風印
「貴様ガ何ヲ言オウト… 」
八角は… いや導尊は立ち上がろうとして、異変に気づいた。
「何ヲシタ!? 」
身動きがとれない。
「さっき、普通に払ったら叱られたからな。今度は、ちゃんとお祓いしてやるよ。こいつの家の周囲に張った風陣。まぁ、粘着式の害虫捕獲器みたいなもんだ。あとは八角から引き剥がして風印して終わりだ。」
「ひょ、ひょっとして私を餌か誘引剤代わりにしたの!? 」
風壬の背後で美樹が叫んだ。あの声は怒っている。それは振り返らずとも分かる。風壬は美樹に背を向けたまま、軽く手を振ってから八角に近づいて、直接額に風紋を描こうとして止めた。
(手間の掛かる奴だな。)
そう思いながら印を結ぶと術を唱えた。そして苦しみだした八角の体から導尊の首根っこを掴んで引きずり出した。
「八角、早く引き上げろ。」
風壬が美樹に聞こえないように伝えると、八角は風壬に軽く頭を下げて、そそくさと引き上げた。
「結局、それ? 」
八角とのやり取りを知らない美樹には風壬が、また力業に走ったようにしか見えなかった。
「貴様ノソノ能力… 貴様、モシヤ… 」
「黙っときな。そして胸に押し込めたまま異界に帰って、二度と出てくるんじゃないぜっ! 」
導尊の姿は空間に呑み込まれるように薄れていった。何かを叫んでいたようでもあるが、それは風壬にも、美樹の耳にも届かなかった。ようやく振り返ると美樹に近づき、顎に手を掛けたところで玄関の灯りが点いて、美樹は慌てて風壬から離れた。扉が開き、中から村長が現れた。
「こんな時間に裸足で何をしている? 」
「え!? 」
無意識に外へ誘い出された美樹は、やっと自分が裸足である事に気づいた。
「攻士君と言ったかな。家内伝いに名前は聞いている。嫁入り前の娘をこんな時間に呼び出すとは感心しないな。」
「違うの、お義父さん。話しを聞いて。」
美樹は懇願するように村長の腕を掴んだが、振り払われてしまった。
「お前は先に入ってなさい。義父さんは攻士君と話しがある。」
「でも… 」
美樹が不安そうに視線を投げ掛けると、風壬は黙って軽く頷いた。それでも不安だったのだろう。
「くれぐれも手荒な事はしないでね。ちゃんと攻士君の話しを聞いてあげてね。」
そう言い残して美樹は玄関に入っていった。中には義母が待っていた。
「お義父さん、大丈夫かな… 攻士君を殴ったりしないよね? 」
「大丈夫よ。お義父さんが、そんな暴力的な人じゃないって事は貴女が一番知っているでしょ? それにしても、貴女が私たちよりも心配する人が出来るなんてね… 。」
不安そうに胸に顔を埋めて涙ぐむ義娘を抱き締めながら義母は少し寂しそうだった。