6.初めてあのコを見た時、僕はずいぶん驚愕しました
「え、光岡さんが!」
と思わず叫んだ沖田の声に周囲の視線が集中する。
「あ、いや」と沖田は弁解口調で言う。「失礼。また光岡さんが担当して下さるかも知れないというお話が出て、ついつい」
照れたように頭を掻く沖田に「おー、それはそれは」とまわりから温かい拍手と笑い声が沸く。
「こちらへ」
と沖田は両手をあげて周囲に応えた後、光岡を廊下に連れ出した。
「ここなら誰もいません」
「沖田先生。なぜ先生がそんなに驚かれるのですか?」
という光岡の問いに沖田は簡潔に答える。
「七村スカイ」
「え!」
「光岡さんが担当していた漫画家の先生というのは、七村スカイではないですか?」
「な、なぜそれを……」
光岡の目がまん丸になっている。
どことなく怯えているニュアンスも感じられた。
「やはり、そうでしたか。というよりも、それしかないですしね」
「はい?」
「カヤちゃん」と沖田は言う。「空野カヤちゃん。お母さん似ですよね」
「お、沖田先生。あなたは……七奈子さんのことを?」
「知っています。初めてあのコを見た時、僕はずいぶん驚愕しました」
「……沖田先生、デビューして何年でしたか?」
唐突に光岡はそんな質問をする。
沖田は一瞬首を傾げ、すぐに光岡の質問の意図を察したらしく「ああ」と言ってから、その首を左右に振る。
「今年で9年です。だから七村スカイは仕事で知ったわけではありません。七村スカイが引退した後のデビューです、僕は」
「……もしかすると、マコトさんのこともご存知ですか?」
光岡がそう言うと沖田は小さく溜息をついて言った。
「ご存知も何も」
「?」
「空野マコトさんは僕の先輩です。高校と、そして大学の。七奈子さんとも大学時代に知り合いました」
「あう……」
「そして、最初に空野先輩と組んで漫画家としてデビューしたのは、僕です」
「なんと!」
光岡はのけぞり、よろめく。
ワイングラスの中身がこぼれて手を濡らす。
「いやしかし……その、どういうことなんでしょう。私は、」
「七村スカイ。空野さん夫妻が突然引退したことは知っています。何か事情があるとは思っていました」
「まさしく事情がありました」
光岡はそう言って沈痛な表情を浮かべる。
その顔をじっと見つめながら沖田は言う。
「光岡さんはご存知なんですね」
「はい。私は……」
と光岡は目を閉じる。
沈黙が二人の間に横たわった。
やがて沖田が口を開く。
「僕から話しましょうか。あの二人とのつきあいは、僕の方が古いようですから」