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吸血憑き  作者: 平一平
10/20

9 エクソシスト


 そして、

「そこを左です」

「は、はい」

 歩けないマリアを背負って、夕貴は指示通りに動き、マリアの家を目指すことになった。

 マリアの頼みとは、夕貴にマリアの家まで連れていってもらう、というものだった。

「……すみません、本当に」

 本来、助けるべき一般人に助けられている、という羞恥と申し訳なさから、マリアは顔を赤くして謝る。

「い、いえ……」

 一方、夕貴の顔も真っ赤である。こちらの赤面の理由は、

《嬢ちゃん、見かけどおりに軽いし、良い匂い、するよなぁ~》

(黙れ、クロ!! 意識させんじゃねぇっ!!)

 という、思春期の少年にとって、当然とも言えるものであった。

「次の突き当りを右に。そうしたら、ちょっとした山と教会が見えると思います」

「わ、分かりました」

 なんとか意識していることを顔には出さないようにして(前述の通り、顔色に出まくっているので無意味な努力ではあるが)、マリアの指示通りに進む。

 ちなみに、マリアの家はその教会らしい。夕貴のマンションと同じ方向にあるということだったが、少し郊外にあるようだ。

 やがて、裏にちょっとした山がある教会が見えてきた。

「あれがそうですね」

 夕貴の確認に、マリアは頷いて答える。

 もう、返事をする体力もないのか、と心配になった夕貴は、

「少し、急ぎます」

 そう言って、夕貴は走り出す。

《教会かぁ、まさか、俺が教会に入る日が来るとはなぁ……》

 なにやら、クロが感慨深げに呟く。

(――って、お前、吸血鬼なのに入れんのかよ、教会……)

《あぁ、全然大丈夫だぜ、にんにくも食えるし、太陽の光も大して問題ない。別に血を吸うのも、さして必要なわけじゃない。物語の吸血鬼とは違う生き物だと思ってくれ》

 色々、吸血鬼に関する常識だと思っていたことを覆された気がする。

(じゃあ、何で血を吸うんだよ)

《一言でいや、趣味だな。味が好きって奴もいるし、『吸血憑き』って名前の奴隷を欲する奴もいる。あと、血には個人情報のほかに、魔力もたっぷり詰まってるから、それを手に入れる、ってのもあるかな。要するに、千差万別さ》

とんでもなく、個人的な理由で血を吸われるということにショックを受ける夕貴。だが、今はそんなことよりマリアが心配だったので、教会に急ぐことにする。


 教会前に辿りつくと、マリアが夕貴に話しかけてきた。

「ありがとう、夕貴くん。ここで、降ろしてください」

「大丈夫ですか?」

「えぇ、大分、回復してきましたから」

 夕貴は屈んで、マリアを降ろす。

《あぁ……気持ちいい感触が去っていく……》

(いい加減黙れよ、お前……)

 夕貴とクロがそんな会話をしている間に、マリアは教会の門を開けていた。

 そして、入り口の大きく、重そうなドアをゆっくり開ける。

 礼拝堂、というのだろうか。幾つかの長椅子と、祭壇が見えた。

 奥のほうには、扉も見えた。

「ただいま、お姉ちゃん」

 マリアがそう言って、中へと入っていく。夕貴もそれに続く。

 すると、部屋の奥に見えた扉から、一人の女性が現れた。

「……マリアか」

 綺麗な女性だった。

 見た目は二十代くらいだろうか。女性にしては高い背丈、まさしく鴉の濡れ羽色といえるセミロングの黒髪、全てを見通すような切れ長の瞳が印象的だった。

 だが、なによりインパクトがあったのは、修道服を着つつも、タバコを吸っている、というギャップだった。

(……し、シスター……なのか?)

《……服装だけはそうだな》

 夕貴は完全に呆気に取られている。

「お姉ちゃんで、私の上司の伊勢音芽です」

 マリアが紹介してくれた。

 どうやらマリアの姉――音芽も『エクソシスト』らしい。

(日本人?)

