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吸血憑き  作者: 平一平
13/20

12 酒血肉林


 ――イギリスのとある山奥の田舎町で、マリアは生を受けた。

 父は日本の有名なカメラマン。母はイギリスのその田舎町の農婦。

 風景の写真を撮りにきた父は、偶然、母と出会い、一目惚れをし、交際を重ね、やがて結婚。

 カメラマンを続けつつ、この田舎町で暮らすことを決意した。

 そして、授かった宝物。

 マリアと名付けられた少女は、両親の愛を受け、素直ないい子へと育っていった。

 しかし、マリアが七歳になった頃、

 突如として、そんな幸せが崩壊することになった。


「マリア! ここに隠れていなさい! 何があってもここから出ないで!」

 マリアの母が厳しい口調で言いつける。

 マリアは、毛布を被せられ、物置の奥深くに押し込まれた。

「ま、ママ……パパは、どうなっちゃったの?」

 先程見た光景を思い出す。

 大勢の人が、この町にやってきた。

 時刻は夜の七時。観光名所でもない、こんな山奥の田舎町に、こんな時間に大勢の人が来るなんて事は、まず有り得ない。

 不審に思ったマリアの父と、町の男たちが、その人たちに事情を聞きにいった。

 マリアはその様子を、母と一緒に家の窓から見ていた。

 マリアの父が団体の先頭に立つ男に話しかける。

 燕尾服に黒いマント、この場に似合わぬ正装をした男だった。

「どうしました? この辺りはホテルや観光名所はありませんよ? ひょっとして、道に迷われたのですか?」

 尋ねられた燕尾服の男が答える。

「いや、なに、実はだね……」

 邪悪な笑みを浮かべ、男が答える。

「ここにいるはずの、『神血』の子供を頂きに、ね」

 そう答えた瞬間、燕尾服の男が、マリアの父の首筋に噛み付いた。

 マリアの父からみるみるうちに、生気がなくなっていく。

 それを見た他の男たちが、燕尾服の男を止めようとするが、

「しゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 燕尾服の男の後ろに控えていた人たちが、襲い掛かってきた。

