執着
「誰だ、こいつ? 」
八角から風壬が初見なら、逆もまた初見である。
「小中の先輩で、地主の息子さん。昔っから、しつこいの。」
八角からすれば想い人であっても、逆も想い人とは限らない。
「なるほど、そこを怪異につけこまれたな。どうする? お前に執着してるなら、また憑かれるぞ。」
「下手な霊媒師の何倍、霊力あるのか知らないけど、ちゃんと、お祓いしないで埃みたいに払うからよ。」
「他人と比べた事はないからな。俺は俺の1倍だ。それに、あの程度の憑き者にお祓い要るか? 」
「痛ってぇ。」
目を覚ました八角が立ち上がった。それなりの風圧で地面に叩き付けられたのだ。痛いはずである。その様子を見て美樹は体を押し付けるように風壬の後ろに隠れた。
「きさ… なんでもねぇ。」
二人の様子を見て、八角は項垂れて去っていった。
「いつまで、くっついているつもりだ? 」
「だって、怖かったんだもぉ~ん。」
そう言ってしがみつく美樹の瞳の奥が笑っている。
「何を考えている? 」
「別に。八角先輩には諦めてもらわないと。好みじゃないもん。そ、れ、に… 」
「それに? 」
「相手が怪異って分かってるのに、私を守りに来る物好きは、攻士君だけよ。」
思わず風壬が苦笑した。そもそも怪異が見えているだけで結構レアものである。一方で、あの程度扱いをされた側は収まらない。
(アレデ良イノカ? )
八角の頭に、あの声が響く。
「あの二人を見たろ!? 」
(アノ立チ位置ハ、オ前ノモノダ。)
「無理だ。そもそも俺の片想いだったんだ。」
(諦メテ良イノカ? )
「美樹っぺが幸… 」
そこで八角の意識は途切れた。
(脆弱、惰弱、貧弱。貴様ノ執念ハ、ソノ程度カ。ナラバ貴様ノ体ヲ使ッテ、我ガ望ミヲ叶エテヤロウ。)
意識を乗っ取られた八角は家に戻らず、再び村長宅へと足を向けた。夜が更け、村長夫妻が寝静まるのを待ち、家の前で待った。やがて玄関が開き、半睡眠状態で虚ろな表情の美樹が、寝間着姿の裸足で現れた。
「オオ、梨花ヨ… 。」
(梨花? 誰? 私は梨花じゃない… 。)
頭では否定しながらも、美樹は八角に向かって歩き出… そうとしたが、歩みを止めた。いや、止められた。八角もまた、近付こうにも動けなかった。美樹の眼前の既視感。目の前で八角は上からの圧力に潰されていた。と同時に糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる美樹を風壬が抱き抱えていた。