 音芽の名前を聞いて、夕貴は疑問を感じる。

 マリアの姉であるならば、マリアと同じくハーフだと考えるのが、普通だろう。

 しかし、マリアはどう見ても、日本人以外の血が流れていることが分かる容姿だが、音芽はまさしく、生粋の日本人としかいえない容姿だ。

 そして、姉妹にしてはあまり似ていなかった。

「お姉ちゃん、この人は……」

 夕貴を紹介しようとしたマリアの言葉を無視して、音芽はマリアに近づいていく。

「怪我をしているな」

 マリアの胸部を見て、そう呟く音芽。

「う、うん、ちょっとやられちゃった……」

マリアの答えを聞いているのかいないのか、音芽は長椅子を指差し、

「ここに寝ろ」

 と、命令する。

「う、うん」

 素直に従うマリア。

「で、だ。そこの少年」

「は、はいっ!」

 いきなり、呼びかけられた夕貴は緊張して、思わず大きな声で反応してしまう。

 切れ長の瞳に見つめられ、夕貴はさらに緊張してしまう。

 そして、音芽がただ一言、夕貴に告げる。

「ちょっと、後ろ向いとけ」

「……………………………………………………はい?」

 一瞬、言われたことの理解が出来なかった。

 音芽はその一言だけ告げると、マリアのほうに向き直った。

 そして、突然、

 マリアの服を脱がしにかかった。

「ふぇぇぇっ!? お、お姉ちゃん!?」

「傷口の確認だ」

「だ、だからっていきなり脱がさないで――っきゃあああっ!?」

 抗議の声をあげるマリアを無視して、音芽は服を脱がす。

 白い肌が外気に晒され、自然と目線はその素肌に――。

「――はっ!?」

 あまりの展開についていけず、固まってしまっていた夕貴だったが、事態を理解し、すぐに身体を百八十度、回転させる。

《いやぁ、眼福だったなぁ、夕貴♪》

(うるっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!)

 今見た光景を、マリアへの配慮のため、必死に忘れようとする夕貴。

 しかし、夕貴も健全な男の子。簡単に忘れられるわけもない。

 後ろで、憧れの女性が、肌を晒している。

(うおおおおおおおっ!! 気にするな!! 忘れろ俺!!!)

 そして、夕貴が自身の妄想と対決している、その後ろでは、

「ふむ、一応、消毒はしておくか」

「しょ、消毒!?」

 なにやらそんな会話が、繰り広げられていた。

 音芽は液体の入った小瓶を取り出す。

「お、お姉ちゃん? それ、聖水だよね?」

「そうだ。これを傷口にかけて、消毒する。『吸血憑き』がなにやら呪いの類をかけたかもしれないから、解呪も兼ねてな」

 この会話を聞いて、クロが夕貴に話しかける。

《夕貴、聖水って知ってるか?》

(あぁ!? 清めた水のことじゃねぇのか?)

 妄想をしないようにしていた夕貴は、クロの話を聞いて、違うことを考えようとする。

《あぁ、その水にあるものを加えると完成するんだ。なんだと思う?》

(……愛?)

《料理じゃねぇんだから……まぁ、入れるもんは料理にも使うけど》

(……分かんねぇ、何を入れるんだ?)

《塩》

 しばしの沈黙の後、

「ぴぎゃーっ!!」

 傷口に、聖水という名の塩水をぶっかけられたマリアの叫び声が、教会内に響く。

「せ、せんぱ――っ!!」

 マリアの悲鳴に、夕貴は振り向こうとするが、マリアが上半身、裸の状態であることを思い出し、振り返れない。

 その間にも、悲鳴は続いた。

「ぴゃあぁぁぁっ!!」

「少しぐらい、我慢しろ」

 さらりと無茶を要求する音芽。

「だいたい、お前が怪我をして帰ってくるのが悪い。私は、お前を信用して仕事を任せてやったのに、大怪我して帰ってくるとは何事だ。しかも、一般人連れて戻ってくるとは、不甲斐ないにもほどがある。私はお前が憎くて、こんなことをしているわけじゃないぞ。楽し……ごほん、お前を可愛く思っているから、こうしてだな……」

 なにやら、長々とお説教をしているが、

(……今、楽しいから、って言いかけたよな)

《サドだな》

 夕貴たちは問題発言を聞き逃さなかった。

 やがて、聖水を使い切ると、

「これで消毒は終わりだ。早く着替えてこい」

 音芽はそう言って、マリアを解放する。

「ひゃ、ひゃい……」

 マリアはふらふらしながら、奥の扉に向かう。

《イジメのような消毒だったな》

 クロは、まさにその通りといえる感想を述べる。

「さて、と……少年、こっち向いてもいいぞ」

「は、はい」

 音芽の呼びかけに応じる夕貴。

「少年、名前は?」

「あ、つ、柘植夕貴です」

「ふむ、では少年」

 名乗ったが、結局、呼び方は「少年」のままだった。

《まるで名乗った意味がねぇな》

 クロの突っ込みはもっともなことである。

 すると、突然、音芽は夕貴に顔を近づけ、なにかを確認するように夕貴を見つめる。

 近い距離で、音芽を見ることになった夕貴は、心臓を高鳴らせる。

 改めて見ても、この女性はとても美人だった。マリアには、可愛い、という形容詞が似合うが、音芽には美しい、という表現がぴったりである。

 年上の女性の色香、というものだろうか。少年である夕貴の心を揺さぶる魅力があった。

 そして、夕貴の観察を終えたのか、音芽は夕貴から離れ、近くの長椅子に腰をかける。

 持っていたタバコを携帯灰皿に入れ、音芽は夕貴に話しかけた。

「君には、なにやら厄介なものが憑いているな」

「っ!!」

 見ただけでクロの存在を言い当てた音芽に、驚く夕貴。

「おい、少年の中にいる奴、姿を見せてみろ」

 音芽は新しいタバコを取り出しつつ、命令する。

(く、クロ、姿を見せるなんて出来るのか? また、俺の身体を乗っ取るつもりじゃ……)

