14.このヒロインは世界と引き換えにするほどの魅力を備えていない
「君、きれいだね」
という空野先輩の「ど」がつくほどのストレートな言葉に七奈子の頬が赤らむ。
「いえ、そんな」
「描かせて」
「はい?」
「お願い。モデル。僕、きれいな女の子が描けるようになりたいんだ」
「モデルなんて柄じゃありません」
「じゃ、友だち」
「あの?」
「友だちになって。友だちを描かせて」
まっすぐな目で見られて、思わずといった形で七奈子は苦笑した。
その出来事をきっかけに空野誠と沖田圭祐、そして村野七奈子のトリオができあがった。
大学在学中に漫画家としてデビューし、卒業後もそのまま漫画家として食えるようになる……といった目標を共有するトリオだ。
いや、正確には七奈子は漫画家志望ではない。
ただ「空野先輩と沖田くん」を応援したいとの思いがあったようだ。
なぜ二人を応援しようと思ったのか……その理由はいまとなっては分からない。
七奈子はすでに故人となっているし、生前もその理由についてハッキリと口にしたことはなかった。
少なくとも沖田の前では。
「ちょっとした気の迷いかな」
と、ある時、沖田に言ったことがあるが……。
三人の役割だが、沖田が原作、空野先輩が作画、そして七奈子がチェックするというものだった。
チェックというよりも編集者的な立場と言った方がいいだろう。
沖田と空野先輩の作品を読者の視点から目を通し、作品をより良いものにするための意見を口にする。
漫画はあまり読んだことがないという七奈子だったが、彼女の指摘は鋭かった。
「思い出して。村上龍をテレビの司会者だと思っている読者もいるの。ここはマニアック過ぎる。ほとんど独りよがり」
「これはジェイコブズの完全パクリ。オマージュというには無理がある。だから応募はしない方がいい」
「このヒロインは世界と引き換えにするほどの魅力を備えていない。巨乳ときれいなふくらはぎだけで人類を滅亡させられたら読者は脱力する」
「ここは伏線になっていない。ネタばらしになってる。さすがにここまで明かすと、オチが分かっちゃうわよ」
「視点の乱れがある。小説じゃないからこういう構図もアリなんだろうけど、主人公のモノローグとの統一感を出した方がいい」
などなど手厳しくも的確なダメ出しをしてくるのだった。
最初は空野先輩も沖田も七奈子のダメ出しに抵抗した。
「そうは言っても表現者として」とか「ここは分かる人だけ分かればいい」とか「ここを直すと全体の整合性がとれなくなる」とか。
だが、そのうち抵抗はしなくなった。
七奈子の指摘に従った方が作品がより良くなることを痛感したからだ。
空野先輩も沖田も「手を動かさないで口だけ動かす人間」を軽んじていたが、七奈子のレベルは一線を画していた。
それが分かると抵抗する理由がなくなったのだった。