9.ある所にひどく貧乏な家族が住んでいた
沖田は自分の作品を漫画専用の原稿用紙に描いていた。
ネームは粗々のラフだったので、自分以外の者が見ても分かりにくい。空野先輩に見せたのは、したがって完成原稿だった。
その完成原稿と空野先輩のネームを見比べると、実力の差が明確に出ていた。
沖田は自信を無くし、そのことを正直に空野先輩に告げた。
「あはは。沖田クン、絵なんて描けば描くほど上手になるんだから、そんなの気にしないんだよ」
「いやあ、でも、構図のセンスとかってあるじゃないですか」
「それも数をこなせばいいだけのこと。それよりボク、沖田クンのストーリーに心惹かれたなあ。これってオリジナル?」
「ええ、一応」
「ふーん」
空野先輩はヒマさえあれば手を動かしていた。
絵を描いていない時は漫画を読んでいるか小説を読んでいるかだった。
沖田から見るとまさに「どっぷり」という感じだ。
(上には上がいるんだな)
と沖田は思った。
中学時代にも「将来は漫画家になる!」と言っていた友人たちがいて、それなりに漫画には詳しかったが、そして絵もそれなりに上手かったが、沖田ほどではなかった。
沖田はひそかに「自分の方が上だ」と思っていたが、空野先輩にはかなわないと思った。
だが、そのことで敵愾心を燃やすといったことはなく、空野先輩からできるだけ多くのことを学ぼうと思った。
漫画に対するその情熱を含めて。
「あ、そうだ。先輩、これお返しします」
と沖田は空野先輩から借りていたノートをカバンから取り出す。
いつもの部室。
一番乗りの空野先輩と二番目の沖田は美術部の「定番」になっていた。
ノートを渡しながら沖田は言う。
「実はクラスの奴に見せたんですが……ダメだったですか?」
「え、いいよ。どんどん読んでもらってよ。そんでさ、つまんないとこあったら教えてって言っといて」
屈託なく笑う空野先輩の顔を見ていると、それだけで沖田は温かい気持ちになる。
この人はうまくなることだけを考えているんだな……。
「それで、そいつからの伝言です。伝言というか感想」
「あ、なになに?」
身を乗り出して来る空野先輩に沖田は言った。
「あなたは神ですか」
「へ?」
「すっげー面白かったそうです」
「てへ」
と空野先輩は両手で顔を覆う。照れているらしい。
「すっげー面白かった」
という感想は沖田にしても同じだった。
空野先輩から借りたノートには「ぶたのしっぽ」という作品が描かれていた。
トランプゲームの話かと思ったが、そうではなかった。
ストーリーは、こうだ。
ある所にひどく貧乏な家族が住んでいた。お父さんとお母さんと男の子の三人家族である。
ある日、ひょんなことからお父さんが「ぶたのしっぽ」を持ち帰る。
それは文字通り、豚の尾だった。ただしミイラ化したもので、立派な箱に収められていた。
お父さんは町でたまたま会った人からもらったというのだが、なぜその人がそんなものを与えたのかというと……。
「私はもう用が済みましたから」
そのぶたのしっぽは願い事を三つだけ叶えてくれるということだった。
「そんなわけないよなー」
「そうよね」
「でも、ホントかも知れないよ!」
と家族の間でやりとりが交わされた後「ものは試しで」ということになり、三人はこんな願い事をした。
「大金が入ってきますように!」
すると……その願いはさっそく翌日に叶ったのだった。
それも最悪なかたちで。