 マリアの父と同じように噛まれる男たち。

 そして、燕尾服の男が噛み付くのを止め、ぐったりとしたマリアの父に話しかける。

「この町にいる子供を集めてこい。子供以外は、吸ってしまえ」

 すると、マリアの父は、生気のない顔のまま、頷き、ゆっくりと町のほうに戻っていく。

 他の男たちも同様だ。

 その異常さに気付いたマリアの母は、とにかくマリアを守ろうと、物置に隠すことを決めた。

「パパは……っ! とにかく! 絶対にここから出てはダメよ!」

 マリアの母はそう言って、物置のドアを閉めた。

 マリアは母の言うことを聞いて、大人しく、毛布に包まっていることにする。

 光の入らない物置は、暗闇が広がるばかりだ。

 マリアの心には、不安が広がっていく。

 少しして、扉の向こうから声が聞こえてきた。

「あなた! いったい、どうしたの!?」

「……マリアを、出せ……」

「おかしいわよ! あなた! いったい、何が……」

「……うるさい」

「きゃあぁぁぁぁっ!?」

 母の悲鳴とともに、食器が落ちて割れる音、なにか家具が倒れる音が聞こえてくる。

 しばらく、その音が続き、やがて、静かになる。

 そして、

「……マリア、出てきなさい……」

 母の声が、扉の向こうから聞こえる。

 いつものマリアなら、素直に言うことを聞いて出ていっただろう。

 しかし、子供とはいえ、マリアにも分かった。

 異常なことが、この扉の向こうで起こっている。

 マリアは毛布に包まり、がたがた震えて、母の声を無視する。

 しかし、扉は開かれた。

 二人分の足音が入ってくる。

 父と母の足音に決まっている。そう、決まっているのだ。

 だが、マリアは、どうしても、そうだと思えなかった。

 やがて、毛布を剥ぎ取られる。

 マリアは怯えながらも、わずかな希望を持って、そこにいる人の顔を見る。

 いつもどおりの優しい笑顔を浮かべた、両親の顔を夢見て、見上げる。

 そして、

 死人のような顔をした両親を見て、絶望に叩き落とされた。

「さぁ……来るんだ……」

 父に無理やり腕を掴まれ、物置から連れ出されるマリア。

「や、やだぁぁぁっ!! 痛いよ、パパ!! 離してぇっ!!」

 得体の知れない恐怖を感じて、マリアは泣き叫ぶ。

 しかし、父と母は顔色一つ変えずに、マリアを外に連れ出す。

 外では、同じように子供たちが泣き喚きながら、大人に連れてこられていた。

 向かう先では、燕尾服の男の前に、先に連れて行かれた子供たちが座らされていた。

 皆、拘束などは受けていないが、逃げようという素振りも見せない。

 マリアは、他の子供たちと同じように、燕尾服の男の前に座らされて、その理由を理解した。

 男から発せられる、異常な気配、圧力。それに恐怖し、身体が全く動かなくなってしまう。

 動いたら即座に殺される。動かなかったら、少しは生き延びられる。

 短い時間しか、生きていない子供の本能に、そう感じさせる圧力だった。

 やがて、町の子供たち全員が集められる。

 小さな田舎町だったので、そんなに人数はいない。十数人ほどである。

「ふぅむ……」

 その子供たちを見回す、燕尾服の男。一人一人、お宝の鑑定をするかのように、眺めていく。

「…………」

 マリアも他の子供も、恐怖を感じながら、無言でじっと座っている。

 そして、

「……ほぉ」

 マリアの手前で、男が止まる。

 マリアの顔をじっと観察し、

「……君のようだな、だが、少し確認しようか」

 そう言って、マリアを立たせる。

 訳も分からず、立ち尽くすマリアに、

 男は自身の鋭い爪を叩き込んだ。

「――っぁ」

 腹を深々と刺され、血を吐いて倒れるマリア。

 出血は激しく、その様子を見ていた他の子供たちが泣き喚く。

 明らかなる致命傷の傷を受け、マリアの意識は遠くなる。

 しかし、

 マリアは意識を完全に失くすこともなく、死ぬこともなかった。

「ふははははっ!! やはり、君のようだな!!」

 そんなマリアの様子を見て、男は歓喜の笑みを浮かべる。

 マリアの腹部の出血は明らかに治まり、傷も癒えかけていた。

「流石は『神血』の持ち主、大した再生能力だ!!」

 そして、男はマリアを抱きかかえる。

 傷は癒えかけているとはいえ、致命傷を一時は負い、致死量近い出血をしたマリアの身体は自由に動かない。

 ぼんやりとした意識の中、マリアは他の子供たちのほうを向いていた。

 子供たちは皆、泣き喚き、混乱していた。

 そんな中、マリアを抱えた男は、他の連中に命令する。

「この少女以外は、もういらん。好きにしていいぞ」

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 その命令を受け、喜びの雄叫びを発する人外の化け物たち。

 そして、酒池肉林といっても差し支えのない、宴が始まった。

 子供たちの悲鳴を音楽代わりに、化け物たちは血を飲む。もちろん、子供たちの血である。

 肉を喰らい、文字通り、浴びるように血を飲み干す。

 そんな光景を、マリアはかろうじて残った意識の中、見せ付けられる。

 現実であってほしくない光景が、網膜に焼き付いてしまった。

「ふははははははははっ! 愉快、愉快!」

 男も同じ光景を見ているはずなのに、笑いが止まらないくらい、楽しいらしい。

 少女には、全く理解できない思考回路。

 眠ってしまいたい。少女はそう思った。

 これは、夢なんだ、と考えた。

 夢の中で眠ってしまえば、反対に現実では起きるのではないか、と考えた。

 しかし、どう誤魔化しても、現実はこちらなのだ。

 あまりに酷い現実だった。

「さぁ、我は城に引き上げることにしよう。『神血』の少女と共にな」

 そう言って、男は背中に蝙蝠の翼を生やす。

 他の化け物たちはいまだ、宴の真っ最中だ。

 そんな光景を眼下に、宙に浮かび上がったそのとき、

「『改約聖書』! 『吸血鬼を二つに断ち切り、全てを主に捧げよ』!」

「なっ!?」

 野太い男の声で、そんな言葉が聞こえたのと同時に、燕尾服の男は何かを避けるような動作をする。

 しかし、片方の羽が根元から斬り落ちた。

「ぐぬっ! 不可視の刃だとっ!?」

 そのダメージにより、マリアを落としてしまう。

 マリアは落ちる瞬間、きれいな、とてもきれいな満月を見た。

「音芽ぇっ! 拾えぇぇぇっ!」

「はい! 師匠!」

 先程の野太い声が聞こえたのとほぼ同時に、マリアは誰かに抱きかかえられる。

「無事、保護しました!」

 女の人の声が聞こえる。

 マリアの瞳に、黒髪の女性が映る。

「よし! 音芽はその娘をそのまま保護! 他は全員、俺に続け! 気合入れろ、相手は『最も高名な吸血鬼』、ヴラド・ツェペシュだ!!」

「ちっ……厄介な奴らだ」

 燕尾服の男――ヴラドは斬られたはずの羽根を即座に再生し、ここでは形勢不利と見て撤退する。

 それに続いて、何体かの『吸血憑き』も撤退する。

 それを見届けて、音芽はマリアに話しかける。

「おい、大丈夫か、お嬢ちゃん」

 マリアは朦朧とする意識をなんとか保ち、答える。

「うぁ……」

 しかし、うまく返答できない。

「無理に返事しなくていい」

 音芽がマリアを気遣い、制する。

 だが、なんとか声を出すマリア。

「……お、ばちゃん、誰……?」


 ピシリ、と

 何かが割れるような音が聞こえた、気がする。


 ボスッ!

「ぴぃぃっ!?」

マリアはいきなり傷口を殴られた。

「良かったな、お嬢ちゃん。痛みを感じるなら、最悪の状態ではない。それと、私はまだ二十歳だ」

「ご、ごめんな、さい、おねえ、ちゃん……」

 とりあえず、謝って訂正しておくマリア。

「……というか、もうほとんど傷は塞がっているな、流石、『神血』持ちだ」

「……?」

 マリアは『神血』というよく分からない言葉を疑問に思うが、

「がぁぁぁぁぁぁっ!」

「かぁぁぁぁぁぁっ!」

「むっ!」

 『吸血憑き』が二体、襲い掛かってきたので、質問は出来なかった。

 気付いた音芽が迎撃し、瞬時に素手で『吸血憑き』二体の首を狩る。

 しかし、

「っママ! パパ!!」

「っ!?」

 灰になって、消滅していく『吸血憑き』二体を見て、

 満月の光が降り注ぐ中、

 悲痛な叫びが、マリアから放たれた。


 その後、音芽たち『エクソシスト』は、ヴラド・ツェペシュの行動封印に成功する。

 この際、『聖法教団』は住民が一人を残して、全員が死亡した町のことを、土砂崩れで住民全員が犠牲になったことにして、もみ消した。

 マリアは『聖法教団』に預けられることになった。その際、戸籍を失ってしまったマリアの保護者として音芽が名乗り出た。そのため、マリアは戸籍上、音芽の娘ということになっている。


 そして現在、彼女は『エクソシスト』として、活動している。


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