8.マコリンハーレムの終焉だね
沖田と空野はすっかり意気投合した。
もともと美術部は部員数が五人と少なく、空野をのぞく四人が女子だった。そしてその四人ともがアート派だった。
とは言え、アート派とマンガ派が対立していたわけではなく、それはあくまで興味の濃淡の差でしかなかった。
アート派はコミックスも読むが、だからと言って雑誌の連載を追いかけるほどではなく、アニメ化作品をカバーするほどでもない。やはり興味の対象は美術だった。
マンガ派は、もちろん有名な画家とその代表作くらいは頭に入っていて、展覧会にもたまには足を運ぶが、将来的に美大を目指すといったモチベーションはない。
それよりも、一般的な大学に進んで、いろんなタイプの人間に会うことでネタの引き出しを増やしたいとの思いがあった。
もっとも、マンガ派は空野だけなので、それを普遍的な考えとすることはできないのだが。
ともあれ、アート派にせよマンガ派にせよ「絵を描くことが好き」という点で共通していた。
基本的に美術部は和やかでゆるゆるとした雰囲気の中にあった。
沖田はそうした事情を、後から部室にやって来た先輩たちとの会話を通して知った。
「良かったよ、沖田クンが来てくれて。マコリン(と、空野はそう呼ばれていた)も女子に囲まれてばっかりで肩身が狭そうだったから」
と女子部員の一人が言った。
「マコリンハーレムの終焉だね。沖田クン、イケメンだし」
と軽口を言う先輩もいた。
その年の新入部員は沖田だけだったが、それは彼にとって歓迎すべきことだった。
なぜなら、空野先輩を独り占めできるからだ。
県外の中学校から進学してきた沖田にとって、空野先輩は真っ先にできた友人でもあった。
沖田は空野先輩とほぼずっと一緒にいた。
もちろん学年が違うので授業が一緒になることはなかったが、朝の登校時と昼休み、放課後の部活、下校時はだいたい空野先輩と過ごした。
空野先輩も友達が多い方ではないようで、沖田になつかれるのを歓迎している風だった。
二人は漫画家の話をし、好きな作品の話をし、アニメの話をした。互いに持っているマンガの貸し借りもした。
沖田のマンガに対する知識は空野先輩によって広がり、深まった。
それはきっと、空野先輩にとってもそうだったに違いない。
互いの作品も見せあった。
空野先輩はいつも無地のノートを持ち歩き、そこにネームを描いていた。
ネームとはラフ画のことで、コマ割りや構図、セリフなどをざっくりと表現したものだ。
いわばマンガの下描きである。
ネームとは言え、空野先輩のそれは、そのままペン入れをしていいほどの完成度だった。
空野先輩から借りたそのノートを教室で読んでいた時、クラスメイトの一人が声をかけてきたことがあった。
「沖田。それ、お前が描いたの?」
「いや、美術部の先輩だよ」
「へえ。ちょっといい?」
「うん」
ノートを受け取ったクラスメイトはパラパラとめくったあと、最初に戻って読み始め、やがて言った。
「なあ。これ、お前が読んだ後でいいから、おれにも読ませてくれないか?」