7.アート好きもマンガ好きも大歓迎!
「もう25年前のことになります」
と、沖田はそう切り出した。
中学校を卒業した沖田けいすけは、イルカヤマ高校普通科に入学した。
この高校は現在マドカやカヤが通っているイルカヤマ中学校の卒業生の多くが進学してくる。
しかし、沖田はこの中学校の卒業生ではなく、まわりには知人友人が一人もいなかった。
彼は高校進学のタイミングで県外から引っ越して来たのだった。親の転勤の都合だった。
高校に入学した彼が真っ先に訪ねたのは美術部だった。
イルカヤマ高校は北校舎と南校舎があり、その北校舎の最上階四階の一番奥に美術部があった。
少し緊張しながら「美術部」というプレートのかかったドアをノックした沖田の耳に、
「はーい」
という呑気な声が聞こえた。続いて、
「開いてるよー。どーぞー」
という声。
沖田はおそるおそるドアを開ける。
部室内は教室の半分くらいの広さだった。カンバスののったイーゼルがランダムに並び、壁際には描き上げられた油絵がいくつもたてかけられていた。
棚には石膏の胸像があり、画集があり、画材がある。少し離れた書棚にはコミックスがぎっしりと並んでいた。
一方の壁際にロングソファがあり、そこに小柄な男子生徒が半身を起こしていた。片手にはコミックス。どうやらソファに寝転んで漫画を読んでいたらしい。
「もしかして入部希望者?」
「あ、はい。見学、いいですか?」
「いいよー。見てって見てって」
とソファから立ち上がり、沖田の腕を引っ張る勢いで室内に招じ入れた。
「もう少ししたら他の部員も来るから。いつもボク、一番のりなんだ」
「はあ、そうですか」
「ボクはね、空野マコト。二年生。三組ね。君は?」
「一年二組の沖田けいすけです」
「沖田クンか。沖田クンかー。へえ、すごいね」
何がすごいのかはわらかないが、沖田はこの人懐こい笑顔を浮かべる空野先輩がすでに好きになっていた。
「ところで沖田クンさ」
「はい」
空野先輩はてててと胸像や画材の並ぶ棚の前に立って言った。
「君はアート派? それとも」
今度はコミックスがぎっしり詰まっている書棚にてててと走り寄って言う。
「マンガ派?」
「マンガ派です」
と沖田は即答した。
体育館に新入生を集めて行われた部活紹介で美術部は「アート好きもマンガ好きも大歓迎! どっちも好きならなお歓迎!」というようなことを言っていた。
アートに興味がないわけではなかったが、沖田はマンガが好きで、将来は漫画家になりたいと思っていた。それが無理なら、漫画に関わる仕事に就きたいと思っていた。それで美術部の扉をノックしたのだ。
その時、壇上にいたのは女子生徒ばかりだったが、どうやら空野先輩のように男子生徒もいたようだ。少しホッとした。
「そ。マンガ派か。ボクもだよ」
と空野先輩はまたニッコリと笑っって、手を差し出してくる。その手を握った沖田に言った。
「ようこそ、美術部へ」
沖田が美術部のドアをノックしてから一分しかたっていなかった。