導尊
「今回は本気で怖かったぁっ! 」
正気を取り戻した美樹は、抱き抱えられたまま風壬に抱きついた。
「やっぱり、さっきのは恐くなかったんだ? 」
「それは、そのぉ~。それより、もう少し早く来てくれると嬉しいんだけどな。」
「梨花カラ離レロッ! 」
二人のやりとりを見ていた八角が堪らず吠えた。
「だから私は、その梨花って人じゃないのっ! 」
「梨花? 」
風壬は美樹を降ろしながら、少し考えた。
「ひょっとして貴様、導尊か? 」
「我ヲ知ルカ? 何者ダ? モシヤ晴明ノ手ノ者カ? 」
「ちょっと攻士ぃ、私にも判るように話してよぉ。」
美樹は風壬の袖を引っ張りながら、拗ねてみせた。わざと名前を呼び捨てにして。
「導尊は道尊こと、道摩法師の負の部分だ。まぁ、蘆屋道満が悪く言われるのも、こいつの所為。で、梨花ってのは、こいつが寝取った安倍晴明の奥さん。」
「え… ドロドロした話しはパスだなぁ。でも、なんで梨花って人と間違えたかなぁ? 」
「間違イデハナイ。オ前ハ梨花ダ。ソシテ梨花ハ、我ガモノダ。我コソガ蘆屋道満。道摩法師コソガ不益ナル存在。」
それを聞いて風壬は大きく溜め息を吐いた。
「お前、いつまで平安のつもりだ? 俺が晴明と無関係なら、美樹も梨花とは無関係だ。生まれ変わりですらない。お前の妄想に付き合うほど暇じゃないんでね。」
「ナラバ… ソノ女ガ梨花デナク、貴様ガ晴明ト無関係ナラ、何故貴様ハ、ソノ女ヲ守ロウトスル? 」
「… 趣味だな。」
「趣味ダト? 」
「趣味ぃ? 」
八角と美樹が、ほとんど同時に反応した。
「攻士君、もう少し、そのぉ… 好きとか可愛いとか、ないの? 」
「意味ガ分カラン… 。」
そして、各々に疑問を呈した。
「こいつを守るのは、義務とか義理とかじゃなく俺の趣味だ。俺が守りたいから守る。誰にも迷惑は掛けないし、死んでも恨まない。」
「ちょ、ちょっと。死なれたら迷惑なんですけど。」
「人の趣味志向に文句を言われてもな。」
「そりゃ、文句の一つも… 」
そこで美樹の言葉が途切れたのは、その口が風壬の口唇で塞がれたから。ほんの数秒。だが美樹には永遠ほどに長く感じられた。茫然として立ち尽くす美樹に背を向け、風壬は八角のの方へ向き直った。
「導尊。貴様の野望も妄想も執念も、みんな纏めて祓ってやるよ。悪いが、こいつを背負った時の俺は強いから覚悟しろよ。」
そんな風壬の後ろ姿を、美樹は嬉しくも頼もしくも、それでいて心配そうに見つめていた。