

 そんなことは言った本人も分かっている。

 それでも、これが、柘植夕貴の心からの叫びだった。


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