13.君、きれいだね
「見せてもらっていいですか?」
と垢抜けない顔をした女子学生は言った。
「ええ、どうぞ」
と沖田はニコリと笑って原稿を渡す。
原稿用紙の扱いに慣れていない女子学生はおそるおそるといった感じで一枚ずつ読んでいく。
その表情を見て沖田は、
(どうもイマイチらしいな)
と思った。
その話はロックバンドを結成した若者たちの物語だった。
「ねえ、これってどういう意味?」
と女子学生は七奈子に聞く。
七奈子は原稿に目をやり、すぐに言った。
「それは村上龍のことだよ」
(へえ、よく分かったな)
と沖田が感心していると女子学生が言った。
「村上龍って、テレビの司会者だよね」
その言葉に沖田は驚愕する。
七奈子はというと、苦笑していた。
そのとき講義室の扉が開いて、教授がせかせかとした足取りで入ってきた。
「講義を始めます」
そのタイミングで、ホッとしたように女子学生が原稿を沖田に返してくる。
「ありがとうございます。絵、上手ですね」
面白かったです、と言わないところに彼女の正直さが伝わってくる。決してうれしいことではなかったが。
沖田は再びニコリと笑い、軽く肩をすくめて原稿を受け取った。
村野七奈子に再会したのは数日後のことだ。
彼女も沖田も一年生なので一般教養の講義で一緒になる可能性は高い。
それまでもおそらくは同じ講義を受けていたのだろうが、沖田はいつも隅っこの席で小説を読んだり漫画の原作を書いていたりしたので気づかなかったようだ。
先日の出会いは本当にたまたまだったと言える。
講義室に入った沖田は七奈子の姿を認めた。
しかし隣に座る勇気はなく、話しかけるのもためらわれた。
と、そのとき空野先輩が息をハアハアと言わせながら現れた。
「あ、いたいた。沖田君、ちょっといい?」
「あ、はい」
「あのね、ここ」
と空野先輩は手にしていた原稿用紙の一点を指す。
「はい」
「ここの“すけすけブラ”なんだけどさ」
「はあ」
と沖田は七奈子の方を気にしながら答える。
女子の前では口にしたくはないキーワードではあった。
しかし空野先輩はまったく気にとめることがない。
「すけすけブラはやめてさ、こうしない? “限りなく透明に近いブラー”」
「え、ブラーですか?」
「そ。ブラー」
主人公は文学好きでイギリスのロックバンドファンという設定だった。
「ここはもうブラーしかないよ」
と空野先輩が言うと、七奈子がクスリと笑った。
その声に空野先輩が反応する。
「あ、分かってくれた?」
「ブルーじゃなくてブラーなんですね」
「そうそう。それでさ、ブラーというロックバンドにも」
と空野先輩は唐突に口を閉ざす。
「?」
と沖田は首を傾げ、七奈子も「はい?」というように空野先輩を見ている。
空野先輩はまじまじと七奈子を見つめていた。
「なにか?」
と首を傾げる七奈子に空野先輩は言った。
「君、きれいだね」