17.これは3人の作品だ。
沖田と七奈子が訪ねたのはヒツジ出版という出版社が出している漫画誌「月刊メー」の編集部だった。
誌名が示すようにほのぼの系の作品が中心を占めているが、一方で、ハードなSFやシリアス系の作品も掲載されていた。
掲載作品の幅が広いということは、それだけチャンスもつかみやすい……と七奈子は判断したようだった。
打ち合わせのブースに通された七奈子と沖田の前に現れたのは30代と思える男性編集者だった。
彼は七奈子を見て軽く目を見開いた。
おそらく七奈子の美貌に驚いたのだろう、と沖田は思った。
「こんにちは。月間メーの椎葉と申します」
と編集者は2人に名刺を渡す。
七奈子も沖田も用意してきた名刺を差し出した。
大学の購買コーナーにあるスピード印刷を利用して作った簡単な名刺だったが、椎葉は「ほう」と言った。
「珍しいですね。名刺をお持ちとは」
「お仕事としてお時間をいただいたわけですから」
と七奈子が柔らかな表情を浮かべて答える。
「えーと、村野さんが」と椎葉は七奈子を見る。「マネージャーさんですか」
「はい」
七奈子は名刺に「マネージャー」という肩書きを入れていた。
「そしてこちらの沖田が原作担当です」
「原作担当。絵はどなたが?」
「申し訳ございません。本日はどうしても外せない用事がありまして。後日改めてご挨拶にうかがわせていただきます」
「あ、そうですか。では早速、作品を拝見」
沖田がすでに用意していた原稿を渡すと、椎葉は「本当に読んでいるのか?」と思えるスピードで目を通していった。
「ふむ」
と言って、もう一度、今度はゆっくりと読み返し始めた。
沖田は冷や汗が流れるのを感じた。心臓もバクバクしている。
プロの編集者にこうして目の前で作品を読まれることがこれほどまでに緊張するものだとは……。
空野先輩が嫌がるのも無理はない、と思った。
この後、作品を酷評されると考えると、まさに人格崩壊の危機を感じるほどだった。
横目で七奈子を伺うと、彼女は平然とした顔で椎葉の様子を見ていた。
(そりゃ、自分の作品じゃないからな)
と沖田はついそう思ってしまった自分を恥じた。
自分の作品じゃない……はずがないではないか。
七奈子の意見やアドバイス、そしてアイディアはしっかりと作品に反映させている。
彼女も作品をより良くしようと懸命だった。
これは3人の作品だ。
原稿を読み終えた椎葉は言った。
「それにしても、マネージャーさんとは珍しいですね」
作品内容についてふれないのは、ダメだったということか……と沖田は落胆の思いを抱く。
しかし七奈子は意に介していないようで、落ち着いた声で答える。
「それぞれに役割を分担したほうが編集部の方にもお手間をかけないで済むと考えました」
「ん? どういうことですか?」
「この先、またお時間をいただくこともあるかと思います。その際は、私が原稿をお待ちして、ご意見をうかがいたいと考えています。その間、原作担当と作画担当には作品づくりに時間を費やしてもらったほうが効率的と考えました」
「ははあ、なるほど」
「もちろん、椎葉様からうかがったご指摘は二人にしっかりとお伝えいたします」
「ははは、村野さんなら安心できそうだ。えーと、今は学生さん?」
「作画担当は大学2年。沖田と私が1年です」
「ずいぶんしっかりしていますね」
「ありがとうございます。でも、さっきから脚がずっと震えているんです」
七奈子はそう言って弱々しく微笑む。
「そんなに緊張しなくていいですよ。長いお付き合いになりそうだ」
と椎葉はさらりと言う。
「え?」「え?」
と七奈子と起きたは思わず声をあげる。
「まずは、この作品」と椎葉は改めて原稿を手にする。「描き直してください。どの点を直してほしいか、これからお話します」
「はい!」