13 敗れた天才
「――うっ……」
「マ、マリア先輩! 大丈夫ですか!?」
夕貴は、一瞬だが気を失っていたマリアに必死に話しかける。
「……えぇ、大丈夫です」
その言葉に、夕貴は少し安心する。先程までと比べても、回復していることが分かる声色だったからである。
《もう、回復したのか。『神血』の力は凄いな》
クロがそんなことを呟く。
山道を走り続ける夕貴だったが、気になることがあったので、クロに問う。
(クロ! その『神血』って何なんだ? 先輩が狙われてる理由って、それなんだろ?)
《……簡単に言やあ、吸血鬼の力を増幅させる、特殊な血のことさ。三百億人に一人くらいの確率で、その血を持った人間が生まれることがある。そして、それが嬢ちゃんだったのさ。あと、『神血』は、カインの復活には欠かせない、重要な素材でもあるんだ》
クロの説明を受けて愕然とする夕貴。
(吸血鬼の力を増幅させる血……?じゃ、じゃあ、先輩はまさか、生まれながらに吸血鬼に狙われることになっていた……?)
《そうなるな。ただ、誰が『神血』持ちかなんてのは、そいつの近くで確認しないと分からない。でも、あの髭野郎は百年も前から、魔術で絞り込みをかけて、『神血』持ちが生まれるであろう場所を予測してたみたいだけどな》
夕貴が自身の背中のマリアを見る。
生まれながらに不幸を背負ったと言ってもいい少女を見る。
この人はどんな経緯があって、『エクソシスト』になったのか、気になった。
「――夕貴くん」
「は、はい!」
突然、呼びかけられて、動揺する夕貴。
「悪いんですが、降ろしてくれませんか? 私はもう、大丈夫ですから……」
「あ、わ、わかりました」
一旦、走るのをやめて、夕貴はマリアを自らの背中から降ろす。
そして、マリアの調子を確かめる。
「本当に、大丈夫ですか?」
「えぇ、問題ありません」
マリアが軽くストレッチをして、そう答えたので、夕貴は走り出そうとした。
しかし、
「夕貴くんは、そのまま隣町に向かってください。私は戻ります」
「は、はぃ? って、だ、ダメですよ! お姉さんに先輩を連れて逃げろ、って言われたんですから……」
急にマリアがとんでもない発言をしたので、そこでまた立ち止まる。
「そ、それに、先輩はまだ、本調子じゃないでしょう!?」
「そんなこと関係ありません! 私は『エクソシスト』です! 私みたいな人を二度と出さないためにも、吸血鬼とは戦わなくちゃいけないんです!!」
マリアの言葉と、その異様なまでの気迫に、夕貴は圧倒される。
「な、なんでそこまで……先輩みたいな人を出さないためって、いったい……」
「あっ…………」
夕貴の反応で、言わなくてもいいことを言ってしまったことに気付くマリア。
沈黙が一瞬、夕貴たちの空間を支配する。
「……先輩、昔、何が――」
あったんですか、と夕貴が聞こうとした、そのとき、
「知りたいか? クロウリーの宿主よ?」
上空から何者かに、声をかけられた。
いや、何者かなんて分かっている。
ただ、信じたくなかっただけだ。
夕貴とマリアが上空を確認すると、
満月の光を背に受けて、蝙蝠のような一対の羽を生やして、
『最も高名な吸血鬼』、ヴラド・ツェペシュが空中で佇んでいた。
「な、なんでお前がここに……」
「そんな分かりきった質問をしなくてもいいだろう? 我がここにいる理由など、我があの天才に勝ったからに決まっている」
夕貴の質問に、余裕で答えるヴラド。
「お姉ちゃんをどうしたぁっ!?」
叫んで問うマリアに対しても、同じ態度で、
「あぁ、彼女は、煮ても焼いても美味しくその身や血を食べさせてはくれないだろうからね。跡形もなく、我が魔力で消し飛んでもらったよ」
と、答える。
その瞬間、マリアはヴラドに吼えた。
「嘘をつくな!! お姉ちゃんがお前に負けるものかっ!!!」
そして、即座に、聖水の剣を作り出し、ヴラドに斬りかかる。
しかし、空中にいるヴラドは、ひらりと身をかわし、さらに高度を上げて、マリアの攻撃が届かないであろう位置で止まる。
「その『神血』の少女の過去を知りたいか? クロウリーの宿主よ?」
先程と全く同じ質問が投げかけられる。
「遠慮するな。どうせ貴様たちは、すぐさま死ぬ身だ。日本でいう、冥土の土産というやつだ」
そう言って、夕貴とマリアに向けて、手をかざす。
魔力の衝撃波が来る、と思い、避けようとした夕貴とマリアだったが、待っていたのは、違う効果だった。
「な、こ、これは……?」
夕貴は驚きを隠せない。周りの風景が切り替わっていったからだ。
どこかの町のような風景へと変貌をみせる。
《これは……ヴラドの記憶の投影?》
クロによると、幻を見せる魔術――幻術の一種らしく、ヴラドの記憶を再現しているらしい。
「こ、ここは……っ!?」
「せ、先輩!?」
マリアの様子がおかしいのに気付いた夕貴は、傍に駆け寄る。
「どうしたんですか? 先輩!?」
夕貴の呼びかけが聞こえてないのか、マリアは呆然と呟く。
「私の、町……」
「? 先輩の、町?」
夕貴が言葉の意味を図りかねていると、
やがて、
「や……!」
死の舞台が、
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
開幕した。




