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12.静かに結ばれた口元からは意志の強さが感じられた

「在学中に漫画家としてデビューを果たす」

 というのが空野先輩と沖田の掲げた目標だ。

 そのために時間を有意義に使う。

 大学生になると自由度は飛躍的にアップする。

 朝から夕方までぎっちりと講義に縛られることはない。

 サボっても、家に連絡が入ることもない。

 しかしだからと言って浮かれることは控えよう。


 漫画の制作に役立つことならなんでも体験してみる。

 合コンも飲み会もアルバイトも講義も友人たちとのつきあいも。

 しかしそうでないと判断したら、無駄に時間を費やすのはやめる。

 また、漫画や小説、映画、音楽などは「基礎体力」として広くカバーしていこう。

 それらから刺激を受けて作品づくりに反映させていこう。


 ……と、そのようなことを決めた。

 大学生活はあっという間で、その期間を終えたら「就職」という果てしなく束縛される世界が待っている。

 その世界に吸い込まれないようにしよう……と後になって思い返せば苦笑してしまう誓いを立てたのだった。


 後にその漫画仲間となる村野七奈子と最初に出会ったのは沖田だった。

 ある講義でたまたま近くに座ったのが彼女だったのだ。

 沖田は彼女の横顔を見てドキリとした。

「きれいな人だな……」

 背中まで垂らした黒髪からのぞく横顔は理知的で、静かに結ばれた口元からは意志の強さが感じられた。

 沖田は彼女の気を引こうとカバンから漫画の原稿を取り出し、ややオーバーアクションになりながらチェックを始めた。


 その原稿は空野先輩から預かっていたものでセリフをチェックしてくれと言われていた。もちろん原作は沖田だ。

「ふーむ、このセリフは直した方がいいか」

 とつぶやきながら原稿を見ている沖田に彼女がちらりと視線を投げたのが分かった。

 しかし彼女は何も言わなかったし、沖田もまた気づかないふりをした。


 やがて講義の開始時間になったが、教授は姿を現さない。

 大学の講義では珍しいことではないと空野先輩から聞いていた。

 沖田はこれ幸いと原稿のチェックを続けていた。

 と、そのとき。

「あのう。漫画、描いてるんですか?」

 と声をかけられた。

 沖田はドキドキしながら顔をあげ、そして相手の顔を見て言った。

「ええ、まあ……」

 そこにいたのは垢抜けない顔をした女子学生だった。


(えーと。誰?)

 戸惑う沖田の目がその女子学生の肩越しに彼女の顔をとらえる。

 友人の非礼を詫びるように肩をすくめていた。

「うわ、プロみたい。ね、ほら七奈子、見てみて」

 と女子学生は言った。

(七奈子さんというのか)

 その七奈子が友人の言葉に対して言った。

「ほんと」

 興味のないことがハッキリ分かる言い方だった。


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