15.人格が崩壊するくらいにけなされる
アカガミネ大学の学生食堂に併設したカフェ。
そのテラス席で空野先輩と沖田と七奈子が話している。
「そろそろ持ち込みをしてみてもいいんじゃない?」
と七奈子が言うと、空野先輩が言下に拒否をした。
「やだ」
「どうして?」
「どうしても」
「理由になってない」
「理由なんていらないよ」
「いるわよ」
「ふん」
と空野先輩はそっぽを向く。
持ち込みというのは漫画誌の編集部に直接出向いて作品を見てもらうことを言う。
ほとんどの漫画誌は新人賞を設定していたが、一方で編集部への持ち込みも歓迎していた。
編集者にじかに会って作品を見てもらい、その善し悪しを判断してもらうというものだ。
空野先輩と沖田は、その持ち込みをまだ経験したことがなかった。
「でもまあ、賞には応募しているわけだし」
と沖田が取りなすように言うが、七奈子は首を振る。
「一次通過止まりじゃない」
「ま、そうだね」
「きっと、二人の作品にはなにかが足りないんだと思う。私もまだまだ勉強不足だから、それがなにかは分からない。だったら、プロの編集者の人からじかにアドバイスをもらった方が話は早い」
「村野さんは知らないんだよ」
と空野先輩がそっぽを向いたまま言う。
「なにを知らないの?」
「持ち込みしたら、泣かされるんだ」
「……それは、批判を受けるってこと?」
「人格が崩壊するくらいにけなされる」
その大袈裟な表現に七奈子は思わず苦笑する。
「ねえ、空野先輩」
「なんだよ」
「それって、どこまで信憑性があるの?」
「信憑性の問題じゃないんだよ」
「信憑性の問題でしょ」
「ふん」
「……あのね、空野先輩」
「あ。僕、次の講義があるから」
そう言って空野先輩は立ち上がり、タタタと駈けていった。
「まったく、子供なんだから」
呆れたように言う七奈子を見て沖田がくすくすと笑う。
「沖田君、笑ってる場合?」
「あ、ごめん。そうなんだけどさ、村野さんって空野先輩を相手にするとムキになるなと思って」
「ムキになる」と七奈子は腕組みをする。「私が?」
「うん」
「………」
七奈子はしばらく考えていたが、やがて首を振って言った。
「そんなことより、沖田君はどう思っているの? 持ち込みは必要だと思わない?」
七奈子の言葉に沖田は肩をすくめて答える。
「ハッキリ言って村野さんの言う通りだと思う」
「だよね」
「だけど、怖いという気持ちもあるのは事実なんだ。その点では空野先輩も僕も同じ気持ちだ」
「怖い? なにが怖いの? 人格が崩壊するほどけなすなんてプロの編集者がするわけないじゃない」
と七奈子は真面目な顔で尋ねる。
そんなことをすればその編集部に持ち込みをする人間がいなくなり、有望な新人に出会う確率を減らすことになる。
それは同時に他誌への持ち込みをうながすことになり、引いては他誌が有望な新人に出会う確率を高めることにもなる。
編集者も仕事として持ち込みを受け付けているのだ。
ビジネスをする上で、そんな非合理的なことをする理由がない……というのが七奈子の考えだった。