《……いや、それには及ばねぇ。お前の魔力、少し借りるぜ》

 クロがそう言うと、突然、夕貴の右肩辺りから、光が発せられた。

「な、何だ!?」

 夕貴は驚いたが、光はすぐさま弱まり、やがて消えた。

 しかし、夕貴は自分の右肩に、何かが乗っているのに気付いた。

「う、うわっ!?」

 夕貴がびっくりして、声をあげる。

 それは、蝙蝠――のような生き物だった。

 何故、蝙蝠と断定できないかというと、あまりにも丸々と太っていたからだ。

 そして、その蝙蝠のようなものが、

「よし! 成功だ!」

 なんと、喋りだした。

「なっ!? しゃ、喋った!? って、その声……まさか、お前、クロか!?」

 夕貴の問いかけに、蝙蝠のようなものが腹を突き出して――おそらくは胸を張ろうとしているのだろう――答える。

「おうよ! 夕貴の魔力を使って、代わりの身体を具現化してみたぜ! どうだぁ、かっこいいだろ!!」

 堂々とそんなことを言い放つクロに対して、

「デブだな」

 音芽が一刀両断、言い放つ。

「ガーンっ!?」

「うわ、口で言いやがった……」

 ショックを擬音で表すクロ。

「馬鹿な……やっぱり、『神血』の補助なしで他人の魔力じゃ、微調整は出来ないのか……」

 クロは一人でぶつぶつと呟いている。

「そ、そうだ! 魔力ってなんだよ!? なんで俺がそんなもん持ってんだよ!? 『神血』ってのも分かんねぇし!!」

 夕貴は思い出したように、クロに問いただす。

「ぐえぇぇっ!?」

 勢いあまって、蝙蝠と化したクロの首を絞める形になっていた。

「あ、す、すまん」

 慌てて手を離す夕貴。

 そこに、音芽が話しかけてきた。

「少年、慌てるな。魔力を持つ人間なんて、この世にたくさんいる」

「そ、そうなんですか!?」

 夕貴は意外そうな顔をして、音芽のほうに向き直る。

「この世にいる人間の半分くらいは、魔力を持っている。それ自体は珍しいものでも何でもない。魔力の存在を知り、使い方を知っている、となると、滅多にいないがな」

 音芽はタバコを吸いながら、そんなことを教えてくれた。夕貴の肩の上に、いつの間にか戻ってきたクロも、肯定し、補足する。

「その魔力の存在を知り、使い方を知っているのが、あんたたち、『エクソシスト』だろ?」

「その通りだ、デブ蝙蝠」

 音芽はクロの発言を肯定する。

 クロは「誰がデブ蝙蝠だぁぁぁっ!」と文句を言うが、音芽は完全に無視する。

「私たち、『エクソシスト』は『聖法教団』に所属し、昔から、吸血鬼と呼ばれる存在と戦い続けている。奴らと同じ力である、魔力を使ってな」

「せ、『聖法教団』?」

 聞きなれない言葉を繰り返す夕貴。

「あぁ。この教会を見て、キリスト教かと思ったかも知れないが、全く別の団体だ。私たちは吸血鬼を倒すためなら、キリスト教のような設立の古い宗教団体なら、どんな団体からも援助を受けられる、という特権を持っている。だから、こんな風に教会を借りたりも出来る。このことは、その宗教団体のトップしか知らないがな」

