16.才能なんて、どうでもいいのよ、そんなこと
「それは分かるんだけどさ」
と沖田は苦笑しながら言う。
持ち込みされた原稿を完膚なきまでに叩きのめすことはビジネス的観点からメリットがない、だからそんなことをするはずはない……というのが七奈子の考えだ。
しかしそれは「可能性のある者たち」に対してこそ通用するロジックとも言える。
可能性のない者たちには、
「夢を見ていないで現実を見た方がいい」
と引導を渡すのも編集者の役割に含まれるのではないか、と沖田は考えていた。
有り体に言えば「才能がない」とハッキリ言い渡すことで、漫画家への道をあきらめさせる。
人生を棒に振らないようにと諭す。
そういうことも「良心的な編集者」としてはアリなのではないか。
「作り手になろうとすると苦しいだけだよ。読み手であれば、ずっと楽しめるじゃない?」
また、編集者は確かにプロだが、逆にプロだからこそ目を通す価値のない原稿に時間を費やしたくないとの思いがあるだろう。
「ゴミを持ち込むなら、ぜひ他誌へ」
というロジックも成り立つのだ。
沖田がその考えを口にすると、七奈子は「なるほど」とうなずいた後、キッパリと言った。
「大丈夫。漫画に才能はいらないから」
「え」
「漫画に限らないけど、表現活動に関して、そんなに才能に重きを置く必要なんてないと思う。努力すればいいだけ」
「いや、それは……大胆発言だね」
「沖田君は自分に才能があると思う?」
「……分からない」
「努力はしていると思う?」
「それはしている」
「だったら、それでいいのよ」
「………」
「才能なんて、どうでもいいのよ、そんなこと」
沖田は思わず身体の芯が熱くなっていた。
表現者として渇望してやまない才能を「そんなこと」と切り捨てる七奈子の姿勢に感銘を受けていた。
おそらく彼女にしてみれば「才能」という言葉で可能性を閉じられるなどバカげているということなのだろう。
沖田は言った。
「分かったよ。じゃ、持ち込みは検討してみようよ。でも、どうやって空野先輩を説得するの?」
その言葉に七奈子は答える。
「任せて。私に考えがある」
二日後、沖田は七奈子とともに、とある編集部を訪問した。