2.ご飯を供え、水を換え、蝋燭に火を灯し、線香をあげる
「あ、そだ。先輩、今度の土曜日、夕方からなんですけど、時間ありますか?」
「あるよ。どうして?」
「パパのおうちでパーティーをするんです。良かったら、どうですか?」
「パーティー……。なんの?」
「パパのデビュー記念日パーティーです。出版関係の人たちがたくさん来ます」
「ふーん」
マドカの父親である沖田けいすけはベストセラー作家だ。
デビューして何年たつのかはカヤは知らないが、そういうパーティーを開いて、ゲストがたくさん訪れるほどに出版業界において大きな存在感を持っているのだろう。
大人のパーティーに参加しても楽しめると思えなかったが、マドカが誘うということは彼女自身が来て欲しいということなのだろう。
あ、そうか。大人ばかりだから、マドカもあまり楽しくないんだ。
「行くよ。誘ってくれてありがとう」
「ご馳走、いっぱいありますから」
そう言ってマドカはニコリと笑う。
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空野家の居間には仏壇があり、そこにはカヤの母である七奈子の遺影と位牌が祀られている。
カヤは毎朝毎夕、母に向かって手を合わせる。
ご飯を供え、水を換え、蝋燭に火を灯し、線香をあげる。
父のマコトも毎日必ず手を合わせている。
時折り話しかけてもいて、たまにくすくすという笑い声が聞こえてくることもある。
今もそうだ。
(何を話してるんだか)
とキッチンで食事の支度をしながらカヤは思う。
第三者が見たら異様な光景だろうが、カヤは慣れっこだ。
40歳を過ぎて会社を辞め、漫画家を目指すくらいだから自分の父は一般的な常識はあまり持ち合わせていないとカヤは考えている。
子どもっぽいところを残していて「ホント、どうしようもない」と思うこともしばしばだ。
だから、亡き妻に話しかけ、くすくす笑うというのは想定内のことと言っていい。
想定内。
……想定外。
さっきマドカから聞かされたくーまの変態じみた願いを思い出し、カヤは顔をしかめる。
(かーらはいい子なのに……)
とは言え、カヤはかーらとのつきあいには一定の距離を置いた方がいいんだろうな、とも思っている。
理由はもちろんかーらの一家がヤクザの客分(というらしい、ミロクによると)だからだ。
つきあいを深める相手としては、やはりリスクが高すぎる。
普段は部活で、夜はまたあの悪魔級の人外が出てきて害をなした時に……そういう関わりにとどめておいた方がいいだろう。
そういう所はわれながらドライだとカヤは思う。
(これもお母さんの影響……)
夕食の準備が整い、カヤは父に声をかける。
「運ぶの手伝ってー」
「はいよー」
という返事が戻ってきた。