 にわかには信じられないことを話す音芽。しかし、『吸血憑き』という化け物の存在、吸血鬼の存在を知った夕貴は、もはや信じざるを得ない。

「『神血』については、少年が知る必要がないことだ。よって、質問は却下だ」

 もう一つの質問については、きっぱり、こう言われてしまい、答えを得ることは出来なかった。

「さて、次は私の質問だ。少年、そいつは何者だ?」

 タバコで一服いれて、音芽は夕貴に疑問を投げかける。

「何者と言われても……吸血鬼だって本人が……」

「おうよ。吸血鬼、アレイスター・クロウリーとは、俺のことだぜ!」

 自信満々に、腹を突き出して宣言するクロ。

音芽が意外そうな表情で聞き返す。

「お前が? あの、アレイスター・クロウリー?」

 音芽もクロの本名を知っているらしい。クロ本人も自分の認知度の高さに満足してか、また腹を突き出している。

 そのとき、奥の扉が開き、マリアが戻ってきた。

 制服から修道服に着替えていた。

「アレイスター・クロウリー……近代最強といわれる『最も新しい吸血鬼』……」

 マリアが、まるで歴史書の著名な人物の説明をするかのように、呟きながら、音芽の隣に佇む。

 顔色も良く、足取りもしっかりしている。もう、先程のダメージからは回復しているようだ。

「そのアレイスター・クロウリーが、何故、夕貴くんに取り憑いているんです?」

 戻ってきて早々、質問を繰り出すマリア。

「う~ん……実はな、仲間内でちょっと殺し合いになっちまって、身体を分捕られちまったんだ」

 重要なことをかなり軽く言い放つクロ。

「んで、魂だけはなんとか無事だったんで、そのまま逃げることにしたんだが、魂だけだと自然消滅する恐れもあったんでな。出来るだけ、魂の安定が望める、魔力の多い人間を宿主にしようとさ迷っていたら、『こっくりさん』なんてやってる、魔力もアホみたいに多い人間がいたから、こりゃ、都合がいいって、取り憑いたってわけ」

 夕貴がこのことに、ある疑問を抱く。

「……『こっくりさん』をやってるのが、都合のいいことだったのか?」

 その疑問に、音芽が呆れながら答える。

「何も知らずに、『こっくりさん』なんてやったのか? あれは本物の交霊術だ。魂を引き寄せる力がある」

 そんなことを知らなかった夕貴は、今になって明かされた事実に驚く。

「じゃ、じゃあ、『こっくりさん』をやってなきゃ……」

「少なくとも、その時に取り憑かれることはなかっただろうな」

 音芽の答えを得た後、夕貴は少し考え、もう一つ、疑問を口にする。

「……あと、俺の魔力って、そんなに多いのか?」

 これには、クロが答える。

「お前、ホントに人間か、ってくらい多い。はっきり言って異常」

 喜ぶべきか、悲しむべきか悩んでしまう答えだった。

「まぁ、魔力が多少は先天性のものだ。私もマリアも人間にしては多いほうだ。そんなに気にすることではない」

 フォローをしてくれたのか、タバコの煙でリングを作りながら、音芽が言う。

 すると、今まで黙っていたマリアが驚きの表情で、

「…………そ、その蝙蝠が、アレイスター・クロウリーですか?」

 今更、そんなことを尋ねてきた。

「あぁ、他人の魔力では、この仮の姿を具現化するのが精一杯だったんだよ」

 クロが説明するが、マリアはそんなことは聞かずに一言、

「……可愛い……!」

 と、呟いた。

(趣味悪っ!!)

 夕貴は、肩に乗るメタボリックな蝙蝠を見て、そう思った。おそらく、音芽も同じことを考えているのだろう。俯いて、呆れている。

 場の雰囲気に気付き、マリアが「こほん……」と一つ、咳払いをして、

「何故、仲間内で殺し合いなんて……」

 と、さらに質問する。

 クロは少し、答えるのに悩んでいたようだが、やがて、

「……まぁ、いまさら同族に義理立てしても仕方ないか」

 と、独り言を呟いた後、語る。

「吸血鬼にとっての王、『最初の吸血鬼』、カインの復活の儀式のために、俺みたいな強い吸血鬼の身体が必要だったからさ」

「っ! カイン、だと……」

 音芽が驚愕、といった反応を見せ、マリアも緊張を隠せていない。

 また、聞きなれない単語の登場に夕貴は困惑するが、それが大変なことであることはマリアと音芽の反応から理解できた。

「な、何なんだよ、それ? 魔王とか、そんな存在か?」

 夕貴の疑問にクロが答える。

「いいや、どっちかってと、神気取りだな」

「? どういうことだ?」

その質問には音芽が答えた。

「その昔、人間はか弱い生き物で、すぐに死んでしまう上に、人種差別などの不毛な戦いをすることでさらに短い生しか得られない生き物だ、として、全ての人間を『吸血憑き』にして、長生きさせてやろう、なんて考えた吸血鬼だ」

 さらに、マリアが説明を加える。

「本人は善意だったらしいですけど、『吸血憑き』は、主人の吸血鬼には絶対服従の奴隷。当たり前ですが、人間――『エクソシスト』たちはそれに反対し、そのカインを倒すことに成功したのですが……」

まさか、復活させる術があるなんて、とマリアは続けようとした。

しかし、

思わぬ来訪者のおかげで、それは叶わなかった。


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